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第4話 ネズミ狩り

 翌朝、夜が明けた瞬間、俺たちはボートで出発した。


 このアルスピケスという町は川のすぐ横に作られているようだった。


 乗り込んだ小船の上から、川沿いに並ぶ建物がよく見える。


 やはり、それなりに大きな都市のようだ。


 並んでいる家はどれも立派なのだが、俺の泊まっている部屋と同じく古びているかもしれなかった。


 俺はボートをこぐ役を買って出たのだが、素人ゆえうまく進めなかったので、スーアインにオールを奪い取られてしまう。


 どっちが上流で下流かもわからないようなゆったりとした川を進んでいく。


 何度か他の船とすれ違った。


 どれも帆船だったが、といっても想像されるような立派な船でなく、ヨットのような中小型船である。この川は地元民の交通路に使われているようだ。


 朝の陽射しがだいぶ高くなってきたころ、木製のボートは川岸に寄せられた。


 上陸し、ボートをかついで、その辺の草むらに隠す。スーアインが草を結んで目印らしきものを付ける。


 ここからようやくラットマンの捜索が始まる。


 俺の装備は、魔法使い用のローブと、木の棒だった。俺の体格で振り回せるような棍棒を、昨夜のうちに町の大工さんが即席で作ってくれたのだ。


 このあいだ使った枝なんかよりも、太くて重くて丈夫そうな棒だった。木刀を少し太くしたようなものを想像してほしい。本来であったら刃物を使うべきなんだろうが、刀剣類は貴重品だそうで在庫がなく、たとえあったとしてもどうせ俺の技術じゃ使いこなせないと思う。


 川岸から進むと、雑木林のようなところに出る。


 藪をこいでしばらく歩くと、嫌な臭いが漂ってくる。


 何かが腐っているような……動物でも死んでいるのだろうか。


 俺が前方を指さすと、ピートはうなずく。


 進むごとに腐臭が強くなっていく。


 たどり着いたのは、このあいだの戦場だった。


 つまりラットマンと戦ったところであり、俺が死にかけ、ラニーさんが亡くなったところである。


『こんなところにラットマンが出るなんて……!』


 急に声が聞こえた。


 リッシュのやつ、しばらく黙っていたが、その実ずっと見ていたらしい。


「なんかまずいのか」


『人類の文明圏が脅かされているということです!』


 いつものようにリッシュは怒っていた。この世界の常識と彼女の考え方がわからないので、プンプンポイントもまたよくわからないな。


「□□□□□ネズミ□戦った□□□□□□。□□□□□□□□」


 ピートが身振りを交えて色々説明してくれる。


『戦いの後で町の人を連れてきて、ラットマンの死体を全部燃やして埋めたそうです。処理しないと病が広まりますから』


 それらしい土の山が見えた。


 燃やされ、埋められてなお、これほどの腐臭を出すってことは、相当死体の量が多かったんだろう。


「ピートって死にかけの俺を背負って、町まで戻ってくれたのかな」


『おそらく、そうでしょうね』


 俺はリッシュから言葉を教えてもらうと、


「アリガトウ、ピート」


 と、簡潔に礼を述べた。


 もし、彼がいなかったら、俺はこの世(どの世か知らないが)からおさらばしていたことになる。


「□□□□□。タカ□仲間□□」


 にやりと笑って、気にするなとばかりに俺の肩を叩く。


 なんてさわやかなナイスガイなんだろう。


 こんな人間がいるなら、こっちの世界も悪くはないのかもしれない。




 ネズミの本格的な捜索はここがスタート地点になるようだった。


 スーアインが先頭に立ち、足跡やらなんやらの痕跡を探し回る。


 そのあいだ、ピートは周囲の警戒をしながら進んでいた。


 敵が出たら、スーアインとのあいだに割り込むに違いない。


 俺はといえば、やることがない。


 ぐるりと見渡し……


 なにか変なものが飛んでいることに気づいた。


 蝶々かなにかかと思ったが……よく見ると人っぽくないか、あれは?


 羽根の生えた子供用の着せ替え人形がそのまま飛んでいるような雰囲気だろうか。


 いや、ズバリ言ってやろう。


 妖精だよ、あれ。


 二体ばかりの妖精さんが笑いながら飛んでいるのだ。


 この世界には、実際にいるんだな、ああいうのが。


 でも……あの妖精たちは、絵本への出演を断られるくらい邪悪な顔をしている気がする。邪悪は言い過ぎだとしても、意地悪で陰険なやつらに見える。


 ピートとスーアインは空中の不審者に気づいてないようだった。


 あれだけ周囲を警戒しているというのに。


 妖精は笑いあいながら、草の影で何かの作業をしている。


 完成したのは、草を結んで作ったアーチであった。


 ちょうど……ピートが足を引っかけて転びそうな位置に作られている。


 俺は枝を拾うと、横に回転を加えて投げた。


 見事、妖精の一体に命中。


 もう一体は驚いて逃げていった。


 急に枝を投げつけられた形になったピートが不思議そうに振り返る。


「この□□□! □□□□馬鹿!」


 スーアインはすぐ足下のアーチに気づいて、ピートをなじりまくる。


 足下がお留守だったことを責めているのだろう。


 敵がいるかもしれないところで転んで怪我でもしたら、最悪、死に繋がるからな。


『花の精かなにかでしょう』


 リッシュが半端な解説をしてくれる。


 ピートは笑いながら草のアーチに手を通す。


妖精の門(フェアリー・ゲート)などと呼ばれる現象です』


 その正体は、本物の妖精が作った陰湿な罠というわけだ。


「あいつら、なんでこんなことをするんだ」


『森は彼らの領域で、人間は部外者ですから。もっとも、本来なら、このあたり一帯、人間の領域のはずなのですが』


「なんで妖精の領域になってるんだ?」


『文明圏が狭まって、野蛮に返っているのでしょう』


 やはり彼女の言い様は理解できなかった。


 人の住みかが減っているとかそういうことだろうか?




 水場になりそうな泉、木の根の影、くぼんだ地形、そんなところを重点的に捜す。


 雑木林の中をけっこう歩いたと思うのだが、芳しい成果は上がっていないようだった。


 なにかいる気配はあるのだが、それは鳥だったり、ウサギだったり、見たことないでかいイモムシだったりする。


 天が高くなったころに休憩して昼食を取った。


 メニューはビスケットのような固いパンである。


 二人のまねをして、水に浸して食べやすくしてから食べる。


 芋かなにかをこねて作ったもののようだ。この世界の主食なのか、単なる携帯食なのか、俺にはわからない。


 他には煎った豆があった。


 袋一杯にもらってきたので、歩きながらおやつ代わりにポリポリ食べ続けていた。


 トビ豆という種類らしい。大豆やピーナッツを想像してもらおうか。似たような形、大きさ、栄養価である。たぶんパンよりこっちの豆のほうがエネルギーがあるんじゃないかな。


 短時間の昼食と休息のあと、捜索が開始される。


 スーアインが先頭を進み、時折、藪をつつく。ラットマンが隠れてないか確かめているのだろう。


 今日とくに働いているのは彼女だった。さっきの昼休みの間もずっと油断してなかったくらいだ。身を潜めつつも高い位置に陣取り、敵の襲撃を警戒していた。


 それに比べると、ピートはのんびりしたものである。


 手に剣を下げ警戒しているが、このあいだの戦いのような気迫はさっぱり感じられなかった。


 戦闘がメインで細かい作業は専門外なのだろう。


『どうも彼は遍歴騎士(ナイトエラント)のようですね、珍しい』


「遍歴騎士?」


『貴族の子弟が修行の旅に出る制度です』


「ふーん、そんなのがあるのか」


『試練の旅に出て生還すると騎士として認められて叙勲されるというものだったはずです。実例をあまり聞かないのでわかりませんが』


「おとぎ話みたいなシステムだな」


「□□□、タカ□妖精□□□□□。□□□□□□□」


 ピートが振り向いて何事か俺を指さす。


「なんだって?」


『あなたはいつも妖精と話していると言っています』


「妖精ねぇ……」


 俺の「独り言」はそう受け取られているようだった。


 さほど間違ってはないのだが――


「口うるさい変な妖精と話してるって、こっちの言葉ではどういうんだ?」


『知りません』


 リッシュがむくれたので残念ながらピートとのコミュニケーションはならなかった。というかそれどころではなかった。


「――――――!!」


 俺は気づいて、顔をそちらに向ける。


 耳を澄ませる。


 自然の中に身を置いているからか、俺の視力や聴力といった感覚器官は、地球にいたころより鋭くなっているようだ。


 枝を拾って、ピートとスーアインの背中に投げつける。


 振り向くふたり。俺は黙ったまま藪を指さす。


 そこになにかがいる。


 大きなものが藪の中を進んでいるのだ。


 理解したらしく、ピートとスーアインはそれぞれ剣と弓を構える。


 その「なにか」は俺たちの前を横切るようなコースで動いていた。


 今のところこちらに気づいた様子はない。


 俺は人差し指をその「なにか」の動きに沿ってスライドさせる。


 藪が途切れるところ。


 今にもそいつが姿を現すだろうタイミング。


 緊張がピークに達する。


 ほら、飛び出した!


 大きな動く影。


 スーアインが矢を放った。

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