第21話 来訪、怪しいおっさん氏
ちなみに、〈巨人男爵〉を倒したのはピートということになった。
砦での戦闘の後、俺がピートを背負ってラーダン村に帰還したわけだが、これは村人たちの目には〈巨人男爵〉と戦い負傷した騎士様を従者が連れ帰ったという図に見えたようだ。
俺をスターシステムに乗せたいらしいリッシュは怒り、ピート自身も訂正したが、いまいち浸透したとは言いづらい。
どうも俺は知名度が低いようだ。
なにしろ村人たちに名前すら教えてないからな(だって俺、自分の名前知らなかったし)。村の人たちからはだいたいにおいて「大きい人」というスタイリッシュなあだ名で呼ばれている。
さて――
大きい人は今日もお仕事である。
〈巨人男爵〉を倒して帰ったその日から運河掘りの再開だ。
もはや土木作業員が俺の本業と言っていい。悪い奴を倒す仕事なんてそうそうあるわけじゃないよな。
「――アキャラン家の小せがれを斬ったのはおまえか」
声をかけられたのはそんな作業を行っていた日のことだった
顔を上げると、無精ヒゲのおっさんが馬に乗っていた。
年齢は……そこそこ若そうだが、一筋縄でいかないような人生が顔に刻まれているのがわかる。
んー、三十代前半から半ばと見た。
「まったく面倒なことをするものだな」
おっさんはそんな風に話を続ける。
「面倒?」
「それにな……この水路、またすぐに埋まるぞ」
ふーむ。
俺は了解した。
どうやら、このおっさん、ケチを付けに来たらしい。
アキャラン家の小せがれというのは、要するに〈巨人男爵〉のことだろう。ピートがそんな家名を出していた気がする。
「だからどうした?」
出来るだけ不敵に笑ったつもりで腕を組む俺。
絡んでくるつもりならそれ相応に相手するだけだ。
「ふむ、でかいな……」
おっさんは応えず、俺のことを観察する。
立派な馬に乗っているので、俺より目線の高いところにいる。
おっさんそのものは立派とは言いがたい。
ぼろぼろの旅装束である。
音から判断して外套の下に金属製の鎧は着ていないようだが、使い込んだ雰囲気の剣を腰に差している。
一言で表現すると、無頼の輩。
それも、複数の盗賊団を束ねるボスって感じだ。
修羅場をくぐり抜けた雰囲気が半端ではない。
こいつはやばい。
……殺すか。
出来るだけ殺人は避けるつもりだったのだが、瞬時に方針転換、このおっさんの場合は生かしておくと人類にとってマイナスだろう。
「おいおい。やる気か? 勘弁してくれよ」
おどけたように笑うおっさん。
どうやらこちらの考えを読まれてしまったらしい。わずかな目線や動きでわかるようなものなのだろうか?
だが、すでにプランはあった。先ほど馬の闊歩する音が聞こえたときからこうなるのを予想して考えていたのだ。
まず、手に隠し持っている泥団子をおっさんの顔に浴びせ、スコップで追い打ち。相手の視界を奪ったところで、地面に引き倒しボコボコにするのである。まず馬の足を折って、地面に叩き落とすのがいいだろうか? 馬が可哀想だが、こいつを殺すにはそこまでやらないと駄目だ。
「そう簡単にはいかないぞ、小僧?」
おっさんの右手が何気ない仕草で剣の柄に伸びる。
やるならこのタイミングだ。
俺は手にした泥団――
「ギズ殿!?」
間抜けな声が俺の手を止めた。
それは駆けてきたピートだった。
驚いたようにこっちを見ている。
増援が来てくれたのならやりやすい。
「ピート、挟み撃ちにする。俺がこのおっさんを抑える。そのあいだに後ろから斬れ」
「タカ、違う! やめるんだ!」
「大丈夫だ。二人いりゃ、確実に息の根を止められる」
「この人は人類の希望だ!」
「は?」
ピートの言葉は俺の中に入ってこなかった。
いったい何を言い出すんだろう。
「人類の希望って……ピートのことだろ?」
「違う。この人のことだ。ぼくは真似をしているに過ぎない」
「真似だって?」
ピートとおっさんはまったく似ていなかった。
若々しい美形青年騎士と、盗賊団首領のおっさん。
「どう見てもこれは盗賊だろ?」
「数々の魔物を斬ってきた騎士だよ!」
「これが騎士……?」
「大陸の英雄なんだ」
「英雄? おいおい、ずいぶんと大げさだな」
無精ヒゲのおっさんは豪快に笑った。
これが騎士で英雄?
ピートが嘘をつくはずがないのだが……
やっぱり山賊的な笑い方にしか見えないよ。
ピートが身分を保障してくれたので、俺はとりあえず剣を収めた(スコップだが)。
信じられないのだが、どうやらこのおっさんは大陸を巡って化け物退治のようなことをしていたらしいのだ。ピートとは旅先でよく出会う旧知の間柄だったという。
「顔を知らなくても、〈魔剣のギズ〉という名前ならタカも聞いたことがあるだろう?」
「いや、全然」
「〈セン大陸の三十一人騎士団〉創設者。子供のころからラットマン退治で名を馳せ、一番有名なのが亜竜の群れを罠にかけて殲滅したことかな。ロティア河口の防衛戦にはぼくも参加した」
「ふーん」
「とにかく大陸では伝説的な英雄なんだよ」
そんな偉いおっさんには見えなかった。ピートのほうがよほど伝説になりそうではないか(ビジュアル的にも)。
「司祭殿が来たらまずい。余計な騒ぎになる」
ピートは警戒するようにキョロキョロしていた。
たしかにリッシュとこのおっさんを会わせたらまたうるさいことになりそうだ。
幸いにしてリッシュはこの先の村で雨乞いの儀式中である。
「英雄だなんだってのはもう昔の話だ。〈騎士団〉は解散状態。今の俺は単なる引退したジジイに過ぎん」
「ご謙遜を。何人があなたの下に集い戦ったことか」
「まあ、そうなるように、多少名前は使ったがね」
怪しいことをしていたらしいおっさんであるが……
「それで、その偉い英雄様が今さらなにしに来たんだ? 悪い奴は俺がとっくに倒したけど」
「倒して終わりじゃねぇってことだ」
馬から下りずにおっさんは言った。
「小僧に聞こう。その悪い奴とやらを倒してどうなる?」
「村は平和になる」
「いつまで平和だ?」
「いつまで?」
「また悪い奴らが来たらどうなるんだ? 別のごろつきどもが領主のいない村を狙うかもしれない」
「そうかもしれないな」
「おまえはずっとこの村に残るのか?」
「さあ」
「ピート、おまえがこの村の領主になるのか?」
「それは……ありませんよ」
貴族階級出身のピートが領主になるというのはいいアイディアではないだろうか。まあこんな田舎村に収まる器ではないだろうけど。
「それだけじゃない、このあたりの森は化け物がよく出る。村民が化け物に襲われ、食われ、拐かされ……十年もすれば村は全滅しているかもしれない」
「ふーん、化け物が出るのか」
「アキャラン家の小せがれが隠れていた要塞、知っているだろう」
それは要するに、〈巨人男爵〉と強盗騎士たちの砦のことである。
「元々あれは森の化け物を監視するために作られた砦だ。それが、あるとき、詰めていた兵士ごと破壊された」
「砦が丸ごと? どれだけ大きい化け物に襲われたんだ」
戦車でも持ってこないとあの砦は破壊できないだろう。
ドラゴンみたいなやつが出たのか?
「――さあな。あのあたりの森は深い。なにが潜んでいるのか、だれにもわからない。おまえらの知っている森とは違う。あそこはほとんど異世界だ。森の化け物は奇妙なまじないを使う。いかに小僧が大男でも森にはかなわないぞ」
「つまり森の化け物を倒せばいいんだろ?」
俺は手にしたスコップを地面に刺す。
手っ取り早く言うとそういうことだ。
「……話を聞いてなかったのか? 小僧には無理だと言っているだろう。人の手では無理だ」
「ああ、大丈夫。俺はそういうのが専門だから」
森に化け物がいるというのなら……
早速行こうじゃないか。
(現在の身長:212cm)
第2.5部はおまけ&後始末です。




