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第13話 やっと拳が使えるな

「これはルーン文字の記録盤ですね」


 見計らったようにやってきたリッシュが円盤を受け取る。


「つまり、なんだ?」


「力ある文字で呪術を固定したものです」


 リッシュは円盤をやや傾け、文字のようなものを読んでいる。


「どんな魔法なんだ?」


「おそらく運河か村で使うものと思いますが、専門外なのでわかりません。日付から判断するに百十年前のものですね」


「古いな!」


 そんなに古いものとは思えないほど、円盤は光り輝いているのだが。


「少し調べてみましょう」


 リッシュが円盤を持って行ってしまうと、俺は作業を再開した。


 豆をボリボリとかじりながら、暗くなるまで土掘りを続ける。


 これで昨日の夕方から不眠不休でほとんど丸一日工事をしていたことになる。日本の建設現場なら、いいバイト代をもらえたことだろう。


「あっしらはこれで失礼します」


 撤収するらしい村人たちがわざわざ挨拶してくる。


「ずいぶん……掘りましたな」


 驚いた目の村人は俺が掘り直した運河を向こうまで眺める。


 一日でだいぶ進んだ。


 数百メートルは掘っただろうか?


 一から運河を掘るのは大変かもしれないが、溜まっていた土をかきだしているだけなので簡単なのだ。俺はそのまま作業を続けていたのだが、


「――今日はもう休みなさい」


 日が落ち、ぽつぽつと雨が降りはじめたころに、リッシュがやってくる。


「まだ働けそうだぜ」


「どれくらいいけますか」


「そうだな、豆を食いながらなら五日間ってところか」


 それが実感でわかる。全身に貯まった疲労とカロリーからの逆算みたいなものだ。


「やはり、まだまだですね」


 リッシュは関心しないように言った。


「なにがだよ」


「まだまだです。あなたはもっと強くなるはずです」




 村のほうに戻って、メシを食う。


 メニューはスーアインが作ってくれた煮込み料理であった。


 肉と野菜に豆がたっぷり入っている。シチュー丸ごと栄養とうまみの塊だ。


 肉はわざわざ複数の種類が混ぜられていた。


 いつもの鹿に豚に野鳥。ビタミン豊富なこの肉は……羊かなにかかな?


 飯を食ってると、弱い夕立のような雨(リッシュが降らせたんだろう)がやみ、湿った土の上に村人たちが集まってきた。


 全員が手を繋ぎ、ひとつの輪になってなにかを始める。輪の中央にはリッシュがいてなにかぶつくさ言っている。それはお楽しみのマイムマイムの時間でないのだとすれば、今朝方ピートが言ってた「大地の活力を高める儀式」ってやつだろう。リッシュには自然に呼びかける力があるようだった。


 俺は食事が終わると眠りについた。


 何時間か寝て、起き出してシチューの残りを食って、また寝る。


 再び起きたらまだ暗かった。夜明けまでもう少しといった時間帯だと体内時計のようなものでわかる。そしてこれ以上寝ても惰眠をむさぼるだけだとも体感でわかった。休養充分だ。


 暇なのでとぼとぼ工事現場のほうに行く。一緒に寝ていた謎猫がついてくる。


 暗い中、リッシュが穴を掘っていた。


 スコップ片手に土木作業……だと面白いのだが、もちろんそうではない。


 彼女が手をかざすと円柱形に土が削れていくのだ。


 そんな風に掘られた運河が、俺の掘った分と同じくらい続いている。


 ただし、土が運河内に飛び散っていたり、底の角に手つかずの部分が残っていたりで、雑な仕事となっている。


「どうも効率が悪いようですね」


 リッシュは俺が来たことに気づいていたようだった。


「あなたが細かいところをやりなさい。村人にはあなたが一人で掘ったと言うように」


「なんでだ?」


「あなたは名を上げるべきだからです」


 村人たちが来る直前にリッシュは去ってしまう。土木作業で名を上げて、我々にどんな得があるのだろうか。


「おや、こんなに掘ったんですか!?」


 朝になりやってきた村人が工事の進み具合を見て驚く。


 その目に浮かんでいるのは敬意・賞賛というより困惑と恐怖だった。あまりにも異常な作業速度。俺のことを化け物かなにかだと思っているかもしれない。


 それからの作業は、自然に俺と村人たちの分担制になった。


 俺が重機のようにとにかくたまった土を掘り進める。村人たちは掘り返された土を片付け、運河の底を固め、側面の石を積み直す。


 運河が完成したのは、俺たちがこのラーダン村にやってきてからわずか六日後である。




 おそらくは数十年ぶりに、水門が開かれた。


 故障やさびつきといった水門のトラブルもなく、スムーズに水が流れ始める。


 わあっと村人たちが歓声を上げた。


 見物に来た近隣の人たちもどよめいているようだ。


「これで水くみしなくて済むよ」


 子供たちがはしゃいで、俺の足にしがみついてくる。


 水は見る間に水路を走っていく。これまでのところ工事に不備はないようだ。


「これで今年の実りは保証されるでしょう」


 隣のリッシュは手にした何かを水路に投じた。


 それは……俺が土の中から見つけたルーン文字の記録盤とやらだったか。その円盤は奔流に流され見えなくなる。


「捨てちまっていいのか?」


「このまま流れにのって、水中で回転し続けます。水がよどんで腐らないようにする効果があるようです」


「そんな便利なものがあるのか」


「しばらくは手入れをしなくても運河は持つでしょう。今回はちゃんと維持してくれるといいのですが……」


「――それは難しいでしょう、司祭様」


 後ろから口を挟んだのは、忍び寄るようにやってきたスーアインであった。


「どうもおかしいんです」


「なにがですか」


「この村は年齢の構成がおかしいんです。結婚する時期の若い娘や母親が異様に少ない」


 と、声を潜めて言う。


「まさか……身売りですか」


「いえ、北の方ならそれもありますが、このあたりではそこまではないでしょう」


「では、なぜ」


「聞き出そうとしたんですが、みな口が固い。調べるので少し待ってください」


「わかりました。お願いします……」


 スーアインは何気ない様子で消えていく。




 そんなやりとりがあってから数日後。


 俺はラーダンの近くで運河を掘る作業を続けていた。


 今回の件に触発されて、近隣の村が運河の堀り直しや整備を始めたのである。


 俺たちはそれを手伝っていたのだが……


「ん?」


 と、俺は木製スコップの手を止めた。


 奇妙な音と臭いに気づいたのだ。


 ここから数百メートル離れたところだろうか。


 見慣れぬ人間が二人やってきていた。


「なんだこりゃ」


「本当に運河作ってやがる」


 などという声が遠くから俺には聞こえた。


 再開した運河を見物に来たようだが、たぶん、近所の村人などではないだろう。


 彼らは大量の金属を身に帯びていた。


 鉄である。


 おそらくは鎖帷子チェインメイルとかそんな感じのやつだ。それが多少離れていても音と臭いでわかるのだ。


 近くで作業していた農民たちが静かに離れていくのがわかる。


 つまりはこっそりと逃げているのだろう。


 嫌われ者がやってきたに違いない。


 運河の底から上にあがる。


「あなたたちは何者ですか」


 と、俺より先に声をかけたのはリッシュのようだった。


 彼女も異変に気づいたに違いない。


「なんだ、地母神の司祭がいるぜ?」


「見ろよ、若い女だ!」


「こりゃあいい、連れて帰るぞ」


「おい、司祭はまずくないか、それにまだ子供っぽいぞ」


「女であることには変わりねぇ」


 男たちは下劣な会話を交わす。


 よし、殺すか。


 即断即決した俺はぱっと走り出す。


 誰であろうと、リッシュにあんな口を聞くことは許されない。


 なんでそんな簡単なことに気づかないんだろうね?


 命をもって償ってもらおうかな。この世界風に言うと、循環して土に還り、森の養分になるのだ。


 連中は武器として短い槍を持っているようだが、一発あごを殴ってやればもう二度と口をきけなくなるだろう。


 そのあとは、そうだな、まずゆっくり手足の骨を砕いてやるか。


 連中が死んで悲しむような人は誰もいないに違いない。


「おら、こっちに来るんだよ!」


 下劣な男たちがリッシュに手を伸ばす。


 その手が触れる直前、リッシュは何事かつぶやいた。


 とたんに、二人の男が崩れ落ちた。


「あれ?」


 一歩遅れて、現場に到着する俺。


 リッシュは何事もなかったかのように、いつものすまし顔である。


「うが……!」


 地面では、男たちが身をよじり、苦しみ、うめいていた。


 毒物、窒息、そんな感じの症状である。


「なんだ? なんなんだこれは? なにをした?」


 俺は男たちを見下ろす。


「たいしたことはしていません。人間の体内には様々なものが循環しているものですが、それを逆流させただけです」


 そして結果がこの有様。


「ひどすぎるだろ!」


 俺はそう叫ばざるを得なかった。

(現在の身長:198cm)

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