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第18話 でかけりゃ強いわけがない

「来いよ」


 勝つ方法なんてまるで思いつかなかった俺は無防備かつ無計画に敵を誘う。


「――オオオオオ!」


 〈巨人男爵〉は躊躇なく突っ込んできた。


 致死的な突撃だが、動きは見えている。落ち着いて、横にかわす。本当に闘牛士マタドールの気分になってきた。


 続いて男爵は大きく剣を振り回し、俺に向けて突進。まるで金属製の大型扇風機だ。少しでも近づいたら手や首を落とされる。


「おっと」


 剣自体は単なる大ぶりだ。


 軌跡をひとつひとつ確認し、ステップで避ける。


 下がりつつも出来るだけ円形に回って、壁際に追い詰められないようにしないとな。急遽、闘牛士マタドールから拳闘士ボクサーに転職したってところか。


「フーフー」


 〈巨人男爵〉さんが立ち止まる。どうやら疲れてしまったようだった。ただでさえ身体がでかいのに、そんな重いものを持って運動したら、スタミナ切れは当然だね。


「どうした、終わりか?」


 応じるように巨人は大きく剣を振り上げた。


 遅い! 瞬間、前に出て腹を蹴ってやる。


 ここで俺が攻撃してくるなんて、〈巨人男爵〉は想像もしていなかったようだ。


 まあ、上段に構えたところに飛び込んだら普通は斬られて死ぬからね。


 横蹴りと飛び蹴りの中間のようなキックだった。


 男爵は後ろによろめき、力なく剣を下ろす。


 固いなこいつ。


 筋肉と脂肪の鎧の上に本物の鎧。


 俺じゃなかったら、足を痛めていたかもしれない。


 怒ったのか、焦ったのか、〈巨人男爵〉は闇雲に突っ込んでくる。


 振り回される剣。丁寧によける俺。


 はっきり言って怖くない。


 慣れてしまえばだれだって見切ることが出来るだろう。


「おまえ――弱いな」


 言ってしまった。


「剣が雑で単調だ。俺みたいな素人でも簡単にかわせるぞ」


 つまりそういうことであった。


 男爵の剣には技術がない。


 巨体がゆえのパワーとリーチを活かしてぶん回すだけ。


 彼がピートに勝てたのも、単純に腕が長かったからだ。互いに剣を突きを出すような形になって、腕が短い分、ピートはやられてしまったのである。


 〈巨人男爵〉にとってはそれでいいのだろう。


 とにかくラッシュで押し切る。それだけで敵に勝てる。


 いや、それこそが小さい敵と戦うには最適の戦術なのだ。


 だが。


 俺を相手にする場合はどうだろう。


 思うのだ。


 奴は自分と同サイズの敵と戦ったことがない。


 だから戦い方を知らない。


 どうやって俺を倒せばいいのかわからない。


 その結果がこれ。


 空手の俺に有効打を出せないでいる。


「でかいだけだよ、おまえは」


 俺が言うやいなや、またも〈巨人男爵〉は剣を振り上げまっすぐ突っ込んできた。


 まるで暴走トラックである。


 もう見え見えだ。


 俺は逃げない。


 剣が振り下ろされる前に――真っ正面からぶつかってやる。


 相撲の立ち会いみたいになった。


 ドスンとさすがにすさまじい衝撃に襲われる。


 鎧の分も含めて向こうの方が重いだろうからな。


 しかし、体勢を崩したのは男爵のほう。


 振り上げた剣を落としそうにすらなる。


 俺はその手を取ってやった。


 剣を奪い取ろうというのだ。


「ウーー!!」


 引っ張り合いになる。


 奴は小手(ガントレット?)を付けているので手首を締め上げることができない。


 純粋な力比べだ。


 ねじるように剣を引っ張る。


 俺の背筋と腹筋が爆発的な力を生み出す。足腰がしっかりと身体を支える。骨がきしむようなこともなかった。いまや俺は全身の筋繊維の一本一本まで知覚していた。


 そのすべてを総動員し――


 〈巨人男爵〉の剣をすっ飛ばした。


 奪うつもりだったのだが、全力を出しすぎたために、力余って飛ばしてしまったのである。


 俺はそこで動きを止めない。


 どうせ腕を取ったんだ。


 身を沈めて、腰に巨体を載せる。


 重量が俺の全身にのしかかるが、これくらいなんてことはない。


「!?」


 〈巨人男爵〉は困惑したようだった。


 なにをされるのかわからなかったのだろう。


 わかるわけないよな、一本背負いで投げ飛ばされるところだなんて。


 腰で跳ね上げる。


 巨体がたしかに舞い上がった。


 そこから――落ちる。


 頭からぐしゃっと。


「………………」


 受け身取れよ。


 落ちるときにこっちの体重まで全部のせてやったので大変なことになったぞ。


 金属塊のように丸まってる〈巨人男爵〉さんはぴくりともしなかった。


 まずいな、これ。


 体育の授業だったら大事故だぞ。教師の監督責任が問われるな。


「なにを遊んでいるのですか」


 女教師のようにリッシュが俺をなじる。


 彼女は魔法で治療中らしくピートに腹に手を当てていた。俺たちが戦っているあいだもずっとそうしていたのだ。


「ピートは助かるのか?」


「当たり前です。私を誰だと思っているのですか」


「いやおまえのことはよく知らないんだけどな……」


 俺は脇に落ちていたピートの剣を拾い上げる。


 今考えると、こいつで戦えばよかったかな。まあ、剣なんてまともに使えなかっただろうけど。


「うわああああ!」


 急にスーアインが起き上がり、〈巨人男爵〉に飛びつく。


 短剣を鎧の下に滑らせ、とどめを刺しやがった。いつもより手際が悪いのは興奮しているからなのか、それとも全身の甲冑のせいだろうかね。少なくとも、怪我が身体に触っていることはなさそうだ。


 仕事が済むと、血まみれのスーアインは、リッシュにすがりつく。


「司祭様、うちの能なしは……!? 助かるんですか!?」


「落ち着きなさい。私を誰だと思っているのですか」


「で、でも、司祭様……!」


「なんで私を信じないのですか。私がいる限り死にません!!」


 リッシュが瞬時に怒り狂う。


 聖職者と思えないほど気の短い奴だ。


「それより、あなたは奥に行ってきなさい!」


「わ、わかりました」


 しばらくすると、リッシュは奥から女性たちを連れてきた。


 一、二……十人くらいいるぞ。


 そのうち半分くらいが子供を連れている。


「なんだ、あの人たちは?」


 俺はリッシュに尋ねる。


「良く言えば、騎士たちの妻でしょう」


「悪く言えば……?」


「近隣の村から連れ去られた女たちです」


 ……そういうことか。俺はだいたいのことを理解する。




 どういう奇跡によるものか、ピートの腹は見事ふさがった。


 灼熱する剣で貫かれたというのに、傷ひとつなくきれいなもんだ。


 自慢するだけのことはあって、リッシュの治療師としての腕はたしかなもののようである。


 しかし、重傷を負った直後ということもあって、ピートは立ち上がってもふらついてしまう。


 なので、俺が背負って帰ることにした。


 女性たちも連れて、ラーダン村へとぞろぞろ向かう。


「すまないな、タカ」


 なんて謝るピートの声は弱々しい。


「なに言ってるんだ。俺がネズミにやられたときは、ピートが俺を連れて帰ってくれたんだろ。これでおあいこだ」


 いつも快活なピートであるが、沈黙が返ってくる。


「どうした、傷が痛いのか? それとも……〈巨人男爵〉に負けたのが悔しかったのか?」


「そんなことじゃないよ」


 力のない苦笑い。


「じゃあ、どうしたんだ?」


「あの男爵はもしかしたらぼくだったかもしれない」


 ……??


 まったく理解できない。


「いったいどういうことだ?」


「ぼくはラトルワ男爵家の五男坊なんだ」


「貴族か」


 聖騎士だの遍歴騎士だの言うんだから、ピートが貴族階級出身なのは当然であろう。


「五男だと、当然、受け継ぐ領地なんてない。だからぼくらみたいなあぶれた貴族は遍歴騎士として旅に出される。帰るあてのない旅に」


「ふーん……ていよく実家から追い出されるわけか」


 それがこの世界のシステムなのだろうか。下手に残っていたら、お家騒動の種になるかもしれないしな。


「遍歴の中で身を起こせる騎士は数少ない。ほとんどいないと言っていい。たいていは野垂れ死ぬか、盗賊に身をやつす。〈巨人男爵〉みたいにね」


 それは深刻な話しぶりであった。


「ぼくだって一歩間違ったらああなっていたかもしれない。騎士とは名ばかりの人を苦しめるだけの盗賊に。いや……今たまたまそうなっていないというだけで、あれが当然の末路なんだ」


 ピートの悲痛で重い声。


 どうやら、彼は〈巨人男爵〉と自分を同一視しているようだった。一歩間違えたら、なっていたかもしれない末路。それが〈巨人男爵〉なのだと。だからこそ一騎打ちで倒したかったのだろうか? もう一人の悪い自分を倒すかのように。


 そんな彼の気持ちを思うと……


 俺は吹き出してしまう。


「えっ?」


 背中から面食らったかのような声が聞こえる。


「な、なんで、笑うんだい?」


「そりゃ当然だろ」


 ピートはシリアスな場面だと勘違いしてるようだが――


 笑ってしまう。笑わざるを得ない。


「俺が断言してやろう。それは絶対にない。ピートが〈巨人男爵〉みたいになることはない」


 俺は大きな声で笑い飛ばす。


「いや、いつああなってもおかしく……」


「だからないって」


 俺はピートの言葉を遮る。


 本当にこいつは何を言ってるんだ。


 なあ、強盗やってるピートなんて想像も出来るか?


 そりゃ笑う部分だぜ。


「まずな、盗賊になれるほどピートは器用じゃないだろ」


「それは……ぼくのことを馬鹿にしてるのかい?」


「してるけど」


「………………」


「それにピートには彼女がいる」


「彼女?」


 俺が視線を向けたのは、先頭を歩くスーアインの後ろ姿である。


「スーアインがいなかったら、それこそピートは野垂れ死んでいただろうな」


「それは……ある」


「スーアイン。それにラニーさん。ピートには仲間が大勢いるだろう。だから大丈夫なんだ。この先もな」


「仲間……」


「それがピートと強盗騎士たちの違いだよ」


 違いは他にもいろいろあるけどな。ピートの性格だと、そもそも人からものを奪うなんて真似、できないだろ?


「……そうかもしれない」


 ピートがぽつりと漏らす。


「ぼくにはスーアインやみんながいる。彼女たちがぼくを救ってくれる」


 背負ったピートの身体から力が抜けていくのがわかる。


「そうだ、みんながいつもぼくのことを助けてくれるんだ」


「これまで気づいていなかったのですか」


 いつのまに聞いていたのか、リッシュが話に加わってくる。


「いいですか、ピート。あなたの功績は仲間たちと共に打ち立てたものです」


「はい」


「ラニーは循環に身を投じましたが、スーアインだけは絶対に手放すんじゃありません」


「ええ、絶対に」


「えっ、呼びました?」


 自分の名前を聞いて、スーアインが振り返る。


 俺とピートは笑った。


 そこまではよかったんだ。




 村に帰ってみると、捕虜にした騎士ふたりが惨殺されていた。

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