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第16話 何人でもかかってこいよ

 なので俺は壁の後ろに隠れた。


 この場合の「壁の後ろ」というのは、砦の外側である。


 素早く身を翻し、外壁に張り付いたのである。小さいとっかかりさえあれば、自分の体重を支えるのには充分だ。


 カツッと矢が壁の内側に当たって跳ね返る音。


 俺は素早く二階部分に戻る。


 弓を持った強盗騎士は次の矢をつがえようとしていた。


 しかし手が震えてしまい、スムーズな作業を阻害している。


「焦りすぎだろ」


 俺は助走なしで崩れた部分を飛び越えると、男の目の前に立つ。


「あっ……」


「もっと練習しろ」


 俺は射手を砦の外に捨てた。スーアインがいるのと反対の方だ。運が良ければ重傷だけで生き延びることができるだろう。


 俺は用がなくなった二階から飛び降りる。


「重いんだよ、糞ガキ」


 すると、スーアインは俺が捨てた木刀と盾を拾ってきてくれていた。なんて気が利くんだ。これはやっぱり嫁のもらい手が殺到するだろう。


「敵はこの先だ」


 俺は盾を持ち直し、親指で奥を指し示す。


「わかるのかい?」


 息を整えつつ、ピートが尋ねてくる。


 見張りがいたのは、この砦の塔にあたる部分だったのかもしれない。


 そこから奥は一階建てのようだった。ところどころ天井が崩れ、足場もでこぼこしているので、在りし日の姿を想像することができない。天井に加え、壁が倒壊しているので、どこからでも中に入ることが出来るだろう。


「構造がもろいので、連邦崩壊後に作られた要塞でしょう。連邦時代か神話時代の遺跡なら、たとえ戦争に使われても、そのままの形で残っているはずです」


「それは後で聞くとしてだな、その柱の陰に二人隠れている。そっちの通路っぽいところにもう一人」


 金属の臭いや息づかいでそれがわかった。俺は視力以外も敏感になっているんだ。


「たぶん〈巨人男爵〉とやらは一番奥だろうな」


「わかった」


 ピートが剣と盾を構えて走り出す。


「あっ、馬鹿、一人で行くんじゃない!」


 スーアインが追いかけていく。


 そこに姿を現した強盗騎士が躍りかかる。どうやら柱の裏で待ち伏せしていたつもりだったらしいが――


「おっと」


 割って入り、盾で受け止めたのは俺であった。


 ここは俺に任せて先に行け!


 って、やつだ。気恥ずかしいのでその台詞は口に出来なかったけど。


 もちろん本来なら、全員でここにいる強盗騎士を倒して、それから全員で奥に行けばいいわけだけど、実は昨日、ピートにひとつ頼まれたんだよね。どうやら、奴さん、〈巨人男爵〉と一騎打ちをしたいらしいのだ。俺にはよくわからないが、騎士らしい行動ではある。


 さて、強盗騎士たちを倒して、俺も追いかけるか。


「なんだよ、こいつ男爵よりでかいぞ!」


 強盗騎士の一人が悲鳴をあげる。


「へぇ、そうなんだ?」


 俺は木刀を肩に担ぐ。


 ちなみに俺が持ってきた木刀は、握る部分が細く、それより先がやや太くなっており、素振りの練習に使うタイプに近い。長さは超おおざっぱに一・五メートル、重さは二キログラム超。お土産屋になぜか売ってる木刀の二倍以上はあると考えればいい。フロントヘビーで取り回しが難しいが、その分だけ打撃力があるはずだ。こいつを片手でぶん回せるだけの膂力が今の俺にはあった。


「男爵よりでかいだけじゃなくて強いとも思うぜ?」


 三人の強盗騎士は、半身になって盾で身体を隠しながら、にじり寄ってくる。利き手の剣は後ろだ。


 これがこのあたりで流行ってる構えなのかもしれない。


 確かに盾が邪魔でこちらから攻めづらく、向こうの剣の出所が読みにくい形になっている。


 でも、せっかく朝駆けしたのに、三人ともきっちり鎧まで着込んでいるのは……なんだな。俺たちがのろまだったのか、連中がトラブルを予想していたのか……。


「早く倒しなさい」


 リッシュがのほほんと俺に命令した。


 というか、リッシュならこいつらすぐに倒せるんじゃないか?


「うわああああ!」


 一人が正面から斬りかかってくる。


 おとりだろうか?


 いや、俺の後ろにいる二人は連動して動かない(気配や音でわかる)。


 となると、こいつは緊張に耐えられず動いてしまったのか。


 一対一だというのなら、小細工抜きで堂々と応じてやろうじゃないか。


「はっ!」


 俺は相手の突進にあわせて木刀を振り下ろす。


 強盗騎士は地面に叩きつけられた。


「!?」


 その瞬間、その場の空気が止まったかのように感じた。


 叩き伏せられた強盗騎士は、荒れた床材の上でぴくりともしない。完全に伸びている。


 これは俺にとっても意外であった。


 勝負にならなかった。


 たった一撃で相手をのしてしまったのだ。


 それも戦闘のプロ、剣と盾と鎧で武装した相手をだ。


 さらにいうと、武器は単なる太い棒である。


 肩か鎖骨あたりの骨を折った感触が手に残っている。


 どうやらリーチとパワーに差があると、こういうことが出来るものらしい。


 ……自分でも唖然としてしまうね。


 俺はくるりと反転して、残り二人に向き直る。


「同時に来いよ」


 挑発したつもりはないのだが、本当に二人同時に斬りかかってきた。


 左右から来るあたり、ひるんでいるようでいて冷静なようだ。落ちぶれていても訓練を積んだ武人なのだろう。


 がつっと左を盾で受け止め、右を避ける。スペインの闘牛士のように、最小限の動きでスッとかわしたのだ。


 相手は驚いているようだが、見くびらないで欲しい、でかくてもすばしこいんだぜ。


 強盗騎士二人は油断なく距離を取って、じりじりと横に移動する。


 どうやら前後から俺を挟撃するつもりらしい。二対一では手堅い戦術と言えるだろう。


「ふーん」


 俺は動かず足下を踏みしめる。


 二人は同時に剣を振り上げ、躍りかかってくる。


 俺も一緒に前に出た。


 はっきり言って、重たい鎧を着た男たちの動きは遅すぎた。


 前方に突進し、盾ごと目の前の強盗騎士にぶちかます。要するに体当たりである。


 交通事故でもそうだが、こういうのは小さい方が被害者になり、大きい方は無傷だったりするものである。


 この場合、俺はトラックで相手はスクーターのようなものだったろうか。


 ぐしゃっと相手がぶっ飛び、壁にぶつかった。


 俺は素早く振り返る。


 剣を振り下ろそうとする二人目の姿が目に入る。


 このとき、俺はいくつかの選択肢を思い浮かべた。


 盾で防いで突き、もしくは横に流れて胴に一撃、そんなところが格好いいんじゃないか?


 しかし、次の瞬間、どの想定にもなかったことが起きた。


 その強盗騎士は、がれきに足を取られ――


 ずるっと滑ったのだ。


 笑い事ではない。


 足場の悪いところでは、ままこういうことが起きるものだ。


 滑った騎士は体勢を崩しながら飛んでくる――俺の方へと。


 ……顔に張り手をくれてやる。


 自ら突っ込んできたところにこれだから、脳への衝撃は相当なもんだろう。


 一撃KO。


 男はぐしゃっと金属の音を立てながら沈んだ。


 ちょっと意外な結末になったが――


 どうだ。立て続けに三人倒してやったぞ。


「外です」


 リッシュは褒めてくれず、そんなことを言った。


「なにが?」


「あなたが放り投げた男がいたでしょう。あの小さい見張り塔から」


「ああ」


「逃げています」


「マジか」


 廃墟の表に出てみると、はたして逃げていく強盗騎士の後ろ姿が見えた。


 死なない程度に痛めつけてやったつもりだったのだが、意外と傷は浅かったらしい。


 走り方が変なので、まあ、万全ではないようだが。


「うーむ」


 確実にとどめを刺さないと、こういうことも起きてしまうのだろう。といっても、積極的に殺すつもりにもならない。


 俺は地面から手頃なレンガのかけらを拾い上げる。


 距離は……百メートルか二百メートル。目測を地球の尺度に当てはめるのは無理がある。


 幸いにして、このあたりは丘の頂上にあたるので見晴らしは良かった。


 一歩踏み出し……


 ぶんとレンガを投げる。


 遠投である。


 綺麗な放物線を描いて、レンガは飛んでいく。


 実のところ――肩には自信があった。コントロールにもだ。


 こっちの世界に来てから練習したのである。


 アスピケスの町にいたころ、俺が狩猟をしていたのを覚えているだろうか?


 種を明かすとあれは石を投げて鳥やウサギなどを捕っていたのだ。


 最初はさんざんだったが、二日でだいたい狙ったところに当てられるようになった。


 石というのは人類最古の武器であるという。


 そして人類は「投げる」という動作が出来るという点で他の動物とは一線を画すのだという。もしかしたら、人類の進化の鍵になるような部分だったりしたのかもしれないな。


 ――ともかくとして。


 ゴンと命中した。


 逃げていた強盗騎士は押しつぶされるように崩れ落ちる。


「よし」


 頭部にクリーンヒットしたような気もするが、おそらく死んではいないだろう、たぶん。


「ピートたちを追いかけるぜ」


 俺は遺跡に戻る。


 だが、少しばかり遅かったらしい。




 スーアインがばったりと倒れていた。

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