第17話 巨人同士の戦いだぜ?
「うう……」
スーアインは必死に身体を起こそうとしていた。
しかし、その姿は見るからに痛々しい。
「無理はやめなさい」
手で制するような形で、リッシュが癒やしの儀式を始める。
幸いにして俺が見る限り致命傷を負った風はない。
「あたしはいいからあいつを……」
顔を上げるスーアイン。
その視線の先では――2人の騎士が戦っていた。
全身に天空のエネルギーをまとい、剣を振るう青年騎士。
ピート。
もう一人は、戦車のごとき巨漢であった。
背の高いピートよりさらに頭一つ以上大きい。
全身に金属製の甲冑を着込み、剣からは炎が吹き上がっている。それ自体が火を模したような特殊な形の剣である。
『ルーンソード。まがい物でない本物のようです』
それがなにかは知らないが、一撃を受けたら、単に斬られるのみならず、焼けただれてしまうだろう。
こいつが〈巨人男爵〉。
俺たちの敵だ。
『加勢しなさい』
久しぶりに、頭の中へとリッシュの言葉が直接届いた。
そうするべきだったのだろう。
ピートは見るからに劣勢だった。
防戦一方であり、ギリギリのところで敵の剣をかいくぐる。
高い位置に陣取ったり、がれきを蹴りつけたり、いろいろするんだが、まるで効果はなかった。
パワーとリーチで一方的に押されているのだ。
巨人にひるまず挑むピートの姿はまるで神話のようでもある。
『なにをやっているのですか、早くしなさい。あれでは自殺も同然です』
俺はがれきの一つを拾い上げる。こいつをぶつければ、最低でも牽制にはなるだろう。
しかし、ピートの戦いに手を出すつもりはなかった。
ここで割って入ると彼に対する侮辱となる。
なぜなら、勝つのはピートだからだ。
ほら――
始まったぞ。
大気中の謎めいたエネルギーが嵐のように聖騎士へと吸い込まれていく。
〈巨人男爵〉もなにかを察したのか、身じろぎし、警戒する。
ピートはほとんど後ろ手に剣を振りかぶった。
大きな構え。
盾を前に出し警戒する巨人。
稲妻が走った。
白い軌跡が水平に低い線を引く。
それはピートの斬撃だ。
巨人の死角、足下から鋭い一太刀を浴びせたのである。
これがピートの秘策。
低い横薙ぎ払い。
でかぶつの弱点、足下を狙う一撃だ。ジャイアント・キリング・スラッシュなんて呼ぶと格好いいかもしれないな。
「よしっ!」
俺は快哉を叫ぶ。
ピートの雷光をまとい輝く刃は、巨人の足を捉えた。
……かのように見えた。
「あっ」
俺の口から驚きの声が漏れた。
――よけやがった。
〈巨人男爵〉は器用に足を上げて、ピートの一撃を回避したのである。
あれは……あらかじめ対策してやがったな。
きっと普段から足を狙われることが多くて、慣れていたんだ。
そうでもなければ、ピートの雷速の剣を避けられるはずがない。
くそっ、俺たちの作戦は失敗だ。
あまりに浅はかすぎた。しょせん付け焼き刃では、通用するはずがなかったのである。
……だが。
ピートはそれすらも織り込み済みだったのかもしれない。
〈巨人男爵〉はピートの低い剣をよけるために足を上げたわけだが、ということは、もちろんバランスを崩しやすい状態になってしまっている。
ピートはそれを見逃さず、すかさず次の一撃を浴びせたのである。
かろうじて弾く巨人。
しかし、山が動いた。倒れそうになり、ぐらりと一歩後退したのだ。
こうなったら、もう隙だらけである。
遠慮なく、ピートは入れなかった懐に突っ込んだ。
稲光のような突きだ。
両者が、瞬間、停止する。
「やった」
つぶやいたのは俺である。
だが、即座に自分の中で否定せねばならなかった。
崩れ落ちる騎士。
それは――
〈巨人男爵〉でなくピートだった。
ピートは腹を刺されていた。
貫通された鎧。
地面に広がる血液。
肉の焼け焦げる臭いがあたりに漂う。
スーアインが絶叫した。
その悲鳴は途中で途切れる。たぶんリッシュが魔法で強制的に意識を失わせたのだろう。
〈巨人男爵〉は燃えさかる剣を振り上げた。
とどめを刺すつもりなのだ。
そうはさせない。
手にしたがれきを投げつけてやる。
がーんと景気のいい音が響いた。
巨人の胸のど真ん中に命中。
常人なら一発KOもありえる衝撃だったはずだが、巨人は後ろに一歩よろめいただけで終わる。
なかなかの安定性を誇っているようだ。
「さっさとあれを始末してピートを救出なさい。人は刺されたくらいじゃ死にません」
「マジかよ」
俺は前に出る。こっちの装備は木刀と盾のみ。
燃える剣と金属鎧の大男相手には分が悪いな。
「ナンダ、オマエハ」
顔まで完全に覆う兜の向こうからくぐもった声が聞こえる。
「悪いな、自己紹介したいんだけど、自分の名前おぼえてないんだ」
改めて正面から見ると、本当に大男である。
アメリカンフットボールのオフェンスラインみたいな感じなんだけど、やっぱり日本人にはわかりづらいかな……
要するに縦と横に大きい。外国人の大型力士を想像してもらおうか。
何度も言っているが、そんなのが固そうな鎧を全身に着込んでいるわけだ。
どうやったら、ダメージを与えられるんだろうな?
でも、見比べてみると、俺の方が少し背が大きいかもしれない。
「よう、チビ」
つまらないことを口にしてしまった。
チビなんて生まれて初めて発音したし、向こうも言われたのはおそらく初めてだろう。
チビなんて、どんな状況でも、だれに対しても、使うべき言葉じゃないな。最低の差別語である。
一生封印だ。みんなも使わないように。使うなよ。
「相手してやるぜ、来いよ」
それでも格好付けるのはやめない。
倒れているピートから距離を取らせるための挑発でもあるんだけどね。
「フー」
蒸気のような息と共に〈巨人男爵〉は前進する。本当に蒸気機関車の発車のような重量感だったかもしれない。
相手の動きをしっかり見て、構える俺。
〈巨人男爵〉は無造作に剣を振るう。
右からの素直な袈裟懸け。
要するに右上から斜めにぶんと切り下ろしたのだ。
フェイントもなにもなかったが、元々そんなものは必要なかったのかもな。
すさまじいスピードとパワーで炎上する切っ先が俺に迫る。
それもどんどん伸びてくるのだ。どれだけリーチがありやがる。
盾でがっちり防ぐ。
燃える剣から熱気が迫ってくる。
焦げる木製の盾。
それだけで終わらず、二発目の逆袈裟懸けが飛んでくる。
どうやら基本のコンビネーション攻撃だったようだ。
これを木刀で受け……すっぱり斬られた。
半歩後退するのが遅かったら俺のほうもすっぱりいかれてただろう。
続いて三発目。
踏み込んでの突きだ。
俺は盾で身を守りながらのバックステップ。
〈巨人男爵〉の突進はすさまじいものがあった。
どうにか受け止め――盾が割れた。
しょせん単なる木の板だからな。
「うへぇ」
俺はどうにか横に転げて死の突進をかわした。
「フー」
振り返った男爵殿はまたも息を吐く。
無呼吸でのラッシュであったか。右、左、突きという連続攻撃なんだろうな。
俺は役立たずになった剣と盾を捨てる。
これで徒手空拳。
コンビニにでも行くような手ぶらの戦闘スタイルが完成した。
相手はしつこいようだが完全武装。
だれか考えてくれないかな。
ここから一発逆転するような気の利いたアイディアをさ。