第8話 これはこれは、はじめまして
一閃。
そこに走ったのは光の太刀筋である。
「!?」
なにが起きたのかと理解する前に、三匹のラットマンが崩れ落ちる。
たったの一振りで複数が倒されたのだ。
スーアインの後ろから現れたのは――
もちろんこの男だった。
金属鎧に身を包んだピート。
その手には青く光る剣を下げている。
空からエネルギーのようなものが注ぎ、剣に集まっているのだ。
――なんだありゃ?
『彼は天空神の聖騎士のようですね』
「聖騎士?」
おいおい、遍歴騎士にして聖騎士とかずいぶんと格好いいじゃないか。
察するに天から神秘的な力を与えられて、その力で戦うような騎士だろうか?
『そのようなものです』
剣を振るうピート。
刃からほとばしるエネルギーは……雷なのだろうか?
ラットマンたちを一息に薙ぎ払う。
鎌で麦を刈るがごとし。
弱いラットマンとはいえ、たった一振りで複数匹を斬りふせたのである。
常人では考えられない戦闘技術。
これが聖騎士。
ピートは特別な力を授かった勇者だったのだ。
強敵の出現にラットマンは総崩れとなった。
背を向けて一斉に逃げ出す。
ピートはその背中に一太刀。
ざっくりと切られたラットマンたちがその場に崩れ落ちる。
まるで草刈り場のようだった。
次々とネズミどもが倒されていく。
「そっち! 逃げられると面倒だよ!」
スーアインが警告の声を上げる。
それは俺に対してだった。
二体のネズミがピートとは逆の方向に逃げていくのだ。
森に飛び込む瞬間、一体の背中に矢が刺さる。
もう一体は俺が飛び込み、思いっきり木刀で突いてやった。
くの字にのけぞりながら倒れるネズミ男。これは痛いだろうな。
「そっち、もう二匹!」
スーアインの叫びで、森に別のネズミを逃してしまったことに気づく。
「待ちやがれ!」
追いかける俺。
だが、森ってのは走るにはまったく向かないところだったようだ。
木立が、藪が、俺の視界と進路を妨げる。
「くそっ」
ネズミは俺より小柄だし、森での行動になれていてるようだった。
がさがさとかきわける音がどんどん遠ざかっていく。
『おそらく、雄と雌ですね。逃がしたらつがいになってまた増えてしまうかもしれません』
リッシュが他人事のように解説を加える。
このままではまずい。
あいつらを逃がしたらピートとスーアイン、それに死んだラニーさんの仕事が無駄になってしまう。
「ミュー」
足下で鳴き声がした。
どうやら謎猫がついてきて、一緒にネズミを追ってくれているようだ。こいつのほうが俺より遙かにこの仕事に向いているだろう。
「先に行って追跡してくれ」
「ミャッ」
変な返事がある。
なんだって?
同時に俺は藪から飛び出る。
「うわっ……」
思わず足を止めてしまった。
それは――
戦慄すべき光景であった。
「…………」
でかいヘビがネズミを喰っていた。
先ほどの食い荒らされた森にいたヘビとトカゲの化け物である。
あいつがラットマンを丸呑みにしているのだ。
だらんとした両足が口からはみ出ている。
巨大ヘビはそれをごくんと飲み下す。人型にヘビの胴体が膨らむ。
もう一体は長い胴体に締め付けられおり……動く様子がない。
『どうやらあの蛇はラットマンを食べるために来たようですね』
「そ、そうか……」
『あれが三匹ばかりもいたら、ラットマンを全部たいらげてくれたかもしれませんね』
それは楽だったかもしれないが、今度は別の化け物を退治する任務が発生した可能性もあった。
げっそりした俺は引き返し、元の場所に戻る。
「ネズミどもは!?」
俺を見るとスーアインが叫ぶ。
「ああ。死んだぜ……」
俺とは無関係にな。
その場には、ラットマンの死体が折り重なっていた。
何体いるんだ。
二十、三十……それ以上か。
むろんのこと、その大半はピートの剣技によって倒されたのだ。
「これでラットマンは全滅か? すごいじゃないか、ピート」
「ああ」
あまり興味なさそうに、血まみれの剣をチェックしているピート。刃こぼれでも確認しているのだろうか。
「普段役立たずの宿六なんだから、これくらいはしてもらわないとね」
普段から役に立っているスーアインはこれくらい言う資格があるかもしれない。
「さっきのはどうやったんだ、ピート。あの光る剣は……」
「たいしたことじゃないよ。循環するうねりを捉えて引っ張ってきただけだ」
「それはつまり?」
「古い呪術のまねごとさ」
ピートは冷めた様子で剣をぬぐうと鞘に収める。
呪術ねぇ……。神の力を授かったって感じだったが。
「一度、アルスピケスの町に戻ろう。後始末をしないと」
後始末というのは、ネズミの死体の処理のことであった。
町の人たちを呼んでラットマンの退治が完了したことを確認してもらい、それから死体を穴に放り込み、火を付けて、埋める。そうしないと、病原菌が周囲に蔓延してしまうそうなのだ。これがかなりの重労働で、夕方近くまでかかった。
町に戻ると、ささやかな宴会が開かれた。
「さすが、聖騎士殿!」
と、ピートは町民からモテモテである。
「ありがとうございます」
これに対し正面から堂々の笑顔で応じられるのがこの男のすごいところであるな。
俺はもちろん黙って食べるのみである。
ラットマンを退治し、森が安全になったということで、早速猟に出た猟師たちがウサギの肉を振る舞ってくれた。脂身少なめの良質タンパク質である。
スーアインはウサギ肉がお気に召さなかったようで、ほとんど俺に押しつけ、宿に戻ってしまった。
俺は宴席がお開きとなっても、残った料理を一人で平らげていた。
意地汚いかもしれないが、たくさん食べられるのだから仕方がない。
さすがに怒られるかなと思ったとき、後ろに誰かの気配を感じた。
「別にだれも怒りません」
かすかに呆れたような声。
振り向くと、真っ白なローブ姿の女の子がいた。
謎の猫を胸に抱き、奇妙な短い杖(錫杖?)を握っている。
この世界の聖職者だろうか。そんな雰囲気の白ローブである。
年齢的には見習いのシスターってところだろうけど、堂々としていやがるな。
その女の子はローブのフードを脱いだ。
思ったより幼い顔つきが覗く。
長い黒髪と対称的に真っ白な頬。
顔の作りは可愛らしいが、生意気にもおすましして、落ち着いている。
何歳くらいなんだろうか?
クラスで二、三番目に小さい女子って感じの小柄さである。
小学生かもしれないし、大学生でも通じるかもしれない。
意外と年齢不詳なやつだった。
「いよう、リッシュ。はじめまして、ってな。おまえ、人間だったんだな」
俺は初対面の彼女に挨拶を行った。
そう。
この女の子はリッシュである。
一目見て分かったし、そもそも声が同じだ。
声は何日も前から聞いていたが、ようやく本人に会うことができたのだ。
「それどころではありません」
初対面の挨拶も、女の子らしい笑顔もなし。虚礼廃止に定評のあるらしい現代的な彼女は、俺に重要な連絡を行う。
「スーアインが部屋で死にかけています」