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第1話 とりあえずは服をくれ

 ――なんでこんなことをするのですか


 声が聞こえた。


 ――まったく理解できません


 少女のような、あるいは老婆のような声だった。


 ――少しは自分の身体を大事にしたらどうですか


 声以外になにもわからない。


 ――予定がだいぶずれてしまいました


 神の声なのだろうか?


 ――神などではありません


 謎の声とは会話ができた。


 ――あなたにとっては似たようなものかもしれ……


 話の途中で声が途切れ……




 俺は目を覚ました。


 うん。


 ………………。


 色々言いたいことはあるのだが……


 まずは重要なポイントがふたつばかりある。


 単純なことであるが、俺にとっては相当に重要なことだった。


 それが何かと言うと……


 第一に、ここは森の中。


 第二に、俺は全裸。


 そんなことだった。




 ここでひとつ豆知識を披露しよう。


 人間というものは……裸だと不安になってくる。


 現在、身をもって体験している最中なのでまず間違いのない話である。


 今の俺には身を守るものがなかった。


 すっぽんぽんで森にひとりぼっち。


 服だけでなく、靴すらないんだぜ。


 軟弱な現代人の素足じゃ、歩くことすら困難だろう。


 俺はおっかなびっくり立ち上がる。


 幸いにして足下には落ち葉が降り積もってて、とりあえずは足の裏がさいなまれることはなかった。


 木々の背が低いようなので、そこは森と言うよりは雑木林だろうか。


 それにしても、なじみのない植生だった。


 ここは少なくとも日本じゃあ――


 はたと気づく。


 記憶がなかった。


 なにも思い出せない。


 脳の記憶にあたる部分が空っぽになっている。


 いったいなぜ俺はこんなところにいるのだろう。


 そして、俺は……いったい何者なのか。


『それはもう必要ないでしょう』


 声が聞こえた。


 俺はひとつだけ思い出す。


 こいつはさっき(くそ、さっきっていつだ)聞こえてきた声だ。


『過去のことはもう忘れてください』


 どういう仕組みか、頭の中に直接響いてくる。


 女の子の声なのだが、妙に貫禄がありやがるな。


「忘れられるわけないだろ」


 俺は毒づく。


 だが、なにもかも忘れてしまっているのである。


 なにもわからないなんて最悪だ!


『なにがわからないのですか』


 言葉に出してないのに返答がある。


 どうやら頭に響く声とは対話が出来るようだった。


『その通りです』


 確定。


 それにしても性格のキツい女教師のような口調だった。


 女教師にしては若すぎるかもしれないが……なら、ひとつ上の偉そうな先輩とでも例えればいいだろうか?


「とりあえず、あんたはだれで、ここはどこなんだ?」


『私は……私のことはリッシュとでも呼びなさい』


 リッシュちゃんは命令した。


 可愛い声のくせに、今度は母親みたいな言い方である。


「リッシュ? ここはどこなんだよ?」


『緊急だったので、ずいぶんとずれたようです。わからないから、早く人家のあるところに出てください』


「わからないのかよ!」


 状況はまったく改善されていなかった。


 裸で放り出されて、どこにいるのかもわからず、わかったのはリッシュとやらの名前くらいだ。


『正式な名乗りをしましょうか? 長くなりますが』


「いや、けっこう」


 リッシュが役立たずであることはわかった。


 ため息をついた俺は森の中を歩き始める。


 そろそろと出来るだけ足の裏が痛くならないところを探し、進む。


 裸足だと小枝を踏んだだけでめちゃくちゃ痛いんだぜ。


『足の裏を怪我したくらいでは死にません』


「破傷風になったらどうする。死ぬぞ」


『あなたなら、おそらくは大丈夫でしょう。現段階では絶対とは言いませんが』


 非常に心強いリッシュの言葉であった。


 さておき、どっちに向かったらいいんだ。


 まわりは見たこともない種類の木々・草花が生い茂っていて、どの方向になにがあるのかもさっぱりわからない。


 藪の高さが二メートルくらいはあるからな。


 まともに進むことすら困難である。


「なにか目印はないのか」


『現在地点がわからないことにはなんとも』


 本当に役に立たない。


 そんな俺の考えは口にしなくても伝わってるはずだが、リッシュはどこ吹く風のようだった。


『なんでもいいから早く来てください』


「どこにだよ」


『私のところです』


「おまえはどこにいるんだ」


『今は自室ですが』


「はあ……」


 当面の目的地はわかったが、驚くべき情報量の乏しさだった。


 とにかくリッシュの知っている場所に出ないとお話にならないらしい。


 俺は足下の枝を拾った。


 うん、こいつは杖に出来るだけの充分な太さと強度があるな。


 頼りない道具と共に、俺は森を進む。


 藪の固い枝が俺の素肌を傷つける。鬱陶しい虫が寄ってくる。


 暗くて、視界が効かなくて、目印も当てもなにもなかった。




「ん……?」


 時計がないので正確にはわからないが、おそらく一時間ばかり進んだときのことだったろうか。


 俺は耳を澄ました。


 なにか聞こえるのだ。


 方角は……左手奥の方。


 やはり聞こえてくる。


 なんだろう?


 声みたいなもの、なにかを叩く音?


 動物じゃない。


 おそらくは人間が発している物音のはずだ。


「行ってみるか……」


 民家でもあるといいのだが。


 遅い足取りがやや早くなる。


 近づくにつれて、俺は緊張感を高める。


 剣呑な雰囲気が肌に伝わってくる。


 これは――怒号か?


 だれかが争っているのかもしれない。


「おい、リッシュ。なんだこいつは」


 と呼びかけるが答えはない。


 先ほどからリッシュのやつ何も言わないのだ。


 電話の最中に相手がどこかに行ったような感覚である。


 仕方なく、俺はそっと近づき様子をうかがう。


 藪の中から顔をのぞかせると……


 見える。


 やはり、人間同士が戦っていた。


 森の中の開けた場所……獣道とでも言うんだろうか。


 十数名の人影が見える。


 どうやら「少数vs多数」の戦闘のようだった。


 少ない方は、剣に鎧、弓矢、杖の三人組。


 ずいぶんとローテクな装備だ。


 だが、多い方は、もっと粗末なものである。


 ぼろ布をまとい、手に手に折れた剣や単なる棒きれを持っている。


 その姿は人間のように見えるが……なんだか顔がネズミっぽい。それにぼろ布の下からしっぽみたいなものが出ているような……。


『ラットマンです』


 しばらく黙っていたリッシュがそう説明した。


「なんだそりゃ」


『人間ではありません。根こそぎ食い尽くし、病原菌をばらまき、ネズミのように増える人類の敵です。おそらくどこかの放浪部族(ローミング・トライブ)と遭遇したのでしょう』


 俺は一瞬黙り込んだ。


 ラットマン、ね。


 わかっては……いた。


 わかってたんだ。


 なにがって。


 ここが地球じゃないってことを、ね。


 だって、あえて黙ってたけど、人間の顔みたいな花とか咲いてたし、50センチくらいの虫とか飛んでたんだぜ。


 でも、俺はそれを認めたくなかった。


 まあ、現実逃避していたんだな。


 自分を騙していた。


 見て見ぬ振りしていた。


 情報源であるはずのリッシュに根掘り葉掘り聞かなかったのも、事実を知りたくなかったからだったりする。


 OK、認めようじゃないか。


 ここは地球じゃない。


 いま、俺は、わけのわからない異世界にいる。

(現在の身長、166センチメートル)

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