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第23話 森林破壊は心が痛む?

 木陰から一体、二体と姿を現す毛むくじゃら。


 体長2メートルの類人猿風。


 バギーとか言ったか。


 群れでのご登場だった。


 ご近所さんと連れだって一家総出でやってきたって感じだ。人肉の特売セールか何かのつもりなんだろう。


 俺は樹上に石を投じる。


 がさがさと音がして一体が落ちてくる。


 気配だけで適当に投げたのだが、ちゃんと当たったらしい。


 それを合図にバギーたちが襲いかかってきた。


 こっちはリッシュとスーアインを男3人で守るようなフォーメーションをとる。


「強いんだろうな、おっさん?」


 おっさんの抜いた剣は、いわゆるルーンソードでなく、普通の剣に見えた。どうも頼りない。


「さてな。旅に出たのはもう昔の話だからな」


 食えないおっさんだ。


 背後から矢が飛んで、バギーの一体を射殺する。


 俺は木刀で別の一体を叩き伏せる。


 これで3体倒した。


 でもバギーはまだまだいるぞ。


 ピートは剣に炎と雷の両方を宿らせる。


 ルーンソードと聖騎士の加護の合わせ技。


 ばったばったと毛むくじゃらどもを斬り倒していく。


 こいつは強い。


 これが本物の英雄ってやつだろう。


 さておっさんのほうは……


「えっ?」


 ほとんど戦っている気配なんてなかったのに……8体ばかりのバギーが地に伏していた。


 いったいどういうことなんだ?


 おっさんは剣を片手に平然としており、闘争の雰囲気はみじんもない。


「なんだ? どうやった?」


「剣という便利な道具がある知らないのか?」


 相変わらずの返答。


 本当にいったいどうやって倒したんだ。


 短い時間で8体も斬るなんて凄腕にもほどがあるぞ。いや、実際に剣で斬ったのかどうかすら怪しい。


 おっさんが毛むくじゃらどもを怯えさせたのか、仲間を失ったバギーが逃げ出し始める。


 背後からピートが2体、スーアインが1体、俺が2体、仕留める。


 しかし、残った3体ばかりを取り逃してしまったようだ。


「問題ありません」


 謎猫がリッシュの手を離れて、バギーを追っていく。


「あの猫、この森で大丈夫なのか?」


「問題ありません。行きましょう」


 俺たちは謎猫とバギーの後をたどる。


「どうやら本物の魔剣のようですね」


 歩きながらのリッシュの発言は、謎の剣技でバギーたちを瞬殺したおっさんに対するもののようだった。


「だれを殺して手に入れたのですか」


「人聞きが悪いことを言いますな、地母神の司祭殿。これは我が家に伝わっていたものですよ」


「では、あなたの祖先がだれかを殺して奪ったのでしょう」


「購入したのかもしれませんぞ?」


「金銭で取引できるようなものではありません」


「かもしれませんなあ。取引などしたら、剣を買った側はその場で売った側を斬り倒すことになるでしょう」


「ど、どんな剣なんだよ、そいつは!?」


 話の途中で口を挟んだのは俺。


「単なる便利な道具だぞ? さっき言っただろう」


 どれくらい……便利なんだろうね? そこが重要である。


 しばらく行くと斜面の岩場にバギーがいるのが見えた。


 子供なのか、小さいのも何体かちょろちょろしている。


「バギーの巣かな」


「バギーは巣を作らないので、単なる今日のねぐらでしょう。殲滅してください」


「……わかった」


 たとえ害獣退治であろうとも、子供に手をかけるのはあまり気分のいいものでなかったが、とにかく俺とピートで群れを丸ごと皆殺しにした。汚れ仕事。これがリッシュに課された俺の任務というわけか。


「さて……」


 リッシュたちのところに戻った俺は次の客(・ ・ ・)のほうを見た。


「――あなた強いのね」


 可愛い声で話しかけてきたのは、森の精みたいな奴らだった。


 羽根で空飛ぶ小さい妖精(メルヘン丸出し)と、足下にいる羽根のない小さいやつ(妖怪っぽい)である。前者は、以前、似たタイプを別の森で見かけたことがある。


「お礼を言うわ。大きな英雄さん、私たちもあの毛猿には困らされていたの」


「そうかい」


 気のない返事をしてやる。


 実のところ、俺は先ほどからこいつらに監視されていたことには気づいていた。見ているだけかと思ったが、話しかけてくるとはな。


「それでね……とても強いあなたたちにお願いがあるんだけど……」


「なんだよ、言ってみろよ」


「最近、森を荒らす悪いやつがいて……」


「俺たちに殺してくれって言うんだろ。俺はいいけどどうする?」


「行きましょう」


 俺とリッシュは即断即決。


「ま、まだ何も話してないんだけど……」


 話の早さに妖精は目を回していた。


「面倒だから、移動しながら話せ。何が出ても俺が倒す」


「あ……うん、ありがとう……。じゃあ……、まずはこっちに来て」


 と、妖精に森を案内される。


「大丈夫なのかねぇ」


 おっさんはのんびりと無精ヒゲをなでるが、普通についてくるようだ。


「それで、その森を荒らす奴ってのはどんなのなんだ? 化け物か? でかいのか?」


「うーんとね、そんな大きくないんだけど、ずるがしこくて強いから困ってるの。このままじゃ、森がなくなっちゃう」


「なんだ、でかくないのか。つまらんな」


 妖精について進むうち、視界にもやがかかってくる。森に霧が出ているのだ。


「これは鬼火の群生体ですね」


「鬼火ってことは、さっきの人魂か?」


「あれを小さくしたものが集まってこうなっています」


「やばいものか?」


「危険ですね。スーアインとピートをごらんなさい」


 振り返ると、二人はふらふらしていた。表情がぽわんとしている。


「どうしたんだ?」


「森の呪いにかかったのよ」


 答えてくれたのは妖精さんのほうだった。にっこりしている。


「それはどういうものだ?」


「自分でものが考えられなくなってね……最後には森になっちゃうの」


「ほう、森に」


()()()()()()()()()()()()


 と、妖精は小さい指を回す。


 同時に霧ごと世界が回ったかのように見えた。


「はい、気分はどう?」


「あー、森の呪いにかかって森になっちまった。俺は森さんだ」


 森さんと言うとまるで名字のようだな。そういや俺の名字なんだっけ? 名乗るときはいっそリッシュの名字でも使おうかな。


「あれ、ひょっとして、かかってないの?」


 俺の前でダンスでもするかのようにくるりと回転する妖精。こういう仕草を見ると子供向けのアニメって感じなんだが。


「そんなんじゃ効かないぞ。ほら、もっとがんばれ」


「ここは森よ!? おまえ、なんで呪いにかからないのよ!」


「さあな」


 俺は妖精の胴体をむんずとつかんでやる。


「やっ!?」


「森の妖精って素手でさわれるんだなあ。握りつぶしちまいそうだ」


 ペットの小鳥をつかんだような感覚と言えばわかるだろうか。少し加減を間違えるとつぶしてしまいそうで危ない。その上、俺の手は以前よりも大きく、強くなっているのだ。


「どうする、リッシュ。握りつぶすか?」


「本体が死ぬと妖精も一緒に死にますからどうでもいいでしょう」


 そうかい。


 俺が手を離すと、妖精は全力で逃げていった。ちなみに足下にいた別の精はとっくに逃げ去っている。


「小僧、精霊の呪いにかからないのか」


 おっさんが俺のことを見ている。


 リッシュは以前話していた――俺が魔法にかかることはないと。どうやらそれは本当だったらしい。最初からそうなるように作られたのだろう。


 それにしても、このおっさんだって妖精の魔法にかかっていないようだが、どういうことなんだ?


「魔剣持ち、あなたは魔除けに守られているようですね」


「まあね、森に入るなら必需品ってことだ」


「ちょっと待て、二人ともそんな話してる場合じゃないぞ!」


 森の呪いにかかったらしいピートとスーアインは、自我を失ったゾンビのように進んでいってしまうのだ。


「リッシュ、二人の呪いを解いてやれよ」


「いえ、案内してもらいましょう。森の中心に」


「それが狙いか」


 どうやらリッシュは最初から妖精たちの行動を読んで、あえて泳がせていたらしい。


 いや、俺だって妖精がまったく信用できないことには気づいていたんだぜ――妖精の言う「森を荒らす悪い奴」ってのが俺たちを指すことにも、な。その上で、やつらが動くのを待ち構えていたわけだが、リッシュはもう少し先を見通していたってことだ。


 二人の案内(?)で森をさらに進んでいく。


 かかるもやが大きくなっていく。


 感じるのは生命力そのものであった。邪悪ではない純粋なエネルギー。


 周囲の木々が黄金に輝いて見えるのは気のせいだろうか?


 俺という絶対的な基準点がなかったら、ここは別の世界であると思い込んでしまったかもしれない。


「ガキのころ、『不思議な森』に迷い込んだことがある」


 唐突におっさんがそんなことを言い出した。


「不思議な森ね。ここのことか?」


「さあな。ここかもしれないが区別はつかない」


「そのときはどうやって出たんだ?」


「強引に」


 などと話しているうちに、俺たちはたぶん目的地にたどり着いた。


 大きな木だった。


 上に高いというよりは、横に大きく広がっている。


 見てくれよ、この幹の太いこと。地面を這う根っこの一本すら普通の木よりずっと大きいのだ。何千年経ったら、こんな巨木にまで育つのかね。この一本で森と言って差し支えないほどの大きさがある。


「このあたりの親木でしょう」


「森の中心か?」


「中心のひとつです。そろそろ二人を捕まえなさい」


 しかし、俺が後ろから手を伸ばす前に、ピートは目を覚ました。


 はっと周りを見て、いまだ術中のスーアインに飛びつく。


「なにをするんだい!」


 我に返ったらしいスーアインはピートをぶん殴り、それから目の前の光景に圧倒される。そりゃ目を覚ましてすぐ大自然の神秘を見せられたら驚くよな。


「この森の一部とならずに済んだようですね」


 リッシュは地面から白いものを拾い上げる。


 それは骨であった。


 よく見ると、うねるような根っこの陰に動物の骨が積み重なっているのだ。


「魔法で獲物を引き寄せて養分にするシステムか」


「森は狡猾で危険です。切り倒さねばなりません」


「うーむ、こんな立派な木を切るのは抵抗があるな」


「なぜですか」


「俺の世界では木を切りすぎて森が減っちまってな。森林を保護してるくらいなんだ」


「つまり、あなたの世界は森を倒し、森を支配したのでしょう。それが文明です」


 こちらの世界と地球とでは少し自然に関する考え方が違うようだった。


 まあこの森を見ればその理由も分かろうというものだが。


「ヒロタカ、ここの木の枝を落としなさい」


「そんな端っこを切ってどうするんだ?」


「どうもしません。いずれ使い道があるでしょう」


 何かの材料にするつもりなのだろうか。


 とにかく俺は体重をかけて、太い幹から伸びる枝――から伸びる枝のさらに次の枝あたりをへし折った。


 痛いのか、怒ったのか、森が震えた。


 しかし、しっぺ返しが俺を襲うようなことはなかった。巨木は受け身でやられたい放題だ。ラストバトルのようなものを予期していた俺にとっては拍子抜けである。


 ピートはルーンソードの熱を使って、器用に枝を切断していく。


 退屈な作業だった。


 リッシュは長く太い枝を次々とバッグにしまっていく。魔法の杖でも作るつもりかな。


「ピート、その剣でこの木を焼きなさい」


 しばらくすると、リッシュはそう命じる。


「焼くのか? もったいないな。この太い幹で村をひとつくらい作れるんじゃないか」


「太すぎてとても切り倒せません」


 答えはシンプル。


 ピートがルーンソードの先端を幹に突き立てる。


 刃は少しずつ食い込んでいき、白い煙が立ちこめる。老いてなお瑞々しい大木は、生木のままむりやり燃やされ始めたのである。


「お母様が!」


 いつの間にか集まっていた妖精たちが遠巻きに騒ぐが、なにも出来ることはなかった。


 大木が燃えるに従って、森に満ちていたエネルギーが薄れていく。


 やがて、太い幹が焼け焦げ、炭化したころ……


 それはほとんどゼロになった。


 森が……普通の森になったのだろうか。


 黄金に輝いていた周囲の木々までもが単なる古木になりはてている。


「ふうむ、たいしたものだな。ここまで出来るとは思わなかった」


 おっさんは皮肉抜きに感心しているようだった。


「これなら、村に対する脅威は減り、森を資源として活用できることでしょう」


「そうでしょうな、司祭殿」


「文句はありませんね?」


「ええ」


「では、交渉を始めましょうか、リシー家のギザル」


 それを聞くと、ピートは「あちゃー」って感じで顔を押さえた。


「ん……? なんだ、どういうことだ?」


「この男はリシー侯爵家の家長。ラーダン村の領主にあたる人物です」


「親の代に領主だったの間違いだがね」


 ん……。


 つまりどういうことなんだ?

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