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第14話 やっぱり悪党だったらしい

 男たちが苦しんだあげく気絶したころになって、ピートとスーアインが駆けつけてきた。


「司祭様、なんですかこの男たちは?」


「知りません。適当に聞き出してください」


 リッシュは興味なさげに行ってしまう。


「なんなんだい、こいつらは」


 スーアインは質問を俺に向け直す。


「さあな。突然やってきたんだ」


「なんだい役に立たない男だね。ま、あんたなんかに聞かなくても、こいつらの正体はだいたいわかってるけどね」


「じゃあ聞くなよ!」


 ピートとスーアインは手早く男たちを武装解除した。


 手持ちの槍と腰に下げた剣。薄いコート(ぼろ布?)の下には、やはりチェインメイルを付けていた。針金を編んで作られたような鎧だ。聖騎士でもないくせにこんなものをわざわざ着てくるとは、村への威嚇目的だろうか。


 他の持ち物はほとんどなかった。水袋があるくらいで、現金や食べ物すら持ってない。


 スーアインはロープで半裸の二人を縛り上げる。


 一人はそのままピートが引きずっていった。


 もう一人は水をぶっかけられる。


「う……」


 男は起きたようだった。


「名前を言いな」


 スーアインはうつぶせになった男の頭を踏みつける。


 こういうのが似合う女である。


「な、なんだ、なにしやがる!?」


「早く名前を言え」


「だれだおまえ! ただじゃ済まさない、ぶっ殺してやるぞ!」


 武装解除されて縛られているというのに男は強気のようだった。


「死ぬのはおまえのほうだよ」


 スーアインはナイフで男の耳を切る(ちょっとだけ)。


「ま、待て、やめろ」


「どうした? ただじゃ済まさないんだろう?」


「わかった! わかったから!」


「名前」


「クックスだ、クックス!」


「クックスねぇ……まあいい」


「ラテリはどうした! どこにいった!」


「ラテリってのがもう一人の名前かい。あいつはこうなったよ」


 スーアインはクックスとやらの髪をつかんで顔を引き起こす。


 そこには血の染みが広がっていた。


「お、おまえ、まさかラテリを……!」


「あいつは意外と口が硬くてね……最後まで自分の名前すらしゃべらなかったよ。そんなに親分が怖いのかねぇ」


 スーアインはまるでラテリとやらを殺したかのような口調であるが、実のところ血の染みというのは単にさっき俺が水をこぼした跡である。


「く、くそ……」


「悲しむことはない。あんたも同じところに行くんだからね。二人でこの世界の輪廻をなすってわけだ」


 目の前でナイフをひらひらさせる。先ほど耳を切った血がついている(ちょっとだけ)。


「しゃべる! しゃべるから殺さないでくれ!」


「おまえは何者だ」


「知らないのか!? 俺たちは騎士だ」


「はあ?」


 横から俺は声を上げた。


 どこからどう見ても山賊なのだ、こいつら。


「騎士だと? 馬も盾も持たない騎士がいるもんか!」


 スーアインも俺と同意見だったらしい。


 せいぜい騎士に随行する歩兵ってところだな。


「本当だよ、ネカイツ家の騎士クックス!」


「ネカイツ家なんて聞いた事がないね」


「嘘じゃない!」


「――本当だよ。ネカイツ家は実在する」


 と、言ったのはピートだった。もう一人の方をどこかに収納してきたようで、帰ってきたのだ。


「じゃあ、こいつは本当に騎士なのか?」


「おそらく。でも強盗騎士だ」


「強盗騎士?」


「騎士のなれの果て。村々を荒らし、旅人から金品をかすめ取る単なる野党さ」


「ふーん、そんなのがいるのか」


「ち、違う、俺たちは……」


「きみが本物の騎士だというのなら、領地か君主を言ってみろ」


「領地は……このあたりの村四つだ……」


「きみ自身が領主なのか?」


「いや……」


「君主に仕える騎士、そういうことだな?」


「――そうだ」


「君主の名は?」


「……………………」


「答えるんだよ!」


 スーアインが男の反対の耳を切る(ちょっとだけ)。


「やめてくれ!! 俺に聞かなくても、みんな知ってるだろ!」


「〈巨人男爵〉だね」


「…………」


 その沈黙は肯定であった。


「だれなんだ?」


「本名は不明だが、〈巨人男爵〉と呼ばれている強盗騎士だよ。とんでもない大男だと聞いている」


「ほう」


 大男と聞いて少しばかり興味が出てきた。


「つまりは野党の首領さ。前々から噂は聞いていたけど、実在したみたいだね」


「悪い奴なのか?」


「評判は良くない」


「良くないなんてもんじゃない。最悪の人でなしさね」


 スーアインの評価は厳しかった。


 まあこいつらを見ればそれはわかるな。


 部下はクズだが、上司は聖人君子なんて可能性はこの場合きわめて低いに違いない。


「このあたりの村を治めているのはリシー家だったはずだ。おそらく、領地を管理出来なくなって一部手放したところに野党たちが来たんだろう」


「ずいぶん詳しいな」


「悪い噂を聞いて色々と調べていたんだ。本当だったらいずれ討つつもりだった」


「ふーん、聖騎士様の次の仕事の予定に入ってたってわけか」


 俺は腕を組む。


 ――村を苦しめるごろつきども。


 単純で分かりやすい図式じゃないか。


 そうそう、こうでないといけない。


「ぶっつぶしに行こうぜ」




「というわけで〈巨人男爵〉なる人物を我々が成敗します」


 その日の夜、ラーダン村の広場でリッシュは高らかに宣言した。


 ところが、このマニフェストは村人たちの支持を集められなかったらしい。


「司祭様それは……おやめください」


 村の老人たちがすがってくる。


「なぜですか。野党を征伐しようというのですよ」


 悪人退治を止められるというのは意外であった。この村の人たちこそが被害者だというのに。


「それはその……〈巨人男爵〉は我々の正統な領主様なのです」


「領主?」


 村人たちの話はこうだった。


 運河が埋まって村が貧しくなり、リシー家というかつての領主が去った。


 そこにやってきたのが〈巨人男爵〉なる新しい領主である。


 なんでも毎年きちんと租税を納め、良好な関係を築いているのだという。


 それが事実なら、さほどの問題はなさそうだが――


「税を納めていると言いますが、領主からの庇護を受けられているのですか?」


「それは……」


 リッシュの詰問に村人たちは口ごもる。


「村に森の魔物が出たら、彼らが戦ってくれるのですか?」


「…………」


「私にはわかります。〈巨人男爵〉は正統な領主などではありません。武器を持って上納金を奪いに来る盗賊です。あなた方は金を払って見逃してもらい、それを安定した状態だと思い込んで受け入れている……! 何という野蛮。絶対に許すわけにはいきません!」


 興奮したリッシュは短い錫杖で身近にあった固いものをガンとぶん殴った。つまり俺の足である。これくらい痛くないかと思ったが、マジ痛い。


「おやめください、私の息子は戦おうとしてあの者どもに殺されたのです」


 一人の老婆がリッシュにすがりつく。


 村人たちに抵抗する気力がないのは、抵抗した者がすでに殺されているからのようだった。まさに暴力と恐怖による支配である。


「だからどうしたというのですか、我々がすべてを終わらせます!」


 リッシュは老婆を軽蔑したような目で見ている。これは聖職者の態度じゃないぞ!


「無理です、聖騎士様でも〈巨人男爵〉に勝てるはずが……」


 村人たちはなお止めようとする。


 どうやら、俺たちが負けると思っているらしい。


「へー、〈巨人男爵〉ってやつはそんなに強いのか?」


「それは……もう。岩のような大男です」


「そいつと俺、どっちが大きい?」


 俺は立ち上がって、自分を親指で示す。俺の身長はとどまるところを知らず伸び続けており、今ではローブの裾が膝あたりまで来るようになっていた。むろん、縦に伸びただけでなく、筋肉による身体の厚みも増している。


「…………」


 村人たちは押し黙った。


 ふーむ、面白くなってきたかもしれない。


 人間、身体が大きくなると、気まで大きくなるものだ。


 そのなんとかって野郎と力比べをしてやろうじゃないか。




 村人が俺たちを裏切り、〈巨人男爵〉に密告するかもしれない――


 そんな悲しい推測が持ち上がったことから、俺たちが装備を調えるあいだ、スーアインが村人全員を見張ったり、刃物をちらつかせて脅しつけた。


 ピートの装備は、いつもの剣と盾と鎧である。


 俺の方もいつもの木刀と盾――岩のような大男を倒すには心許ない装備である気がしてきた。


 それでも負ける気はまったくしないけどね。


「この剣を使って見たらどうですか」


 リッシュが指さしたのは、男たちが携えていた片手用の剣であった。


「んー、ちょっと短いし、俺みたいな素人に刃物は扱えない」


「素人ではないでしょう」


「素人だよ」


 地球にいたころの俺が実は元サムライだったなどという記憶はない。といっても自分のことをそもそもまったく覚えていないわけだが、残った一般的な知識と剣の柄を握った感触から判断して、こんな異世界の武器なんか手に負えないことだけはわかる。


 試してみようか。試し斬り用の木の板を土に刺して――軽く剣を振ってみる。


 カッと刃が食い込み止まった。


「こんなもんか」


 刃物ってのは、刃筋を立てないと斬れないものだ。そして俺には刃筋を立てる技術がない。この剣の刃がどういう構造なのかも知らない。今回は初めてなのに多少食い込んだだけでもマシなほうだろう。


「全力でやれば斬れるでしょう」


「無理じゃないかな……」


 全力とは言わないが、八割ほどの力で試してみよう。


 板に向かって剣を斜めに振り下ろすと、刃は板を半分まで斬ったあたりで止まる。


 なぜ最後まで真っ二つにできなかったのかというと、刃が俺の想定とは違う方向に食い込んでいったため、力が入らず、振り切ることができなかったのだ。強引に押し込むと、腕が関節の反対側にまで沿ってしまうだろう。


「話にならんぜ」


 板に食い込んだ剣をむりやり引き抜くと、ちょうど食い込んだ箇所がボロボロに砕けていた。俺の斬り方が下手くそ過ぎて刃こぼれしてしまったのだ。


 もし、俺が剣士になりたいのなら、剣の扱い方を基礎から学ぶ必要があるだろう。とても次の戦いには間に合うまい。


 俺はいらない剣を投げ捨てるように地面に突き刺す。


「――なあ、タカ。ちょっと頼みたいことがあるんだが」


「なんだ?」


 俺は声をかけてきたピートのほうを向く。


「〈巨人男爵〉を倒す秘策があるんだ」


「秘策? なんだそりゃ」


「ちょっと考えてみたんだけど……」


 ピートがそれについて詳しく説明してくれる。


 聞き終わると俺は笑みを抑えきれなかった。


「なるほど。よし、やろうぜ」

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