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第22話 森は確かに深かった

「なんですか、この男は」


 翌日の朝、俺たちは早速森に行こうとしたんだが……


 なぜかついてきた奴がいた。


 俺、リッシュ、ピート、スーアイン。


 このいつもの4人に加えて――


「〈魔剣のギズ〉殿です、司祭殿もご存じでしょう」


 おそるおそると言った風にピートが紹介する。


「そんな者、知りません」


 うさんくさげにリッシュは無精ヒゲのおっさんを見ていた。


 今日のおっさん(ギズ殿?)は、使い込んでるであろう金属製の鎧を着込んでいた。腰には、あだ名の元になっているであろう魔剣(?)を差している。


「本当にこれが〈魔剣のギズ〉なんだろうね」


 スーアインもうさんくさげな目を向けていた。名前自体は知っているようだが、ピートが詐欺師に騙されてるんじゃないかと疑っているのだ。


「本物だよ。人類の希望だ」


「人類の希望はこの子です」


 リッシュは俺のローブを引っ張った。


「ほーう、人類の希望にしてはちょっとみすぼらしいんじゃないか?」


 おっさんは俺を見てにやりと笑う。


「飾らない性質たちなんでね」


 今日の俺はぴちぴちになってきたローブに木刀という定番のコーディネートである。盾はすぐに作り直すことが出来なかったので、削り出した長い木刀を両手で持つ予定である。


 〈巨人男爵〉が残した武具を使うというアイディアもあったのだが、甲冑なんて邪魔だし、燃えさかるルーンソードとやらを使いこなす自信もない。なので、〈巨人男爵〉に装備を壊されてしまったピートが、ルーンソードと鎧を使うことになった。ただし全身甲冑は重いしサイズ調整が難しいということなので、鎧のうち胸当てなど重要な部分のみを付けているのであるが。


「それで、この怪しい男がその者だったとして、なぜ呼んでもないのについてくるのですか」


「小僧がどれだけやるのか見てみたかったものでしてね、司祭殿。人類の希望なんでしょう?」


 その皮肉げな言葉はリッシュを怒らせる。やはりこのおっさんとリッシュを引き合わせたら面倒なことになったな。


「と、ともかく参りましょう」


 中間管理職のように苦労を背負い込むピートの一言で、俺たちは出発することになった。


 本当になんでついてくるんだろうな、おっさん。




 てくてくと俺たちがやってきたのは、〈巨人男爵〉がいた廃墟要塞のすぐ近くにある森だった。


「なんでここなんだ? 森なら村の近くにもあるだろう」


「村の近くの森は、ここ百年で浸食を受けて出来た新しい森です。手つかずの古い森でないといい木材は取れませんから」


 俺の疑問にリッシュが答えた。


「――木材?」


「冬の間に水車や船を作るのです。かなりの材料が必要になるでしょう。木材の乾燥に時間がかかるので、出来るだけ急がないとなりません」


 謎猫を胸に抱いたリッシュはそう説明した。


「ふうん、そんなこと考えてたのか」


「古い森に入ることは前々から考えていました。まず危険を排除しないと木材の伐採はできませんので」


「じゃあちょうど良かったな」


 森に行きたいとリッシュに言ったら、その場で了承した裏には、そんな事情があったのか。


「んじゃあ、そのあたりから入るか」


 地形的にできるだけ平らなところを選んで森に足を踏み入れるのだが……


「うわっ」


 一歩入るとそこは暗く陰鬱とした別世界であった。


 曲がりくねった木々とでかい岩が進路と視界を阻む。


 手つかずの自然なんてものじゃねぇ。


 この異界は俺たちの侵入を拒んでいる。


 ここに比べると、ラットマンと戦った森なんてディズニーランドみたいなもんだ。


「……ありゃあなんだ?」


 暗い森の中をなにか光るものが飛んでいる。


 でかい虫かなんかかと思ったんだが……光そのものが燃えながら飛んでいるようだ。


 人魂か?


「鬼火ですね。未分化の精霊のようなものです。触ると取り憑かれるかもしれないので気をつけてください」


「危険なのか?」


「あなたにとってはまったく危険ではありません。でも、追いかけると、迷子になりますよ」


「ああ……もう迷子になりそうだ」


 森に入って数メートルのところなのにどっちが出口なのかも怪しい。


 こっちに来てから方向感覚に自信が持てるようになっていたのだが、その自信がしぼんでいくのを感じる。


「司祭様、あたしが先導します」


「いえ、スーアインでも危険です。ヒロタカが先に行きなさい」


「俺かよ。こっからどこに行くんだよ」


「危険がありそうな方向です」


 どこもかしこも危険そうだった。


 歩ける道なんてないのだが、ともかく手探りで進む。


 目の前には苔むした岩と、立派な落葉樹があった。根と枝が地面に沿って広がって歩きづらくしている。こっちの世界でも秋になると葉っぱが色づくのかな?


 その先は進みにくいので迂回すると、また別の大きな岩があった。表面にはびっしりと苔が生えている。じめじめと湿気ている森なのだ。木々の根や枝だって苔だらけなんだぜ。


 ピートがなたのような刃物で枝を払う。


 気の利くスーアインはナイフで幹に傷を付けて目印にする。


「この森でそんなもの役に立つかねぇ」


 と、いやみなことを言うのはおっさんだった。


 無視して太い枝のアーチをくぐると、その先は下り坂になっていた。足下が滑って転ばないように下りていく。


 がさがさと何かの物音がした。


 俺は一同を制し、音のしたあたりをじっくりと観察する。


 草の下からひょっこり頭を出したのは……


「キツネですね」


 すぐ真後ろからリッシュがささやく。


 犬に似た動物。可愛いキツネだった。


 ……なんだ、怪しい森だと思ったら普通の動物もいるんじゃないか。


 と、安心したところで黒いものが降ってきた。


「!?」


 少し距離があることもあって気配はほとんど感じなかった。


 その黒い毛むくじゃらのものはキツネに覆い被さって……頭から丸かじりにしてしまう。


「いっ……」


 猿を大型化したような生き物だった。


 といっても、ゴリラのような知的で温厚な霊長類ではなさそうだ。


 見ているだけで邪悪さが伝わってくる。


「バギー。あれは人をさらい、食らいます」


「了解」


 俺は腰に下げた袋に手を突っ込む。


 中に入っているのは、あらかじめ用意していた武器。


 石である。


 足場は悪い。


 なので腕の力だけで投げた。


 石が俺の狙った軌道で走る。


 バギーとかいう化け物はその場に崩れ落ちた。頭部に命中したのだ。


 もさもさした毛に衝撃を吸収されてしまうかと思ったけど大丈夫だったようだ。


 森の上と下に気をつけながら近づき、ピートの燃える剣でとどめを刺してもらう。


 焦げるようないやな匂いがあたりに充満する。


「入ってすぐなのにこんなのが出てくるとはな」


「こんなの可愛いもんだ。人を食う程度ならな」


 おっさんがいつもの皮肉げな口調で言う。


「長く旅を続けてると、おっさんみたいなひねくれた人間になっちまうのかい?」


「おい、タカ!」


 ピートは俺をたしなめるが、おっさんはまったく動じてないようでにやにやしている。将来、こんな変な中年にならないように気をつけねば。でも俺って年を取るのかな? ほぼ不老不死らしいからなあ……


 慎重にゆるやかな坂を下りていく。


 そこはV字状の谷の底面。せせらぎがあった。


 水量はごく少なく、靴をぬらす程度のものである。


 障害物だらけの森よりここを通ったほうが進みやすい……と思ったのだが、


「倒木が多いな」


 せせらぎを横断するように木が倒れて、あちこちで道をふさいでいるのだ。


 これがまたくぐるのもまたぐのも面倒な高さなので困る。


「まったく……」


 俺は手をかけようとして気づく。


 これ――倒れた木なんかじゃないな。


「どうした、タカ」


「ピート、これ燃やしてくれないか」


「燃やす?」


 覗き込むと木のうろだったはずの部分が大きく広がる。


 それは口だった。


「AHHHHHHHHHH」


 ご丁寧に牙が生えていて、ぱくぱくと魚のように餌を求めている。


 あまりに気味が悪かったので俺は足下に落ちていた枝を突っ込んでふさいでやった。


「なんでしょうね、これは?」


「リッシュもわからないのか?」


「名をつけるまでもない擬態動物だ。かつて岩に腕を食われかけたこともある」


 旅慣れたおっさんが教えてくれる。


「燃やしましょう」


 ピートが炎のルーンソードを使って倒木に火をかけると、全体の三分の一が苦しみながら離脱した。どうやらこの部分が擬態生命体だったらしい。それは燃えながらせせらぎに落ちて、ジュージュー音を出す。それくらいでは火は消えず、燃え続け、やがて動かなくなる。俺は死体を道の脇に蹴り飛ばす。水を汚すんじゃない。




 そこから先は進むごとに変なものに遭遇した。


 不自然に岩が転がってきたり(脇に避けて終わり)、謎の老人が木陰で休んでいたり(心音がないので人間ではない)、森の一帯が丸ごと菌糸で覆われていたり(丸ごと焼き払った)、蛇が突然落ちてきて今日一番驚かされたり(毒蛇でもない単なる蛇だった)、そんなところである。


「普通の動物はあんまりいないんだな」


 藪をこぎながら、俺は独り言のようにつぶやいた。


「キツネや蛇がいたではありませんか」


「もっと鹿とか猪とか鳥とか出るんじゃないかと思ったんだけどな」


 森は静かだった。


 鳥や虫の鳴き声が聞こえないのだ。


「そんなのは生き残れないからな、この森では。鹿や猪なんかがいるとしたら、ばかでかいやつだけだろうな」


「どれくらい?」


「さあな。要塞を崩せるくらいか」


「へぇ……」


 いったいどれだけのサイズか俺には想像がつかなかった。木刀で殺せるならいいのだが。


「ところで小僧、気づいてるか」


「何にだ」


「さっきから何かついてきている」


「ああ……さっきの毛むくじゃらだろ。木の上に5、6体。左右からもっと来るな」


 俺の言葉でピートとスーアインに緊張が走る。


 十数匹? いやそれ以上。


 すっかり囲まれていた。

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