第19話 このどうしようもなく、どうしようもない世界
「なんだよこれは……」
俺は無残な死体を見下ろす。
村人たちは恐れていたはずだった――俺たちが強盗騎士相手に余計な騒ぎを起こしてとばっちりを食うのを。
だから捕虜に手を出すなんてことは想像すらしていなかったのだが……、なぜか村内で「こうなったらやっちまえ」的な雰囲気になったらしい。
もう引き返すことなんて出来ないと気づいたのかもしれない。
強盗騎士どもへの恨みが募っていたこともあっただろう。なにしろ家族を殺されたり、娘を連れ去られたりしていたんだからな。
連中の死体はずたずただった。
棒に農機具。なんでも使ったようだ。
顔が腫れ上がり、見るに堪えないものとなっている。人間だと認識するのが難しいほどだ。こっちの世界に来たばかりの時期だったら吐いていたかもしれない。
こういうのは……俺の好むやり方ではなかった。砦にいた強盗騎士たちをスーアインが皆殺しにしたことも含めて。死体に死体を重ねて良しとするようなやり方は好きじゃなかった。たとえ、相手が死んで当然の奴らだったとしても。
とにかく肌に合わない。そのやり方は気に入らないのだ。
もちろんのこと、連中を生かしておいたところで、こんな辺鄙な村に閉じ込めておくような場所はないし、そんな余裕だってないだろう。それどころか、そもそもの話として、法自体がない。裁判も、治安機関も存在しない。ここは山賊がはびこる、まさに無法地帯だった。だれも頼りにできず、それぞれの自力救済が求められる世界だ。
今ならリッシュの言っていたことがわかるような気がする。
野蛮。
まさに野蛮だ。
ここには文明なんてものがかけらもなかった。
殺すか、殺されるか。奪うか、奪われるかの世界だ。
「その通りです」
俺の考えを読んだように(読んだんだろうな)、リッシュがやってきた。
「単純に人を殺してよしとするのは文明的ではありません。やはりあなたは文明的な考え方ができるようですね。選んで正解でした」
「選ぶ? おまえが俺を選んだのか?」
「説明したでしょう。今さら何を言っているのです」
「してねぇよ!」
「なんでちゃんと話を聞かないのですか」
「おまえがちゃんと話をしてないんだよ!」
そもそも彼女から説明というものを受けた記憶がない。なにか聞いても中途半端で意味不明な答えしか返ってこないのがいつものことだしな。
「なにがわからないのですか」
「全部だよ、全部。俺を選んだってどういうことだ。なぜ俺はここにいる。このどんどんでかくなる身体はなんだ。いつまで大きくなるんだ」
「背丈は元の大きさにその半分を加えたくらいにはなるでしょう。もっと大きくすることもできますが、そうすると、家や街に入れなくて不便ですから」
元の大きさにその半分……1.5倍になるってことか。
えーと、俺の元の身長はどれくらいだ。記憶がないから思い出せない。一八〇センチだっけ?
「記憶がないのはなんでなんだ」
「おぼえてないのですか?」
「だからなにもおぼえてないって言っただろ! ああ……そうか。そういうことか」
叫んだところで俺は思いつく。
なるほど……そういうことだったのか!
「俺はおまえに一度会ったんだな。そこで説明を受けて、その後で記憶を失ったんだ」
つまり、リッシュは何らかの方法によって地球の俺にコンタクトをとり、これから何が起きるかを説明したのだが、故意によるものか、それとも副作用的なものか、その後、俺は記憶を失ってしまったんだ。これなら、リッシュがすでに説明済みみたいなツラをしているのも理解できる。
「……?」
リッシュは首をかしげる。
「なにを言っているのかよくわかりませんが、あなたの想像はまったく見当違いと思います」
違うのかよ! 俺の鋭い直感はどこか遠くの方に飛んでいって終わった。
「言ったでしょう、私があなたを選んだのです」
「どう選んだんだよ」
「数多の世界から条件にあう候補者を探したのです。一目見てあなたに決めました」
「一目惚れか?」
「……まるで神殿に来る娘たちのような言い回しですね。でも、そうでしょう。一目惚れでした。見た瞬間、あなたが運命の相手だとわかりました」
リッシュはじっと俺を見つめる。
くそっ、恥ずかしくなってきた。変なこと言うんじゃなかったぜ。
「そ、それでなんのために俺を選んだんだ」
「野蛮と戦うためです」
「つまりネズミと戦ったりとか、さっきのクズどもと戦ったりとかか」
「文明を退行させるすべてと、です。あなたは究極の戦士。この私が作り上げた英雄。常人を遙かに超える力を持ち、炎も毒も呪いもあなたを損なうことはありません。あなたはすべての敵を倒すまで永遠に戦い続けることができます」
「永遠に……だって?」
「永遠にです」
「不老不死ってことか?」
「この巡りの世界に不老不死などというものはありません。しかし、あなたは滅ぶまで何百年、何千年も戦うことが出来るでしょう」
「いつかは死ぬってことか……」
「たとえば全身を焼かれ切り刻まれれば。あなたは息絶えることでしょう」
「なんなんだよそれは……」
俺は頭を抱える。そこまでしないと死ねない身体だって……?
「なんでそんなことをするんだよ……いつそんなのにしてくれって頼んだ」
「頼まれた記憶はありませんが」
「つまりおまえが勝手にやったということだろう」
「その通りです」
「何様のつもりなんだよ、おまえは! なんの権利があってそんなことをするんだ!」
憤りがあった。
しかし、この身体ではまともに怒ることも出来ない。
「頭にくる」という状態にならないのだ。
俺は常に冷静。頭に血が上らない。
たぶん、そのように彼女が俺を作り替えたのだろう。
そうじゃないと、敵との戦いの中で不利になるからな。
「なんなんだよ、これは……」
俺に出来るのは、せいぜい座り込んでうなだれることくらい。
そうすると小さいリッシュが目の前に来る。
「なにか勘違いしているようですね」
「……なにがだよ」
「私は別に何様というわけではありません。ただ、この世に文明を取り戻そうとしているだけです」
「ずいぶんと偉そうだぜ、それは。崇高たる目的のためには、俺を勝手に戦士とやらにしてもいいってわけか……」
「だからその部分が間違ってます。いいですか、私は最初の前提として『拒否しない人間』を選んだのです。だからあなたが嫌がるわけがありません。受け入れないわけがないのです」
「なに言ってるんだよ、おかしいだろ……じゃあここで拒否したらどうするんだよ。戦士になんてなりたくないって拒否したら」
「あなたは拒否しません」
リッシュは得意げだった。
俺のことを絶対に信じているらしい。
いや、信じているのは自分自身なのか。
「でも、それほど言うのなら少し試してみましょうか」
「……なにをだ」
「あなたに返します」
「だから、なにを」
「あなたの名前をです」
「名前?」
リッシュは俺の額に触れた。
そのとたん、俺は崩壊する。
いや、崩れたのは俺の外側か。
中にはなにかがある。こいつは……
「これであなたはもう私の戦士ではありません」
そこに記憶があった。
俺はすべてを思い出したのだ。




