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第12話 司祭っぽいこともできるんじゃないか

 休耕地は枯れた植物が多く「引火しやすい」とのことで場所を別に移した。


 ちょっとした村の広場である。下が土になっているので、なにかに引火するようなことはないだろう。


 いったい何が始まるのかと、村人たちは遠巻きに見守っていた。不安げに監視しているとも言う。


 俺以下、ピート、スーアインの三人は、休耕田や近くの森から枯れ草を運ばされる。


 なにかを燃やすのだと推測できるが……俺以外でもできる仕事じゃないか。


「あなたはなぜ雨が降るのか知っていますか」


 地味な仕事が終わると、リッシュは俺に尋ねた。


「前線が来ると雨が降るんだろ」


「その用語は聞いたことがありません」


 まあ俺も天気予報で見聞きしていただけで、よく知らない用語である。前線が来ると大気が不安定になって雨が降るのだ、おそらく。


「あまり知られていませんが、空気の中にはわずかに水が含まれています」


 リッシュはバッグから一枚の御札のようなものを取り出す。といっても、それは仰々しいものではなく、メモ帳程度のものだが。


「この水が寄り集まって雲になります」


 俺の世界だと子供でも知ってる知識だが……


 突如として、御札に火が付いた。なにもしてないのに。


 リッシュが落とすと、枯れ草が燃え始める。


「これは種火のようなもの。炎を使って、風の精を動かし、水の精と土の精を天空神の御許まで舞い上げます」


 炎で上昇気流を発生させるということだろうか。でも……


「土もか? 水だけでいいんじゃ……」


「土が雨粒の核となり雨が降りやすくなります」


「へぇ、そうなんだ……」


 そこは理科の授業で習わなかった。


 いや、俺が覚えてないだけかもしれないけど。




 リッシュの祝詞が始まった。



     見よ 偉大なる輪廻の車を

     天に神 地に神

     生命(いのち)は巡る

     土割る新芽 草食む(しし)

     (しし)狩る人 やがて骸は土となり――



 もう夕方だ。


 激しい炎が大きな影を作り出す。


 その光景はまさに宗教的な儀式そのものだろう。


 と、立ち上る煙がゆがんだ。


 炎を起点に世界が回り始めている。


 彼女がいつも言ってる循環だの巡りだのが始まったのだ。


 スーアインがそれを見て祈りを捧げる。若いくせに迷信深いなこの子は。


「なあ、タカ。彼女は……司祭殿はいったい何者なんだい?」


 今さらだがといった風に、ピートが俺に尋ねる。


「いや、知らないけど……。地母神の司祭ってのもこのあいだ初めて知ったんだぜ」


「そう、それなんだ。あれじゃまるで……」


 そこまで言ってピートは口を濁す。


「いや、やめておこう。滅多なことは言わない方がいい」


「なんだよ、気になるじゃないか」


「うーん……。彼女、本当に司祭なのか……?」


 スーアインに聞かれないように声を潜める。


「司祭じゃないのか?」


「いや、どこからどう見ても司祭だよ、格好も言動もね。あえて言えば、聖印を帯びてないのが気になるくらいだけど、あれは……やっぱりやめておこう」


 と、口をつぐんでしまう。


 ピートはリッシュを疑っているようだった。


 言われて見ると、俺はリッシュが本物の宗教指導者なのかどうかなんて確かめたわけじゃない。


 やっていることは、スーアインを癒やしたりとか、雨乞いの儀式をしたりとか、それっぽくは見えるんだが……なにが司祭っぽくないんだろう?


「――これで大丈夫でしょう」


 空が完全に暗くなったころ、リッシュは祝詞を止める。


 見上げると雲ができはじめていた。


 ぽつりと頬に水滴。


 本当に雨が降ってきたのだ。


 わあっと村民たちが歓喜の声を上げる。


 慌てて桶の類を出して来るあたり、本当に水が貴重なのだろう。


 だが、はっきり言って、小雨であった。


 ぽつぽつと降っては土にしみこんでいく程度。


 俺のローブに小さな水滴を作るだけ。


 それでも雨は雨だ。


 夜だというのに村中にまぶしいほどの希望が溢れている。


「雨はすぐやみます。こんなものはその場しのぎに過ぎません」


 リッシュはそれをぶちこわすようなことを言う。


「じゃあ抜本的な対策は?」


「あなたの出番です」


「俺の?」


「その身体使ってみたいと思いませんか」


 リッシュは俺の太い腕に触れる。


 おい勝手に触るなというのはともかく――


 実のところ、俺はこの身体を使ってみたかったりする。


 せっかく、ちょっとばかりでかくなったんだ。


 強い敵と戦ってみたい。ラットマンとかそんなんじゃないもっとでかい相手と。それが出来る気がするのだ。


 ――おいおい待てよ、おまえ身体が大きくなって気が大きくなってるんじゃないか、って?


 わかってる。でもさ、力を得たら使いたくなっちゃうのは仕方がないことじゃないか。


 幼稚かもしれないが、人間そんなものである。


「こっちに来なさい、あなたがやるべき仕事があります」


「ああ、やるぜ」


 手のひらに拳をぶつける。




「ふっ」


 軽い気合いの声。


 俺の上腕二頭筋・三頭筋が収縮する。


 腹筋・背筋が全身を支える。


「ふっ」


 膝を使って、土を持ち上げる。


 大量の土は重いがまるで重さを感じない。


 パワーアップした俺の肉体がすくった土を何メートルも跳ね上げる。


 汗はかいてなかった。体温は自然と調節され、長期間作業に向いた状態を維持する。


 満足して次の土に向かう。


 俺は戦っていた。


 相手は最強の難敵――大地である。


 土を掘って積み上げる。


 それは典型的な肉体労働。要するに……土木工事だ。


 端的に言って、いま崩れた運河を修復しています。


 しかもちゃんとしたスコップや道具がないので、その辺に落ちていた木の板を使っている。


 水路の底に溜まってしまった土を掘り、崩れた石壁を組み直す。


 運河の幅と深さはそれぞれ1メートル半といったところだろうか。たぶん、ここを通る船は細くて長い形なんだろうな――


 そんなことを考えながらも俺は動きを止めない。


 マシンのように土を掘り続ける。


 素人が土木作業などしたら、すぐに「腰痛い」「腕痛い」になってしまいそうなものだが、俺はなぜか平気だった。手にまめすらできないんだぜ。


 この作業を続けて、もう何時間も経っている。


 休みはほとんどとってない。


 たまにトビ豆を食べるのを休憩というのなら、それが唯一の休憩である。


 だというのに――俺は疲れもしていなかった。もう真夜中なのに眠くなることすらないのだ。


 いくらでもこの仕事を続けられそうだ。


「ミュー」


 謎猫が、暇なのか、ずっと作業を見守ってくれていた。


 こいつがいるだけまだマシである。だれもいないところで一人、土を掘るのはあまりに寂しいものだからだ。


 でも……


 結局のところ、俺に出来るのはせいぜいがこの程度のこと。急に大きくなったこの身体を、少しは有効利用しようじゃないか。無駄飯を食らってばかりいたら、腐って死んでしまうかもしれないからな


 空が白くなり、夜が明けても、俺は工事を続けていた。


 しばらくするとピートが様子を見に来た。


「タカ、ひょっとして……一晩中掘っていたのか?」


「まあね」


「明かりもないのに?」


「最近、夜目が利くようになってね」


 まるで赤外線映像のように、くっきりと周囲のすべてが浮かび上がるのだ。色合いすらも、昼間とは違うが、ある程度再現されるほどである。


「司祭殿のおかげで村人がやる気になっている」


 呆れ気味のピートは話題を変えた。


「なにをやる気なんだ?」


「きみのやってるこれだよ。男手を動員して運河を掘り返すことになった。ぼくも手伝おう」


「そいつはよかった。リッシュはどうしてる?」


「女子供を動員して、大地の活力を高める儀式を行うそうだ。これは確かに地母神の司祭らしい儀式なんだが……」


 口元に手を当て考える様子のピート。やはりリッシュになんらかの疑いを抱いているようだった。


「いや、いい。みんなを連れてくるよ」




 大人たちより先に子供たちがやってきた。


 早朝から桶のようなものを抱えて運河を下っていく。


「おまえら、どこに行くんだ?」


「水くみだよ」


 子どもたちは面倒くさそうに歩いて行ってしまう。


 どうやら、この村(ラーダンというらしい)でも水くみは子供の仕事らしい。


 しかし、ここから水門まではかなりある――往復で二時間以上かかるんじゃないだろうか。それも重い水を抱えてだ。川や運河から切り離された村の悲惨さがよく分かる。一刻も早くこの仕事を終える必要があるだろう。


 少しすると、村人たちが集まってきて、土木作業を始める。


 といっても、まず最初に作業用の道具を補修するところからのスタートである。この村には専門の大工や鍛冶屋がいないとのことで、農夫たちは自分の手で慣れぬ作業をせねばならなかったのだ(リッシュ曰く、これも文明後退の証拠だそうな)。


 前準備が終わると、ようやく土木工事が始まる。


 さすがに人数が多いので作業は順調に進んだ……とはいかず、途中でみんなすぐに休んでしまう。


 俺みたいに疲れないのは異常としても、なんか元気がないように見えるな。


「このあたりは塩が高くて手に入りづらいらしいんだ」


「塩?」


「塩がないと疲れやすくなるからね」


 と、俺の疑問にピートが答えてくれる。どうやらこの世界には、スポーツドリンクの自販機が設置されていないらしい。


 一日中、運河掘りは行われた。


 それ(・ ・)が見つかったのは、夕方近くなり、一同が後片付けを始めたころだった。


「ん、なんだこりゃ?」


 ショベル代わりにしている木の板が堅い何かにぶつかる。


 金属だろうか?


 土の中に手を突っ込んで拾い上げる。


 薄い円形の板であった。


 CDを大きくしたもの、あるいは古いレコード。そんな形状である。


 色的には白っぽい銀色だろうか。


 土の中に眠っていたというのに光り輝いてる。蛍光塗料なんてちゃちなものではないだろう。


 それにしても、質感、手触り共に、これまでに経験のない金属だ。


 よく見ると、板の表面には、うっすらと文字・記号のようなものが刻まれている――いや、刻まれているのか浮かび合っているのか、判断が付かない。


 なんじゃこりゃ。

(現在の身長:184cm)

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