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第3話 回復が早すぎる

 夢を見ない。


 うなされることすらない。




 目が覚めると、またも知らないどこかにいた。


 幸いにして、今回は屋内である。


 俺は――ベッドに寝かされているようだった。


 ずいぶんと風格がある部屋だ。


 枕元に作りの良さそうなテーブルがしつらえられており、奥には立派なタンス(クローゼット?)、それから書斎として使えそうな机、椅子、本棚と、木製家具がずらり。


 ただし、気になるのは、このいずれもが古びていて、もう少し詳細に言うと朽ちかけている点だ。


 いわば、二十年前に金持ちが住んでいた家ってところか。


 軽く身体を起こしてみる。


 痛みはなかったが、腹に包帯らしき布が巻き付けられていた。


 まだ傷口がふさがってないのが自分でもわかる。


 しかし、生き残ったということは、思ったよりも軽傷だったということでもある。


 けっこう深くやられたはずなんだけど……


 あたりを見て回りたいところだが、まだ動かないほうがいいだろう。


 俺は目を閉じる。


 一瞬で眠りに落ちる。




 どれだけ時間が経ったのかはわからないが、また目を覚ますと、人がいた。


「□□□!」


 知らない男性が知らない言葉で叫ぶ。


 俺が起きたのに気づいたらしい。


 二十代くらいの若いお兄ちゃんだった。


 アジア人ではないな。ヨーロッパ人でもない。アラブ人でも、ネイティブアメリカンでもアフリカ人でもなさそうだ。


 端正でしっかりした顔つきをしているが、どこか子供っぽさが残っている。そんな人だった。


「□□□□□□□□□」


 甘い笑顔で話しかけてくるが、なにを言ってるのかさっぱりわからなかった。


 リッシュのやつどこにいった。俺の代わりにくたばったか。


 すると、別の若い女性が入ってきた。これは、俺と一緒に戦った、弓のお姉さんではないか。今は武装解除状態で、それなりにあつらえの良さそうな赤い服を着ている。


 この人がいるってことは、若いお兄ちゃんは鎧に兜の戦士の中の人かもしれないな。


「□□□□□□□□□」


「□□□□□□□□□□□□□□□□□□。□□□□□□□□」


「□□□□□、ネズミ□□□□□□□□□□□□□」


「□□□□□□□□□□□□□」


 なにごとか話し合っている。


 ごくごく一部の単語だけ理解できる。


 お兄さんはいったん部屋を出ると、食べ物を持って戻ってきてくれた。


 スープのようなものだった。それなりに栄養がありそうな香りが立っている。


 この世界に来てどれだけの時間が経っているかわからないが、なぜか腹が空いてなかった。


 しかしスープを摂取しないとならない気分になっている。


 食欲よりも義務感のようなものがあるのだ。


 俺はがっついて下品にならないように皿を受け取り、ゆっくりと木製のスプーンですすった。


 塩分が薄かった。


 具は、団子らしきものと、野菜らしき葉っぱ。それとは別に謎の小さいものがあるが……口に入れてみると、なにかの豆だとわかる。うん、この豆にはパワーとエネルギーを詰まっているな。こいつを腹一杯食いたい。


 団子のほうは魚のすり身を丸めたものだった。こっちもそれなりに栄養がある。タンパク質が中心、それにミネラル・ビタミンが少々ってところか。混ざってる骨らしきものはカルシウムになるだろう。


 幸いにして食糧事情に問題はなかったようで、身振りでおかわりを要求するとお兄さんは快く持ってきてくれる。


 俺が元気なのがうれしいようだ。


 いい人なんだろうな。


 笑顔を見るとそれがよくわかる。


 ちなみに、お姉さんのほうは悪い人らしく、ずっと俺のことをにらんでいる。なにか気に障ることでもしたかな。


 俺は男女二人の会話を聞きながら、飯を食い、眠って、また起きて飯を食う。


 その次に起きたときには全快していた。




 腹をなでる。


 包帯を取ると、刺されたはずのところがきれいに治っていた。


(……なんだこれ)


 治るにしても――傷痕くらいは残ると思うんだけどね?


 手で押しても痛みはない。このまま歩き回っても問題なさそうだ。


 俺は寝台から立ち上がる。


 たくさん寝たからか、身体が妙にすっきりしており、今すぐ例のネズミ野郎どもにリターンマッチを挑めそうだ。


 だが、いまここに俺の仲間――ラットマンと戦った三人組はいなかった。


 部屋に一人で残されている。


 窓から外を見てみる。


 一応ガラスがはまっているが、汚くてゆがんでいるので、よく見えない。


 窓の向こうは、中庭か裏庭のような空間だろうか。その向こう側に別の建物がある。


 人の気配はなかった。


 まず俺は建物の中を探索することにする。


 ドアを開けると、そこはリビングダイニングだろうか。


 何人かで座れるような大きなテーブルが真ん中にしつらえられている。


 俺が寝ていた寝室(?)以外にも二つ部屋があるようだが、人の気配はなかった。


 ノックの後で中を確認してみるが、そこはやはり寝室のようなところで、だれもいなかった。


「外に出てみるか……」


 木製のドアを開けて、外の様子をうかがう。


 裏道のようなところだった。


 ここは町。並んだ建物と敷き詰められた石畳を見るに、それなりに発達した都市であるはずだ。


 人の姿は見えないが、今にもそこの角から……


 俺は隠れる。


 本当に人が来たのだ。


 ちらっとしか見えなかったが、この町の市民だろうか?


『なんで隠れるんですか』


 急に話しかけられて俺は眉をひそめた。


『さっさとその町がどこか調べてください』


 頭に直接響く声。有無を言わせぬ命令形。


 これはまさにリッシュちゃんである。


 最近見かけなかったが、生きていたらしい。


「探検は後回しにしよう」


 俺はドアを閉めて、最初の部屋に戻る。


『なんで調べないんですか!』


「――裸だからだよ!」


 俺はこのあからさまに地球ではない世界で目を覚ましたときから、ずっと全裸であった。


 寝台にシーツらしき布があるが、せいぜいがバスタオル程度のものである。


『私はずっと待っているんですよ。早くそこがどこか確認してください』


「じゃあ、もう少しだけ待てよ」


 俺はごろりと横になる。


 そうするとすぐに寝ることができる。


 再び目を覚ましたのは、日が暮れてきたころ。


 ガチャガチャと重々しい金属音が外から聞こえてきたのだ。


「□□□□□□□、□□□!!」


「□□□□□」


 男女の声が聞こえる。


 お兄さんとお姉さんが帰ってきたのだ。


 二人は俺がぴんぴんしているのを見ると、驚いた。


 刺されたはずの腹を眺めている。


 なにが起きたのか彼らにも不思議であるようだ。


『いいですか、神の祝福と言いなさい。アヴルナックの祝福です』


 アヴルナック?


『地母神の名です』


 地母神――ねぇ。まあ、ここは言われたとおりにするか。


「カミ、シュクフク。アヴルナック」


 発音が難しいので、どうにも片言になってしまう。


「祝福? 神の?」


「□□□□、馬鹿□□□□□□□□糞ガキ」


 二人の言葉がほんの少しだけわかるようになってきた。


 特にお姉さんのほうは、同じ言い回しを使うことが多いな。全部罵倒だけど。口ぶりから俺の言葉を信じていないことがわかる。


『早く、ここがどこか聞きなさい』


「ココ、ドコ?」


「ヴィース□□、□□□□□□□□□□」


『それはわかってます!』


 リッシュが叫ぶ。俺にはなにもわからない。


『町の名前を聞きなさい』


「マチ、ナマエ?」


「アルスピケス」


『アルスピケス! この三日知りたかった情報がやっと手に入りました! なんでこんなにかかるのですか』


「三日?」


 俺はその言葉に違和感を覚える。


「たった三日なのか? 俺が来てから三日?」


『あなたが来てから三日目です』


 刺されてからずっと寝込んでいたんだと思っていた。


 ――たった三日で、あんな酷い怪我から回復しただって?


 集中治療室に入ったって、そんなのは無理な話だぜ。


『本来なら致命傷でしたが、まあ、現段階でもその程度の傷で死ぬはずがありません』


 怒ったような、誇らしいような声だった。どういうことなんだよ、それは。


「□□□□□□□□□□□□」


 お兄さんがなんか言った。目に好奇心が溢れているな。俺が頭の中のだれかと話しているのが興味深いのかもしれない。


『あなたの名前を聞いています』


「そうか、自己紹介くらいしないと失礼だな。えーと……俺の名前なんだっけ?」


『……タカでいいでしょう』


 そういえば母親にそんな名前で呼ばれていた気がする。


 くそっ、それなのに両親の顔すら思い出せない。


「オレ、タカ」


「タカ?」


『遙か遠くから来たと言いなさい』


「トオクカラ、キタ」


「タカ、□□□□□□□□□□□□。タカ」


 うれしそうに肩をバンバン叩かれる。

 言葉は通じたようだった。

 それ以外のことはわからないが。


『早く言葉を覚えてください。連邦共通語(セントラル)をしゃべれないのは野蛮の証です』


 リッシュが突き放すように言った。


 こっちの世界に来たばかりなんだから仕方ないだろう。


 いきなり要求が高すぎるぜ。


『とにかく早く覚えてください』


 口うるさい脳内通訳を交えて意思疎通を行った結果、お兄さんのほうは『ピート』、お姉さんのほうは『スーアイン』という名前であることがわかった。


 ピートはやはり俺と一緒にラットマンと戦った剣に鎧の戦士だったらしい。


 スーアインはもちろん弓や短剣でラットマンを殺していた怖いお姉さんである。


 二人が何者なのかと言うと……


『彼らはこの町からの依頼を受けて、ラットマンを退治しているそうです』


「冒険者とか傭兵みたいなやつらか、格好いいな。この世界では、職業として成り立っているのか?」


『どうも食事の提供だけで仕事を引き受けているようですね』


「メシだけ……? それじゃ、ほとんどただ働きじゃないか!」


『――今日は鍛冶屋で鎧の修理と調整をしてきたそうです。それくらいは無料でやってもらえると』


「それで鎧着てたのか」


 今はもう脱いでいる。鎧なんて重いものだろうから、外して持ち歩くより着た方がまだ楽なんだろう。


「□□□□□□□。□□□□□□□□□□□、□□□□。□□□□□□□□□□□□」


『…………』


 ピートがなにか言ったが、リッシュはなかなか訳してくれない。


「どうした?」


『その……、仕事はまだ終わってないそうです。ラットマンが残ってると』


「まだいるのか!?」


『話しぶりからして、少数の残党が残っているようです。ラットマンは少しでも残ってるとすぐ増えますから。完全に駆逐しないとならないでしょう』


「よし、俺も行くぜ!」


 と、両手を握って立ち上がった。


 前回の戦いではやられてしまったので、これはリターンマッチとなる。


 死にかけていたところを助けられた礼もあるし、行くべきだろう。


『やめなさい』


「なんでだよ」


『何度死にかければ気が済むんですか。私がそちらに行くのでおとなしく待っていなさい』


「オレ、イク。ネズミ、イク」


 リッシュを無視して、俺はそれらしい単語を並べる。


 剣を振る真似でネズミ野郎どもを倒す身振りも忘れない。


 通じただろうか。


「□□、□□□□□□□□□□□□□。□□□□□□□」


「馬鹿ガキ□□□□□□□□□□□□□□□□」


『ピートもスーアインも反対しているようです』


 言葉が伝わらなくてもわかる。どうやら、そのようだった。


 まあ、死にかけたばかりの素人は足手まといというのが常識的な判断だろうな。


「でもよ、飯まで食わしてもらって、なにもしないなんてわけにはいかないぜ。これなんて伝えればいいんだ?」


『はぁ……』


 ため息をつきながらも、リッシュは現地語の言い回しを教えてくれた。


 むろん、たどたどしい言い方になってしまったが、ピートはなぜか感銘を受けたようだ。


『あなたは一緒にラットマンと戦ってくれた仲間だから、食事を取る資格はあるそうです。それから……仲間なら、一緒に来るのは当然だと』


「□□□□□□□□!!」


 ピートは俺の味方になってくれたが、女性ふたりはまだ反対のようだった。


 無理矢理にでもついて行ってやる。


 はぁ……とリッシュが何度目かのため息をつくのが聞こえた。


 ピートは別の部屋から俺の装備を持ってきてくれた。


 ローブとサンダルのような靴だった。


 これでやっと裸から解放される。


 でもこれ……例の魔術師のお兄さんのローブなんじゃないか?


「あの人はどうしたんだ?」


 そういえば、先ほどから見かけない。


「モウヒトリ、ドコ?」


 リッシュに習った現地語で尋ねる。


「ラニーは□□□。□□□□□□□□□□□□□□□」


 ピートが答える。


「――なんだって?」


『死んだそうです』


「……え?」


『あの若い呪術士は、ラニーというそうですが、あなたが倒れたあと、毒矢にやられたそうです』


 ピートはけして声を上げたり感情を出したりせず、淡々と説明を続ける。


『あなたがいなかったら、ピートとスーアインも一緒に死んでいたかもしれないと言ってます。本気で言っているようです』


「――――――――」


 そんなことは慰めにならなかった。


 俺なりになんとかしようとしたのに、あの魔術師は……ラニーさんは死んでしまった。ネズミに殺されたのだ。


 もっと俺が強かったら――


『無駄な考えです。しっかりしなさい』


「わかってるさ」


 最初からネズミどもは倒してやるつもりだった。


 絶対に負けられなくなった。


 ただ、それだけだ。

(現在の身長:168cm)


 現代日本人男性の平均身長は171cm前後で、160cm~180cmの範囲に九割方が収まるそうです。

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