第15話 なかなか雰囲気のある場所じゃないか
早朝に村を出た。
いや、まだ夜が明ける前の暗い時間帯だから、未明とか言うのかな。
夜目の利く俺とリッシュがパーティーを先導する。
強盗騎士たちの拠点はラーダン村から近いところにあるという。
連中が起きる前に朝駆けしてやるのだ。
捕虜(名前忘れた二人)を尋問したところ、強盗騎士団は〈巨人男爵〉と七人からなる所帯だという。このうち二人はすでに捕らえたので、ボスである巨人の他に雑魚騎士が五人いるってことになるな。
「見張りが昨日の夜からずっと立っていますね」
まだ敵の拠点にたどり着いていないのに、リッシュはそう言った。
「なんでわかるんだ」
「夜のあいだ使い魔に監視させていると言ったでしょう」
確実に聞いてない。
俺の記憶違いでなく、彼女はそんなことを言っていない。
使い魔とかの存在すら初めて知った。
前々から思っていたんだが、リッシュは自分の中で完結する癖があり、説明というものをしてくれない。コミュニケーション能力に欠けるとも言う。
「ぼくらが例の二人を捕まえたからね。仲間が戻ってこないということは、警戒する理由になる」
「うーん、奇襲かけるのがちょっと遅かったか」
「問題ありません。あなたがいますから」
この「あなた」は俺に向いているようだった。
普段はぶつくさ文句言ってるくせに、こんなときだけ過大評価だった。まあ過大評価ではないことを、これから証明してやるつもりなんだけどな。
強盗騎士たちの本拠地は、崩落した小さな砦だった。
もはや遺跡同然。落ちぶれた騎士たちにぴったりの素敵なお城である。
しかし、腐っても軍事拠点。どこから敵が来ても見渡せる丘の上にある。なだらかな斜面には草しか生えていない。
こっちは身を隠して、丘の下の木立からその様子を観察せねばならなかった。
「あそこに見張りがいるな」
俺は砦を指をさした。
「どこだい?」
「二階、いや一階の屋上かな。不安そうな顔してるだろ」
「よく見えるもんだね」
「最近、目が良くなってね」
暗くても、遠くても、妙によく見えるのだ。
「チェインメイルを着てるな。武器は……弓みたいのが立てかけてある」
「厄介だね。ここには隠れるところなんてないよ」
「矢くらいなら、怖くありません」
リッシュは手を伸ばし、虚空で何かをつかんだ。
俺の目には――風を捕まえたかのように見えた。
何かぶつぶつと唱えながら、それをローブのようにまとう。
巻き起こった風が俺の前髪を揺らした。
「なにをしたんだ?」
「簡単なまじないです」
それは言うなれば、超小型台風の目だった。「暴風圏」に触れた矢は、簡単にはじき飛ばされるだろうことがわかる。
「まじない。やはり……司祭殿、あなたはまじない師ですね」
「その通りです」
ピートとリッシュが謎めいた会話を交わす。
「なんだ、どういうことだ、おまえは魔法使いなのか? 地母神の司祭じゃないのか?」
「両方です。司祭にして呪術士。正式な名乗りをしましょうか?」
「いや、けっこう」
どうせ長くなるに決まってる。こんなところでする話じゃない。
「ピート、スーアイン、あなた方は呪術についてどこまで知っていますか?」
リッシュは二人に風をまとわせながら尋ねる。
「古い神秘としか」
「あたしはラニーのことしか知りません」
「ふむ。古い神秘、ですか……」
リッシュは考え込むような仕草を見せる。
「私が呪術士であることは他言無用に願います。もし、他に呪術士を見つけたら知らせてください」
「それはいいから早く行こうぜ」
「そうですね、行きましょうか」
一応、隠れていたのだが、リッシュは無造作に木陰から身をさらす。
「いいのかよ、そんなおおざっぱで」
勝手に進んでいくリッシュを俺たちは追いかける。
空はうっすらと白み始めたところだった。
常人にはまだまだ暗い夜のうちだろうに、砦の見張りは俺たちに気づいた。下からのろのろ歩いてくる四人組は目立つかもしれないな。
「おい、リッシュ、裏から攻めたりしたほうがよかったんじゃないか?」
「裏は小さい崖のようになっていますから登れないでしょう。あなたとスーアインはともかく鎧を着けている人は」
これはピートのことである。鎧が重いのでゆっくりと丘を登っていく。
見張りが弓を持って弦を絞る。
「ところでリッシュ」
「なんですか」
「俺だけ風の魔法かけてもらってないんだけど」
「呪術です。魔法などと子供のおとぎ話じゃないんですから」
「いや呪術でも呪いでもいいんだけど、俺ひょっとしてやばくね?」
「あなたにまじないは効きませんから」
「そうなの?」
「それに必要ないでしょう」
矢が放たれた。
山なりの弾道でこちらにぐんぐん向かってくるのが見える。
ピートとスーアインが身構える。
射手が不審者への威嚇のつもりで矢を放ったのだとしたら、あまりに下手くそ過ぎただろう――リッシュに正面から命中するコースで飛んできたのだ。
俺には、野球の伝説的なバッターたちのように、矢が止まって見えた。
俺はこっちの世界に来てからなぜか目が良くなっているのだが、どうやら遠くが見えたり、夜目が利くのに加えて、動体視力まで上がっているらしい。
矢は弾丸のように回転しながら飛んでくるようだ。
もう一度野球でたとえるとしたら、ジャイロ回転である。
金属製のやじり。しっぽに付いてる羽根は三枚だ。
矢はリッシュに迫り――
大きくコースを逸れる。
まじないが生み出す風に乗ったらしい。
三度野球でたとえることを許されるのなら、スライダーの動きをした。
真横に大きく曲がり……あれ、これ曲がりすぎてデッドボールじゃないか?
ちなみにバッターボックスに立っているのは俺である。
このままだと顔面直撃だ。
「おっ!?」
俺は反射的に手で顔をかばった。
同時に半歩横に動いたので、手を出さなくても顔への命中を避けられたのだが、お間抜けながら出したその手に矢が当たってしまった。
卑金属の感触。
コッ、という軽い音と共に矢は跳ねて飛んでいった。
俺の手首のあたりで跳弾したのである。
当たったところを見てみると、皮膚には傷もついていなかった。
「なんでよけないのですか?」
「いや、よけたんだけどさ……」
「どうせ当たったところでなんでもないでしょうが」
「目に当たったらどうする」
「おそらく問題ないでしょう。あなたの目は三重になっていますから」
えっ、俺の目どうなってるの?
砦に近づくと、矢の射手が二人に増えた。
かわりばんこに矢を打ち込んでくるのだが、そのすべてが途中で射線を反れ、明後日の方向に飛んでいく。あまりに当たらないから、可哀想に、二人とも必死になってるよ。
反撃とばかりに歩きながらスーアインが弓を絞る。
「このまじないの中からでは当たりませんよ」
「わかってます、司祭様」
敵の射手が撃とうとした瞬間、スーアインは横にずれて、風のまじないの範疇から外れた。
同時に矢を放つ。
「!?」
射手は慌てて崩れかけた壁の影に隠れる。スーアインの矢はその壁に当たる。
この隙を利用しない手はない。
俺は走る。
崩壊した石造りの古い砦は、どこが入り口でどこにどんな部屋があるのかもよくわからなかった。射手がいる二階部分も、バルコニー的なものなのか、単純に屋根が崩落済みの二階なのか、判断に困ってしまう。
どこかに二階へと通じる階段があるのかもしれないが、俺はもう少し直接的なお宅訪問を企てることにした。つまり、走る勢いを緩めず、棍棒と盾を捨て、崩れ落ちた石材を足場にして、大きくジャンプしたのだ。
身体がぐいっと浮く。
羽根もないのに俺は飛んだ。
自分でも信じられないような滞空時間。
さながらエア・ジョーダンだった。
今度は比喩がバスケットボールになってしまったが、マイケル・ジョーダンはたしか野球もやってたよな?
狙っていた足場に手がかかった。
壁に張り付き、片手でぶら下がる。
自分の身長分くらいは縦方向に飛んだだろうか。
あと一息で二階部分まで手が届く。
「よっと」
砦の壁面は凹凸が多いのでいくらでもよじ登ることができる。自分の体重を支えるのに充分な握力がいまの俺にはあった。
「……?」
射手の一人が壁から顔を出した。
「いよう」
俺は下からその胸元をつかんで引っ張り……後ろに投げ捨てた。
「うわあっ!?」
ドスンという重そうな音。
軽く振り返ると、男は地面に大の字になっていた。
駆け寄ったスーアインが短剣でとどめを刺す。
その手つきは何度も人を手にかけてきたものだ。
――わざわざ殺したのか。
俺は眉をひそめた。これまでラットマンなら何体も葬ってきたが、そういった化け物と人間では意味合いが少々異なってくる。たとえラットマンと変わりがないような連中でもな。
まあいい。俺はよじ登って二階に上がった。
二階の床部分は半分抜けていてボロボロだった。こいつらは梯子を使って上がってきたらしい。この砦は住環境に問題があるな。
「ヒッ」
残った一人の射手が恐怖のまなざしと弓を俺に向ける。
盗賊といえども騎士のくせに臆病な野郎だ。
目をつぶった射手は手を放す。
つまり矢を放ったのである。
至近距離からの一発。2メートルくらい?
リッシュは矢くらい大丈夫と言っていたが……これはちょっと至近距離過ぎないか!?
バスケットボールの話が出ていますが、主人公のモデルの一人は、元NBA選手のシャキール・オニールだったりします。身長216cmで、走れて、パワーがあるというものすごい選手でした。
「シャック プホルス」で画像検索すれば、メジャーリーガー(190cm)と並んで写ってる画像が出てくると思います。主人公はこれよりさらに頭ひとつ上と考えてください。




