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第11話 自分の目で確かめるべし

「なんだよ、これ!」


 魔法の地図が燃えていた。


 故障か暴走か、きっと正常な動作はしていないだろう。そんな風に見える。


「どうやら地名を封じた誰かがいるようですね。ずいぶんと古くて珍しい呪術です」


「どうするんだよ!」


 まだ燃えている地図。炎は天井付近まで上がる。


 この家、家具まで含めて木造なんだぞ。


「外に捨ててください」


「どうやってだよ!」


「あなたにならできます。触ってみなさい」


 炎に触れるって、そんなことが……


 出来そうだった。


 なぜか……熱くないぞ、この火?


 せいぜい熱湯を注いだマグカップ程度。


 熱自体は感じるのだが、炎が持つ危険性みたいなものを感じないのだ。


「それくらいならば、やけどはしないはずです」


 なんだかそんな気がしてきた。


 おそるおそる燃える地図に触ってみる。


 うーん、やっぱり熱いかも。


 でも、手を引っ込めて確認すると、やけどの痕はなかった。


 短時間なら触っても問題なさそうだ。


 なので、地図を無造作につかんでみる。


 ぼろりと燃えながら崩れる。


「おっと」


 俺はそれを両手で支えるように持ち、建物の外、石畳の上に放り投げた。


 手のひらを確認するが、やはりやけどはなかった。


 燃えさかる地図は、そのまま燃え尽きる。魔法の品だけにもったいない。


「惜しかったな、燃えちまって」


「古いものですし、あの程度ならいくらも代わりがありますから」


 そうですか。




 幸いにして、スーアインはその日のうちに元気になった


 当人はすぐに動けると言ったのだが、大事を取ってそれからもう少しアスピケスへの滞在を続けた。


 そのあいだ、リッシュは、ラニーさんの遺品を調べたり、商人に話を聞いて回ったり、町人に癒やしの儀式を行ったりしていたようだ。


 特にすることのない俺は森に出て狩猟を行った。


 軟弱な現代日本人である俺にそんな真似が出来るのかとお疑いの面々もいるかもしれないが、これがとある方法(・ ・ ・ ・ ・)を用いれば出来るのだ。二日におよぶ猟で、鳥二羽、ウサギ二頭(二羽って数えるんだっけ?)となかなかの成果である。まあ、ハンティングがてら新必殺技(・ ・ ・ ・)の練習をしてたとでも思って頂こう。


 ネズミ退治という仕事を済ませ、充分に休養をとったところで、俺たちはアスピケスを後にした。


 交通手段は川船。無料で町人が出してくれたのだ。


「なあ、リッシュ……」


 帆のついた船の上で俺は尋ねる。彼女にひとつ聞きたいことがあった。


「なんかさ……俺ってこっちに来てからちょっとばかり背が伸びた気がするんだけど、どう思う?」


 そうなのだ。


 俺はもともと背が低かったわけではなかったのだが(みんな知ってるね)、ここしばらく、毎日のように大きくなりつつある。


 今ではピートと同じくらいにはなっているだろうか。


 それも、ただ上に伸びているだけでなく、身体に幅が生まれている。


 アスリートとして理想的な体型になりつつあるのだ。


 他にも、目や耳が良くなったり、やけどしないとか、不思議な現象も起きているのだが、そっちは怖いので気づかないふりをしている最中である。


「まだまだですね。その程度の背丈ですと、北部地方の男たちの中で少し高い程度でしょう」


 リッシュは胸に抱いていた謎の猫の頭をなでる。


 気のせいか、彼女の言い回しに、もっと身長は伸びるというような含みを感じる。あんまり高くなりすぎても不便で困るんだけど、そこら辺どうなんですかね? ほら、俺はもともと平均的でちょうどいいくらいの身長だったわけだし。背が伸びても、別にうれしくないぞ? そんなには。


 早朝に出た船は、まだ朝という時間帯のうちに船着き場に止まる。


 アスピケスで調査したところによると、この先に、地域を代表する代表的な村があるということだった。なぜそんなところに向かっているのかというと、リッシュが村落の視察を希望したからである。


「文明の状況を確かめたい」


 のだそうだ。


 そんなよくわからない理由なのだが、ピートとスーアインは文句を言わずに同行している。スーアインにいたっては、リッシュに対し尊敬の念を惜しんでいないようで、盲目的に従っているのだ。


 たとえば、


「スーアイン、この豆を全部煎ってくれませんか?」


「はい、司祭様、すぐに」


「スーアイン、豚を一頭丸ごと欲しいのですが」


「はい、司祭様、手配します」


 といった具合である。姑の言うことをなんでも聞く嫁って感じだ。


 スーアインにとってリッシュは命の恩人だから当たり前とも言えるんだが……


 それともこのあたりでは聖職者の地位が高いのだろうか?


 船着き場から少し歩くと、すぐに農地が広がっていた。へちまの栽培みたいに、棒が立ててあり、そこに葉っぱが巻き付いている。


「あなたの好きなトビ豆です。あと1、2ヶ月で収穫でしょう」


 リッシュは顔を近づけてまじまじ観察する。


 ちなみに現在の季節は夏の終わりというところらしかった。収穫の秋までもう少しなんだろう。


「生育は順調……いったいどういうことですか」


 リッシュは他人の畑の中で意味不明な憤りを訴える。


 作物がよく育ってなにが悪いのか、こっちが知りたい。


「――もしや、聖騎士様で?」


 そんな騒ぎが聞こえたのだろう、作業していた農夫たちが手を止めて、集まってくる。


 彼らが注目するのは、聖騎士ことピートである。


「おお、本物だ」


「天空神の騎士様だ」


「町に滞在なさってると聞いたが、よう来てくだすった」


「見ろ、地母神の司祭様まで連れているぞ」


「さすが聖騎士様だ」


 などと言いながら、空にお祈りを捧げる。彼の武勇はこんな田舎村にまで轟いているようだ。


「どこのお国の人だい。大きいねぇ」


 と、腰の曲がったおばあちゃんが俺の腕に触れる。


 大きいと言われたのは生まれて初めてだった。


 彼らの目に映る俺は、さしずめ聖騎士に仕える戦士といったところだろうか。


 ほら、ゲームとか漫画では、旅の仲間の中には、必ず一人は肉体労働担当のデカブツが混じっているものじゃないか。たいていはお笑い役を兼任していたりして……やだなあそのポジション。


「お待ちなさい――」


 カーンという軽い音にあたりが静かになる。


 リッシュが手にした錫杖でトビ豆を支えていた棒を殴ったのだ。


「みなさん、この二人は単なる従者です」


 リッシュは勝手にピートとスーアインを従者扱いする。


「なるほど、聖騎士様とこちらの娘さんは、司祭様に同行なさっているわけで?」


「いえ、私とピートとスーアインは、この者に同行しているだけです」


 と、リッシュが指さしたのは――はたして俺であった。


 俺かよ。俺は単なるこの世界の迷い人で、とくにも目的や展望もなく、リッシュに引っ張られてここまで来ただけだぞ。ほら、みんな戸惑って変な雰囲気になっちゃってるじゃないか。


「そんなことはどうでもよいのです。近年、不作や飢饉はありませんか」


「――いいえ、司祭様。ロティアの巡りのおかげで、順調でして」


「子供が産まれなかったり、病気が広まっているということはありませんか」


「とくには……」


「領主はどうですか、無体な取り立てを行ったりはしませんか」


「はあ……」


 村の不幸を求めるような物言いに、農夫たちは困っているようだった。


「――司祭殿、このあたりはヴィースに近いですからね。しかも領主は名君と名高いリシー家のギザル殿ですから、問題はないのではないかと」


 ピートが横からフォローする。


「私は文明が衰退している地域を見に来たのです!」


 リッシュは理不尽に怒っている。


 どうやら視察する地域を間違えているようだな。


「文明……でございますか、司祭様」


 農夫の一人がおずおずと尋ねる。


「文明が衰退した地域です!」


「でしたら……ロティアの巡りがおよばない地域に行けばいいかと」


「山の方ということですか」


「いえ、この村の先です。そう遠くありません」


「この先……? ロティアの巡りの中ではないのですか」


「ここから先は運河が使えないのです。それにあのあたりは……」


 農夫は目に見えて口ごもる。


「なんですか、なにがあるのですか」


「いえ、その……」


「はっきりと言いなさい」


 ピートとスーアインが意味ありげに目配せする。ふむ、なにか知っているっぽいな、この二人。


「司祭殿、彼らの口からでは言えないこともあります」


 ピートの進言。


「実際に行ってみればわかるでしょう」


 というわけで、歩いて移動することになった。




 川からまっすぐに運河が延びていた。


 そのすぐ脇が平坦な道になっているのでそこを行く。運河は幅1メートルを超え、2メートルは無いくらいだろうか。さっき農夫たちは「運河が使えない」などと言っていたが、普通に水をたたえている。運河があっても、船が無いとかそういうことだろうか?


 運河にはいくつもの水門と支流たる水路があり、それは畑や近隣の村にまでつながっているようだった。水車が回っているような、のんびりした光景もあった。ラットマンと戦ったのを忘れてしまうような平和がここにはある。


 しばらく進むと、途中から運河の一部が埋まったり崩れたりしていた。むろん、その先は水が進めないので、「使えない」状況である。村人たちが言ってたのはこれか。運河の底のあたりに草が生えてしまっているので、しばらくこういう状態であることが読み取れた。


「運河の維持管理も出来てないなんて!」


 と、憤るのはリッシュである。


「これでは、平底船(はしけ)も水車も使えないではないですか!」


「使えないとどうなるんだ?」


「穀物の輸送と加工が出来ないということです!」


 言ってることはわかるのだが、俺にはその深刻度が伝わってこなかった。


 昼食の休憩を取ったあと(さっきの村で買った魚と野菜がメイン)、崩れた運河沿いに先へと進む。


 暗くならないうちに俺たちはそれらしいところに到着する。


 村と農地であった。


 しかし、先ほどの川沿いの村と違って、活気がないというか、暗い雰囲気がある。


 距離的にそれほど離れてないと思うのだが、ずいぶんと違うものだ。


「土はまだ生きているようですね」


 リッシュは畑を観察する。


 しかし、作物はしおれかけているのではないだろうか。素人目にもそれがわかる。


 見て回っていると、村民たちがおそるおそる寄ってくる。


「あ、あの、なにかご用で……」


「私は地母神の司祭位にあるものです」


「司祭様……で?」


 信用されてないのか、怖がられているのか。やはり先ほどの村と違いがあるな。


「この芋は収穫前に立ち枯れてしまいそうですが、いったいどういうことですか」


「はあ、最近、雨が降らないもので……」


「農業用水がないと? なぜ運河をきちんと管理しないのですか!」


「へぇ、人手がないもので……あっしが子供のころにはもう埋まっていました」


 そう言った村民は中年くらいのおじさんだった。となると、おじさんの年齢から見て、数十年前にはもう運河は使えない状態になっていたということだろうか。


「この村は文明から脱落しています!」


 リッシュは怒り狂っていた。


 おじさん困ってるよ、可哀想に。


 この地域にとって、川や運河ってのは重要なものであるようだな。


 社会を動かし、生命を繋ぐ血管みたいなもの……なんじゃないだろうか、たぶん。


「――空気は乾燥していますが、水の精がいないことはないようですね」


 村人を無視して、リッシュは空を眺めた。何を見ているのか知らないが――水の精とな。俺の目にはなにも映らない。いや、なんとなく見えるような気がする。いや、やはりわからない。


「村に使ってない休耕地があるでしょう。案内しなさい」


「へっ、へぇ」


 リッシュは村民を脅すように歩かせる。


 常に説明不足で強引な女である。


「おい、文明が衰退した村を見られて満足か?」


 俺は横から皮肉を飛ばしてやった。


「満足なわけありません!」


「どうするんだよ」


「救います」


「救う?」


「あなたがやるんですよ」


 リッシュは下から俺のことをにらむ。


 だれが救うって……?


 いったい俺に何が出来るんだ!

(現在の身長:183cm)

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