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第7話 俺は必要ないらしい

 なにがあったというわけではない。


 むしろ、なにもなかったのだ。


 森が丸ごとなくなっている。


 見渡す限り無残に食い荒らされているのだ。


「――ネズミの仕業だ」


 静かにピートがつぶやいた。


「あいつら、こんな風にするのか……?」


「まだマシなほうさ。畑や村がこうなるよりは何倍もいい」


 聞いたところによると、ラットマンは放っておくとものすごい勢いで繁殖し、数を増やすという。


 当然、それには大量のエネルギーが必要とされるだろう。


 結果がこれ。


 森を丸ごと食べてしまう。


 俺の目の前に無残な跡が広がっている。


 後に残されたのは掘り返された土砂だった。


 ここから森が復活するまでいったいどれほどの時間がかかることだろうか。


『病気が広まって、周りの森も死滅するかもしれませんね』


 リッシュの話は、本当に最悪だった。


「――あそこ!」


 低い声でスーアインが警告する。


 実のところ、言われるより早く俺も感じていた。


 むき出しの土壌の上になにかがいる。


 ずるりとまるで土が這っているように動く。


 ネズミではない。


 まるで大蛇のような……いや足が生えている。


 全長は十メートルを軽く超えているだろうか。


 その胴体の太いこと太いこと。俺が抱きついても背中まで手が届かないだろうな。


 は虫類。


 ばかでかいは虫類。


 ヘビとトカゲをあわせたような化け物がそこにはいた。


 幸いにして、そいつは俺たちに興味を持たなかったようだ。


 するすると音もなく(摩擦音が聞こえてるけど)地面を進み、森の中に消えていった。


 その場の緊張が解ける。


「なんだよ、あれ……」


「なんだろう。竜の仲間かもしれない」


「この世界には竜までいるのか……」


『いえ、単なる大きな蛇でしょう』


 リッシュが言葉を挟む。


「単なる蛇って……」


 確かにドラゴンと呼ぶには威厳が無かったかもしれないが、巨体ゆえの迫力は存分に持っていた。


『分類によっては亜竜となるかもしれませんが、丸呑みされたら危険という程度の存在でしかありません』


「そうか、それじゃたいして危険じゃないようだな、うん」


 一応断っておくと、これはもちろんリッシュに対する皮肉です。




 破壊された森の跡を離れ、謎猫の案内で俺たちは先に進む。


「あんなになってるってことは、この近くにネズミどもがいるってことか?」


 俺は周囲を見渡す。


「たぶん、最初はあそこにネズミの巣があったんだろうね。それから餌を求めて移動して、川を渡った。あたしらが□□□□□□を潰したから、いったん最初の巣に戻ったんだろ」


『ラットマンの放浪居留地(ローミング・コロニー)ですね』


 スーアインの説明に、リッシュが専門用語の解説を加える。


「……近いな」


 俺はかすかな臭いを感じる。


 以前嗅いだことのある臭い。


 ドブのような臭い


 ネズミどもが近くにいる。


 猫が歩みを止める。


 最初に発見したのは俺だった。


 スーアインの肩を叩いて、指さす。


 少し高くなったところに、見張りらしきやつが隠れていたのだ。


 わかりづらいが、あれはラットマンである。ヒゲがアンテナのようにさざめいてるのが見える。俺でも気づく程度だから、上手な迷彩とは言えないだろう。


 見張りを避けてぐるっと回ってみたが、どうやら見張りの後ろの洞穴らしきところにネズミどもが潜んでいるようだった。洞穴といっても、斜面に出来た割れ目とかそんな感じのものだけどな。ラットマンがわざわざ穴を掘って作ったのかもしれない。


「どうする?」


 しばらく後方で待機していたピート(金属製品の鎧が重くて騒がしいので)に相談する。


「ラニーがいないから小細工はできない。突っ込むしかないだろう」


「ネズミどもは夜行性だから昼のうちに叩くべきさね」


 意見のない俺はうなずいた。


 それが今回の単純極まりない作戦であった。




 できるだけ静かににじり寄る。


 見張りのネズミは目立った反応を見せなかった。


 仕事を果たさず眠っているのかもしれない。


 そのヒゲがぴくりと動いた。


 急に顔がこちらに向く。


 俺たちの臭いに気づいたか、あるいは音が聞こえたか。


 騒がれたら面倒――


 俺が反応する前に、スーアインが矢を放った。


 首のあたりに命中。


 ネズミが倒れると、向こうから鳴き声のようなものが上がった。


 仕留めきれなかったのか、他のネズミが騒ぎに気づいたのか、とにかく面倒な事態である。


「ほら急いで!」


 スーアインが鎧の重いピートを叱咤する。


 下手な隠密行動はここまで。


 俺はダッシュする。


 藪をかきわけ、小高い斜面をのぼる。


 洞穴が見えた。


 その前にラットマンが一体おり、別の一体がおっとり刀で外に出てくる。


 最初から外にいた一体はペットを連れていた。


 犬では無いが大型犬の大きさがある。


 そのぎらつく牙と瞳はラットビーストだ。


 俺に気づいたラットマンは獰猛なペットを解き放つ。


 まっすぐ突っ込んでくるラットビースト。


 かつて死にかけたときと似たような状況だった。


 繰り返さない。


 俺は町で作ってもらった木刀(ないし細めの棍棒)を振りかぶり、大上段に構える。


 頭が芯まで鉄のように冷えていた。


 戦いを前にしても、恐怖や興奮がない。


 アドレナリンの野郎、仕事をさぼっているな。


 まるで戦闘マシンになったかのような感覚を覚える。


 ラットビーストが飛びかかってくる。


 このまま俺を押し倒し、のど笛を噛み切るつもりか。


 動きがスローモーションのようによく見えた。


 いける。


 真上から思いっきりぶん殴ってやった。


 あのときと違って、武器には充分な強度があった。


 ラットビーストの突進を腕力と背筋力でねじ伏せる。


 それは見事なカウンターであり、致命的な頭部への一撃だった。


 ラットビーストは沈んだ。


 木刀で地面に叩きつけてやったのだ。


 手応えは充分。重いしびれが手に残っているほどだ。


 地面のラットビーストはぴくりともしない。


 脳震盪か、あるいは脳挫傷か。


 ともかく起き上がって来る気配はなさそうだ。


 思ったよりあっけなく。歓喜も満足もなく。俺は小さな復讐を果たした。


 だが、そんなのはどうでもいい。借りのある奴はもっと大勢いる。


 俺はすぐさま二体いるラットマンに立ち向かう――っと、いま一体になった。


 後ろから飛んできた矢が胸を貫いたのだ。


 じゃあ残ったもう一体にだな――


「……ていっ!」


 俺は剣豪のようなイメージで木の棒を振るった。


 一般に日本で売られている木刀は重い素振り用でも1kg前後といったところだが、この棒にはそれ以上の重量があるだろうか。


 重さに振り回されて若干身体が泳ぐ。


 後ろに飛び退くことでどうにか俺の打撃をかいくぐったそのラットマンは、だが、たたらを踏んで尻餅をついてしまった。


 すぐさま踏み込み、あごを蹴り上げてやる。


 アッパーの要領だ。


 ネズミはそのままばったりと大の字に倒れた。一撃KOだ。ネズミ男たちも人間と同じ脳と頭の構造をしているようだな。万一、目を覚ましたときに備えて、ネズミの手から離れたぼろぼろの剣を茂みに蹴り飛ばしてやる。


 よし、次のやつは……


 と、洞穴のほうを見たら、わらわらと湧いて出てきやがる。


 例によって一体は胸に矢が刺さって倒れた(言うまでもなく、スーアインの援護である)。


 俺は一番近いネズミの肩に木刀を打ち込む。


 鎖骨だかなんだかの骨が砕ける感触があった。


 そいつはよろめいて横向きに倒れる。


 その隙に、新たなラットマンが洞穴から出てきていた。


 五体、六体、七体。


 いったいどれだけいやがるんだ。


 幸いにして、やつらの動きは鈍い。


 起き抜けでまだ眠たいからだろうか。せいぜい武器を振り上げて取り囲んでくる程度だ。


 向こうからしてみれば、夜中に武器を持った強盗様御一行が押しかけてきたようなものなんじゃないかな。


 俺とスーアインはさらに一体ずつを片付ける。


 それより多い数がさらに出てくる。


 まさにネズミ算式。


 これは……ちょっと多すぎる。


 いつの間にか俺はラットマンたちに囲まれていた。


 続けざまに敵を倒して調子に乗っていたというのに、もう大ピンチである。


 どうすりゃいいんだこれは。


「くっ」


 一斉に躍りかかってきた。


 俺は前に出て、槍を振り上げるラットマンの胴にいいのを入れる。


 流れるように振り返り、襲いかかる剣をはじき返す。


 身体がよく動く。


 敵の攻撃を完全に把握できる。


 のだが、突進してくる三体目をバックでいなしたところで、四体目に対して無防備になった。


 ラットマンが甲高い声を上げながら、錆びた剣で俺を切る――


 ことはなかった。


 喉に矢が刺さっている。


 ばったりと倒れるネズミ。


 スーアインが援護してくれたのだ。


「チッ!」


 しかし、ここまで届く彼女の舌打ち。


 スーアインは三人のネズミ人間に囲まれていた。


 俺を援護したことで、下がるタイミングを逃したらしい。


 こりゃまずい。


 武器を振り上げるラットマン。


 スーアインには武器を短剣に持ち替える余裕すら無かった。

 やっと戦闘シーンに到達しましたが、ピンチ。

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