第24話 面倒くさい話が続いたよ
「つまり、ギズ殿はリシー侯爵家に生まれ、遍歴騎士の旅に出たんだよ。旅先で名を上げて、凱旋し、家を継いだ。今ではギズ殿……ギザル・リシー侯爵がこのあたりの領主さ」
というのが、村に戻ってからピートが俺にしてくれた説明だった。
「んじゃあ、この怪しいおっさんはお偉い貴族さまなの?」
「英雄にして名君。リシー家の領地は大陸一豊かなことで知られている」
「名君にはとても見えないけど……。じゃあ、このおっさん、貴族のくせに、ふらふら俺たちについてきたの?」
「貴族が領地の視察をしてなにが悪い」
そこでしばらく話を聞いていたおっさんが割り込んでくる。
寝泊まりに提供されている古い小屋のなかである。貴族さまをお迎えするにあたっては、少々ラグジュアリー感に欠ける物件だったが、このおっさんにはこの程度でいいだろう。
「リッシュはこのおっさんが貴族だってことに気づいてたのか?」
「ええ、ピートとそれらしいことを話しているのが聞こえましたから」
なかなかの地獄耳だった。
耳のいい俺でさえ、そんな話は聞いていないのに。
「でも……おっさんは領主なのか? 領主じゃないとかさっき森で言ってなかったか?」
「祖父の代にはこのあたりまでリシー家の領地だった。が、俺が生まれたころに手放したと聞いている」
「なんで? 貴族にとって領地といったら財産だろ?」
「管理できなくなったからな。きっかけは例の砦が落とされたことだ」
「〈男爵〉のいた砦か」
「あれを壊されて、もう村を守ることができなくなった。とどめになったのは、水路が埋まったこと。それ以上、維持するだけの金がなかった。だから、俺のじいさんは村から手を引いた。そう聞いている」
「つまり領主のくせに村を守護するという契約を破り、逃げ出したわけですね」
リッシュが皮肉を飛ばす。いやこれは正面から非難をぶつけただけかな。
「契約というのなら問題ない。完全な契約解消だ。もう村から税を受け取らない代わりに、村を守らない。つまり自由村になるわけで、文句を言われる筋合いはない」
ふむ……、領主と村のあいだには、そういう契約関係があるのか。
俺はこの世界の封建制度について知る。
「偉そうに言わないでください。村を見捨て、切り捨てただけでしょう」
「このあたりは元々、うちの祖先が自力で開拓した荘園だったんだ。村人は全員がよそ者の小作人。土地を全部ただでくれてやったんだから手切れ金には充分だろう」
「言い訳がましいところに、やましさが表れていますね」
「俺じゃなくてじいさんのやったことだ」
とうとうおっさんは声を荒げる。気にしてるところをリッシュに突かれたのかもしれない。
「いったいどうしろって言うんですかね、司祭殿」
「教えてあげましょうか?」
普段いやみなおじさんに対する、いやみな言い方であった。
「あなたに祖父の間違いを正す機会を与えましょう――周辺の村四つを自治村としてリシー侯爵家の庇護下に入れなさい」
「……条件は?」
「村の警護。訴訟の裁定。運河の維持・管理。加えて、リシー家から、粉ひき用水車の提供。各村に駄馬を2頭ずつ。大工と鍛冶屋の手配もです」
「代わりにリシー家が受け取るのは?」
「351名の領民。来年からの貢納、今年はなりません。水車と水路の利用料。良質な木材の供給」
「賦役と兵役がないな」
「自治村と言ったでしょう」
「差し引きで大赤字だな」
おっさんは忌々しげに吐き捨てる。
「10年もすれば元が取れるでしょう」
「現時点で金がない。水車を作るのにいくらかかると思ってるんだ」
「どうせ、連邦時代の遺跡にでも潜ったのでしょう。そこから出したらどうです?」
おっさんが渋面を作る。
何も言い返せないということは……リッシュの勝ちだろうか。
「だがな……リシー家が領主になっても、政治的な問題が残るぞ」
「なんです?」
「小僧が殺したアキャラン家の小せがれ……あれはあれで貴族だ。たとえあんなのでも貴族を殺すとちょっとばかり面倒なことになる」
「そうなの?」
俺は横から聞き返す。
「命を狙われるかもしれないぞ、小僧」
「へぇ、そう。怖いね」
「おまえがどうなろうと俺はかまわないが、それだけじゃ済まない問題もある。アキャラン家の領地はリシー家のすぐ隣。川すら挟まないお隣さんだ」
そうなのか。
〈巨人男爵〉のやつ、実家から近いところで活動してたんだな。
「アキャラン家の小せがれは、このあたりの村の正統な領主だった。とてもそうだったとは言えないが、少なくとも法的にはそう主張できる」
「法なんてあるのか」
「慣習法ってものがある。それを裁く法廷はもうないが、だとしたら自力で判決を出すしかない」
となると……
「実力行使に出ると?」
「いいか、リシー家が村の新たな領主になったら、世間の人間はこう考える。俺が聖騎士を利用して、アキャラン家の領地を乗っ取ったとな。アキャラン家はそうじゃないことに気づくだろうが、知らん顔して文句をつけてくるかもしれない。リシー家を追い落とす絶好の口実になる。大義名分振りかざして攻めてきてもおかしくはない」
「くだらない話ですね」
リッシュが横から一刀両断に切って捨てる。
「元々、貴族階級というものは、魔物と戦い民を守る戦士たちから生まれたものです。それが民を見捨てて、互いに争うなど、堕落そのものではありませんか」
「土地が減ってるのさ。化け物がのさばって、人類の領域がどんどん狭まっていくだろう? そうすると人は残った土地をめぐって争うしかない。そうすると、さらに人類の領域は狭くなっていく」
「悪循環ではないですか!」
「まったくその通りですな、司祭殿」
首をすくめるおっさん。
「内輪もめに使う武力を魔物討伐に使ったらどうですか」
「そいつは俺が試したけど、まったく無意味だった。貴族の子弟を集め、10年以上かけて戦っても、森の侵食をわずかに食い止めることしか出来なかった。もうみんな諦めただろうな」
ふーん、おっさんはそんな活動をしていたのか。
だが、おっさんが活動を辞めてみんな諦めたということは、人類の希望が失われたことを意味するんじゃないだろうか?
「普通の人間ではそれが限界でしょうね。この子が本物の人類の希望となります」
そこでリッシュは俺に水を向けた。
「小僧が?」
「その通りです」
「…………」
おっさんは複雑な顔になった。
俺やリッシュのことが信じられないのかもしれない。
「……心配するな、おっさん。俺がおっさんの代わりにやってやるよ。俺が化け物どもを全部倒す。おっさんはこのあたりの村だけ守っておいてくれ」
「小僧――いったいおまえ何者なんだ? 魔除けもないのに、森の呪いにかからなかった。単なるデカブツではないはずだ」
「うん。だから……人類の希望なんだろ?」
リッシュが作った本物のな。
敵を殴るだけでは解決できないこともある。
それをおっさん……ギザル・リシー侯爵は教えてくれた。
その解決法。
全部、人に押しつける。
「無責任だ!」
とのそしりは気がつかなかったことにしよう。
俺はただ戦う。
リッシュの命を受けて。
人類のために。
それだけだ。
細かいことは、いまこの世界に生きている連中でなんとかしてくれ。
全部、俺任せなんて気持ち悪いだろ?