[2]主体性の完成
主体性の完成とは、外界の物事に対する統治性を完成させることです。
統治性には、心情的統治性と物質的統治性の二面性があります。それは、人間が心と体の二面性をもつところに由来します。
この統治性は、誕生以後小児が外界に対して興味を抱く時に始まり、成長とともに円熟していきます。
心情的統治性とは、学問や芸術的な統治性です。
元来、心的機能には、知、情、意の三機能があるといわれています。人間生活において、この知的機能は、真理を追求し、情的機能は、美を、意的機能は、善を各々追求するのです。
知能が啓発されていなければ学問することは不可能ですし、心情的に豊かでなければ、芸術の世界は解せないのです。すなわち、人間として円熟していなければ、これらの統治は真にはなしえないのです。
物質的統治性とは、主に科学技術の開発による自然界の統治です。
人間も肉体からみれば物質的存在であることに変りなく、それ故、自然なくして決して存在しえません。
物質的統治の主役は、産業です。ここで、産業の歴史をかいま見てみましょう。
原始時代には、採取、狩猟がその生産様式でした。そして、石器や土器の生産が始まり、一段と進んだ採取、狩猟の段階になると、採取行為や消費行為にも立体的な計画性が必要となり、共同体間の交換も行われるようになりました。
従って、原始時代にすでに未分化ながら農業、工業および商業が存在していたといえます。
最初に本格的な産業として成立していったのは、生存に不可欠な食糧生産、すなわち、牧畜や農耕です。
農業の成立とともに、開墾、灌漑、排水および耕作に必要な諸道具の生産技術は、高度化し、衣住の内容も改良されていき、原始的工業の発展を見るにいたりました。
この段階では工業は農業と合体した型で自給自足的に行われていましたが、農業生産力の向上とともに、工業は農業から分離し独立するようになりました。
生産力の向上により、市場圏の拡大がもたらされ、不特定多数の消費者を目あてとする生産に移行するようになると、生産者と消費者の間を仲介する商業の重要性が高まってきました。
このようにして、商人による市場の確保、拡大によって、農業、工業の生産もさらに拡大するというように、これら三者は、相互に依存しながら発展してきたのです。
人間はこれまで絶えず自然に働きかけて生活に有利なようにそれを細工し、利用して来ました。
人間の環境に及ぼす影響がまだ小さかった時代には、環境破壊などということを微塵も心配することなしに、自然の開発、資源の利用を思うがままになして来られました。
ところが、20世紀に入り、月へも行けるほどに高度化した科学技術や、爆発的な人口増加に伴う消費の増大により、このまま行けば不可逆的に環境を破壊しかねない事態に現代は直面しています。
すなわち、現代は自然界に対する統治のあり方について、再検討を迫られている時代であるといえます。
例を上げてみましょう。
最近、特に環境汚染、すなわち公害について取り沙汰されています。大気汚染、水汚染、土地汚染がそれです。
そもそも自然には、物質循環による自浄作用がありますが、余りに大量の物質を動かしたり、プラスチックなどの本来自然には存在しなかった物質を捨てたりすると、その物質循環の過程が阻害されてしまい環境が破壊されるのです。
さらにゴミ問題にからむ、ダイオキシン汚染も深刻になってきています。
このうち、興味深い例として、森林破壊を取り上げてみましょう。
一年間に地球上の植物体が生産する有機物の総量は1640億トンといわれ、その約15倍の量が生きている植物体として現存しています。そして、この植物体の99% が陸地上にあり、森林として存在しています。
大気中には、元来、230 ×10の10乗トンの炭酸ガスがあり、一方、生きた植物体として存在する炭素は、大気中の炭酸ガスに匹敵するだけ貯えられています。
ところが、森林を、人口増加に伴う食糧不足を解決するためといって、どんどん耕地に開墾したりすると、森林に有機物として貯蔵されるべき炭酸ガスが大気中に放出されることになります。
実際に1958年から1970年までハワイで計測されたデータによると、大気中の炭酸ガスは、年々上昇しています。
これは主に、盛んな産業活動により、化石燃料が大量に消費されたためと考えられていますが、そこに、無秩序な森林の開墾がなされると、ますます大気中の炭酸ガス濃度は上昇し、大気は汚染されてしまうのです。
それだけならまだしも、炭酸ガスは、地球から宇宙空間へ出て行く熱線を非常に有効に吸収する特性があるため、地球の温度がそれに伴って上昇してしまい(地球温暖化)、地球の気候にまで変化を及ぼすと危惧されているのです。
実際、ロンドン大学の研究者たちは、1970年から1997年の間の地球の温室効果の増加を示す衛星からの直接的な観測について、報告しています。
彼らは、1970年と1997年に、軌道を巡る探査船によって観測された、地球を出ていく長波の放射スペクトルを分析しました。これは、地球の宇宙空間への冷却のものさしになるからです。
研究者たちは、メタン、二酸化炭素、オゾン、フロンの特徴的なスペクトル帯の差を発見しました。その結果、地球温暖化の大きな増加を示していることが判明したのです。
この問題は、世界的規模で環境を考えなければならない好例といえます。というのは、植物体の全現存量の50~60% は、熱帯の森林にあり、先ほどの地球の大気中のガス安定に大きく貢献しています。
ところが、現実には、そういう地域は発展途上国であって、まだ生活水準も低いし、人口増加率は非常に大きいため、食糧不足の状態です。
そこで、その森林を開墾して耕地にしたり、工場を立てて生活水準を上げたいというのが現地の当事者の願望であるのは当然です。
先進国からすれば、開墾は、環境破壊につながるから困るけれど、現地の人々からすれば、生活がかかっている訳です。
この一例を見ても、現代は、政治、経済などによる自然統治のあり方を再吟味し、世界的規模で考えなければならない時代であることがよくわかります。