第2話 非力なチビじゃ戦えない
「で、どうするんだよ」
『どうもしないでください』
というのが、リッシュのリプライだった。
『大切な身体です。万一、こんなところで死んだりしてしまうと困ります』
そうだな……
ネズミどもが人類の敵だというのなら、三人の人間に味方するべきなのかもしれないが、まあ、俺が参戦したところでまず何の役にも立たないだろうし、殺されるのはごめんである。
実は、ほんの少しばかり腕に自信はあるのだが(そうだよ、思い出した)、ここに武器はないし、防具もないし、それどころか服すらない。たとえ武器があっても、実戦で命を賭けたやりとりなんてとてもできないだろう。
「うん、そうだよな、逃げるしか……」
がさりと小さな音が聞こえた。
たぶん――足音を忍ばせていたのだろう。
それでも俺の耳には届いた。
藪に隠れた俺のすぐ近く。
ラットマンとかいうネズミ野郎が、ヒゲをぴくぴくさせながら、杖の男の背後に忍び寄ろうとしているのだ。
ネズミが構えてるのは……吹き矢みたいなもんか?
「気をつけろ!」
俺が叫ぶと、杖の男(どうも本物の魔法使いっぽい……)が振り返り、暗殺者のような「吹き矢ラットマン」に気がついた。
同時に俺は飛び出し、走る。
向かう先は、もちろん吹き矢を持ったネズミ野郎だ。
『まあ、わかってましたが』
リッシュが諦めたような声を出した。
俺は手にした木の棒を握りしめる。
この棒は出っ張った部分が多いので、強く握りすぎると手のひらが痛くなってくるんだが……
気にせず、全力でラットマンに突き立てる。
半分体当たりしたみたいなものだな。
はじき飛ばされたラットマンがよろめく。
俺は拳を握り、チョップのような動きでラットマンの腕に振り下ろした。
狙いは吹き矢である。
手首のあたりにヒット。
首尾良く、ネズミ野郎は危ない武器を落とした。
すると、周りの木々からつるが伸びてきて、陰険なネズミ野郎をぐるぐる巻きにする。こいつは魔法か。
『原始的なまじないです。技官のようですが、こんなまじないしか使えないのでは話になりません』
役立たずのくせに、リッシュが勝手な論評を飛ばす。
そこに矢が飛んできて、ラットマンの息の根を止めた。
弓矢のお姉さん(いま気がついたが女性だ)とのコンビネーション攻撃である。
なかなかシステマチックで連携の取れたパーティーではないか。
『もう下がってなさい』
なんて言われても、黙って見ているわけにはいかなかった。
なにしろ相手はネズミだけに数が多い。
たった三人の人間側が圧倒的に不利だ。
俺は戦いの場に身を投じる。
突然、闖入した全裸の男を彼らはどう思っただろうね?
それはさておき、人間三人は息を乱さず戦いを続けている。
繰り返しになるが、システマチックで連携が取れている。
剣に鎧の男は、壁役の戦士とかそんな感じのポジションなんだろう。
まとう鎧は丈夫そうな金属製で、加えて大きな盾を持っている。
歴戦の傭兵とかそんな感じの風体だが、盾に紋章が入ってるので、騎士様なのかもしれないな。
彼が守っているのが、弓と杖の二人。
魔法使いである杖の人(痩せこけてて、くせ者っぽいお兄さん)は、地面を盛り上げて敵を転ばせたり、樹木のツタで敵を拘束している。いわば妨害役といったところか。
となると、アタッカーでエースとなるのが弓のお姉さんである。
弓矢で次々とラットマンの息の根を止めていく。
手にした武器と優雅な所作から見て、映画やゲームに出てくるエルフっぽいなんて思ってたんだが……抜いた短剣でラットマンの急所を的確に貫いたりもしているぞ!? なんか、暗殺者っぽくて怖い。
そんなプロフェッショナルたちが集まってるわけだが、その中で俺がなにをしているかというと……
まあ、牽制とか、おとりとか、そんなようなものだ。
棒きれを振り回して大声で騒げば、相手はびびって足を止めるもんだぜ。
そのあいだに他の三人がネズミを始末してくれればそれでいいわけだ。
俺だって本当は華麗な剣さばきとかで敵を倒したいんだが、武器は単なる太めの枝だし、こいつでネズミの頭蓋骨を割るだけの腕力は持っていない。というか、ぶったたくと折れそうなので、突いて遠ざけるのが精々だった。ラットマンは嫌がってるようなので、こんな即席の武器でもけっこう痛いんだろうな。
『駄目だと言っているのに、なぜ戦うのですか』
リッシュが静かに非難を浴びせてくる。
「そんなこと言ってる場合じゃないだろうが」
俺は必死だった。
死にものぐるいでネズミの脅威と戦う。
だが――
結局のところ、そんなのは俺の自己満足に過ぎなかったのかもしれない。
まもなく、三人のパーティーは傷を負うこともなく、大量のラットマンをやっつけたのである。
圧勝だった。
一匹たりとも逃すことなく殲滅。
おそらく俺がいなくても彼らはこれをやり遂げたんじゃないと思う。少しでも役に立ててたらいいんだけどね。
戦いが終わった戦場には、ネズミの死体が積み重なっていた。
血の臭いなのか、むせてしまいそうなひどい異臭がする。ここで息をしたくない。
振り返ると、魔法使いらしい杖のお兄さんが、楽しむような笑みを唇のはしに浮かべていた。
この人、若いくせに渋くて格好いいな。
一方、弓のお姉さんはしかめっ面である。
「□□□□□□□□□□□□□□□」
俺にはわからない言葉でなにか文句を言ってくる。
もしかしたら、この場のドレスコードに抵触してしまったのかもしれない。
「□□□□□□□□□□□」
鎧の戦士がなにか答える。
彼がどんな顔をしているかはわからなかった。……なぜなら、立派な兜をかぶっていたからだ。
「なにを言っているんだ?」
『下品な言葉遣いと、それをたしなめる言葉』
なんてリッシュに聞くと、三人に変な目で見られる。
どうやら異国の言葉を使った奇妙な独り言と受け止められたらしい。リッシュの声は俺にしか聞こえないのだろう。ちょっと気をつけないとな。
ともかく、その場の殺伐とした緊張は薄れた。
俺は肩で一つ息をして――
振り返り、音がする方を見つめる。
緊張を解いている場合じゃなかった。
誰かが来る。
藪をかきわけるような音が俺の耳に届いたのだ。
「なんか来るぜ。たぶんさっきのやつらだ」
俺は方向を指さした。
『ネズミと言いなさい』
「ネ・ズ・ミ……」
たどたどしい現地語の発音。
三人は俺の言わんとしていることに気づいたようだ。
鋭い目を向けながら、それぞれが武器を構える。
藪の向こうから表れたのは……やはりラットマンだった。
新手が到着したのだ。
「gyruuuuu…」
これまでなかったうなり声が聞こえる。
声の主は――彼らが連れているイノシシ?
『ラットビーストです』
つまりは、でかいネズミのようだった。
日本にも外来種の巨大鼠がいると聞いたことがあるが、こいつはそんな可愛いもんじゃない。
闘犬のような獰猛さがここからでも見て取れる。
それにあの鋭い牙。まるで槍の穂先のようじゃないか。
細かいところまでやけによく見えてしまうのが、むしろ恨めしいぜ。
ラットビーストが解き放たれた。
こっちにまっすぐ突っ込んでくる。でかいネズミちゃんは杖のお兄さんに狙いを定めたらしい。
ぎょっとしたお兄さんは呪文らしきものを唱え始めるが、この距離ではとても間に合いそうもなかった。
仕方ない。
俺はその前に立ちふさがった。
ラットビーストの血走った目が見えるが、不思議とあまり怖くない。
俺はうまくタイミングをあわせ……手にした木の枝を突き立てた。
枝がラットビーストの顔に食い込む感触。
しかし、勢いには勝てなかった。
枝が簡単に折れて、そのまま俺は跳ね飛ばされる。
交通事故みたいなもんかな。
歩行者と自動車の正面衝突って感じだ。
(――後頭部を守らないと)
なんて飛んだまま考えちまったぜ。
地面に落ちる瞬間、ごろりと後ろに回転。
衝撃を逃しつつ、うまく身体を起こすことに成功する。
が、そこにラットマンたちが錆びた剣を手に手に飛びかかってくる。
どうやら連中の作戦は、まずラットビーストを突っ込ませ、混乱したところに攻撃を加えるといったものだったらしい。
有効な戦術だった。
どれくらい有効かと言うと、為す術もなく腹を刺されてしまったくらいだ。
二、三回は避けたんだけど多勢に無勢だったのだ。
素手で複数の敵と戦えるはずがない。
アドレナリンの影響か、刺されても不思議と痛くはなかったが、冷静に考えるとこいつはまずかった。
とりあえず俺は刺した張本人を蹴飛ばす。それから、死にものぐるいで戦った。
もう相手を牽制するなんてお上品なことはできない。
相手を押さえ込み、振り回し、投げ飛ばす。
どうせこの出血では助からないだろう。
だったら死ぬまでに出来るだけネズミどもを抑えるくらいはしなくては。
意識が遠くなってくる。
身体を動かすのに必要なだけの血液量が失われてしまったのだ。
これじゃ戦えない。
なんのために俺はこんな世界まで来たんだ。
おかしい……
最強主人公ものを書いていたはずなのに、主人公が死んだ……