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第9話 聖職者の仕事

 宿に戻ってみると、はたしてスーアインは苦しそうに寝込んでいた。


 少し様子がおかしいのは感じていたが、調子が悪かったようだ。


 苦しむスーアインの前には、ピートがいた。


 どうしたらいいものかわからないらしく、右往左往。


 戦闘の場以外では役に立たないんだな、この男。


「地母神の司祭殿!? あ、あなたは!?」


 リッシュの登場がさらにピートを混乱させる。


 地母神の司祭殿、か。


 この白いローブは地母神アヴルナックの聖職者用らしい。


「こいつはリッシュだ」


 親切にも俺は紹介してやるが、名前以上の情報はなにも知らないので、詳細を教えてやることはできなかった。リッシュが司祭というのも今初めて知ったからな。


「ピート、そこをおどきなさい」


 リッシュは有無を言わせぬ口調で命令する。


 初対面の司祭が名前を知っている事実に、ピートはさらなる困惑を隠せない。


 とりあえず、俺は邪魔なピートを抱きかかえるように移動させた。


「熱病の初期症状のようですね。ラットマンの駆除中に感染したのでしょう」


 リッシュは落ち着いた様子でスーアインを見下ろす。


 これで初期症状か……


 スーアインは大量に発汗しうめいている。早く何とかしてやってほしい。


「ど、どうしたらいいんですか、司祭殿」


「彼女の背嚢を持ってきなさい」


 ピートが慌ててスーアインの背嚢(リュック)を探す間、リッシュは自分のバッグからなにかを取り出す。


 すり鉢かなにかだろうか?


 さらに薬草らしき乾燥した葉っぱをいくつか。


「司祭殿、背嚢です!」


「うるさいから、しばらく黙ってなさい」


 偉そうなリッシュは、背嚢から昼間摘んだ薬草を取り出し、いくつかの種類を混ぜてすりつぶす。さらに煎ったトビ豆をぱらぱらと。ごりごりとした音が部屋に響く。


「なあ、俺とピートは病気に感染してないのか?」


「ピートには天の加護があるから大丈夫でしょう。あなたについては気にしなくてけっこうです」


「どういうことだよ!?」


「もう二度と病気にはならないということです」


 本当にいったいどういうことなんだよ!


 俺の疑問をよそに、リッシュは自分のバッグから取り出したビンの液体を加える(ちなみにそのバックはビンが入りそうな大きさではない)。


 薬らしきものが完成した。


「飲みなさい」


 スーアインの頭を起こす。


 しかしうめき苦しむ彼女にリッシュの言葉は届かない。


 むりやり飲ませようとして、薬を少しこぼしてしまう。


「うにゃー!」


 リッシュが猫のようにうなった。


 苦しむ患者に切れるとは、なんて気の短いやつだ。


「これを飲ませなさい!」


 リッシュはピートに器を突きつける。


「飲ませるってどうやって……」


「口移しでもなんでもです!」


「わ、わかりました」


 ピートは薬を飲ませようと四苦八苦したが、まもなく口移ししかないという結論に達した。


 それはどんな観点から見ても純粋な医療行為だったが、恥ずかしかったので俺は後ろを向いていた。


「体内の免疫力を上げて病に抵抗します。若いからおそらく大丈夫でしょう。ピート、スーアインの本名は知っていますか?」


「いえ、スーアインとしか」


「本人に聞くしかないようですね……」


 リッシュはなんと病人の頬をぺちぺちと叩く。


「スーアイン、あなたの本名を教えなさい」


「ちょっと待て、病人になにやってるんだよ!」


「あなたは引っ込んでなさい」


 じろりとにらまれた。


「スーアイン、あなたの名前はなんですか! 名前!」


 リッシュは胸ぐらをつかまんばかりの勢いだった。


「……ネズミ」


 うわごとのようにスーアインはつぶやいた。


「ネズミ?」


 ラットマンのことだろうか?


「名前なんてない……あたしはネズミ。ネズミって呼ばれてた……」


「おそらく彼女が子供のころの話だ」


 ピートがつぶやく。


「……商売のために名前をつけた。名前なんてない!」


 絞り出すような声はほとんどろれつが回ってない。


「ふーむ、子供のころネズミと呼ばれていて、後にスーアインという貴族風の名前を付けたというところですか。まあ真の名として使えるでしょう」


 リッシュはスーアインの片手を握り、もう片手に錫杖をつかむ。


「ピート、あなたはスーアインのために尽くす気持ちがありますね」


「は、はい、司祭殿」


「なら、スーアインの手を握りなさい。絶対に離さないように」


「はい」


「俺は?」


「あなたは何の役にも立たないので、たくさん食べて長く寝なさい」


「なんだよ、仲間はずれかよ……」


「つまらないことを言ってないで、早く寝なさい!」


 まるで母ちゃんだった。


 でもこれで声はけっこう可愛いんだぜ。


「ピート、循環をイメージしなさい。あなたならわかりますね?」


 こほんと喉を鳴らす地母神の司祭。





     見よ、娘


     ネズミと呼ばれ

     スーアインの名を持つ娘


     天に神 地に神


     汝は巡る

     天に生まれ 地に戻る


     花が落ち 種となる

     種は落ち 地に芽吹く

     芽は伸び 花を咲かせる


     事象は巡る

     天に生まれ 地に戻る


     雨が降り 川をなす

     海へと至り 陽が注ぐ

     水がのぼり 雲となる




 それは呼びかけ。


 魔法の呪文というより祝詞だろうか。


 詩歌にも見える。


 生態系(エコロジー)、万物流転の思想を語ったものか。


 あるいは宗教的な世界観の解説か。


 もしかしたら、この異世界の物理法則そのものか。


 リッシュが言葉を紡ぎ続けるうち、俺にも「循環」とやらの流れが見える。


 世界のエネルギーが回転し、リッシュ、ピート、スーアインに流れ込んでいく。


 そのエネルギーは消費されるような種別のものではなかった。


 三人の間でぐるぐる回って、世界へとまた戻っていく。


 これが異世界の自然律。


 なんか……俺だけ本当に取り残されているな。


 まわりでみんなが楽しそうに話しているのに、いない者のように扱われている。


 そんな疎外感を味わう。


 しょせん俺はこの世界に迷い込んだ異邦人ってわけか。


 部屋を出る。


 豆と肉の残りを食ってふて寝することにしよう。




 さて、近年、俺は寝付きと寝起きが抜群にいい。


 近年というのはもちろんこちらの世界に来てからという意味だが、とにかく好きなときに寝て、好きなときに寝られるようになっているのだ。


 不眠に悩んでいるみなさんは、うらやましく思うかもしれないが、しかし、代わりに睡眠の楽しみみたいなものが薄れているような気もする。寝てすっきりするという感覚が最初から消えてるんだ。寝て普通、起きて普通。いつもニュートラル。俺の身体は本当にどうなってるんだろうな。


 それを知っているかもしれないリッシュだが……


 翌朝、目を覚ますと目の前にいた。


「――――――」


 俺のことをじっと見つめている。


 その顔に表情はない。


 まさか俺が寝ているあいだずっとそうやっていたのか。


「……なんだよ」


「見ていただけです」


「か、勝手に見るなよ」


 そんなことをされると恥ずかしい。


「せめて、お姫様のキスで起こしてくれ」


「なんですか、それは?」


「王子様はお姫様のキスで目覚めるものだろう?」


「実に奇妙な習慣ですね」


「おとぎ話だよ!」


「聞いたことのない話ですね」


 こちらの人間は、ディズニーの映画を見る習慣がないようだった。


「こうですか?」


 キスされた。いきなり、唇に。びびる暇もない。


「ほ、本当にするなよ!?」


 マジ恥ずかしい。乙男(おとめ)の唇を奪うなんて、いったいなにを考えているんだ。


「あなたが求めたのでしょう」


 立ち上がると、リッシュはなんでもないように長く黒い髪を整える。欧米のように挨拶代わりにキスするような文化があるのだろうか、このあたりには。


「まだこんなものですか……」


「わっ、やめろって!」


 俺は思わず叫んだ。


 リッシュがシーツをめくって俺の大胸筋あたりに触ったのである。


 度重なる蛮行。


 とんだセクシャルハラスメント女である。


「――スーアインはどうした」


 俺はシーツで胸を隠しながら尋ねる。


「彼女はきっと試練に打ち勝つでしょう」


 などと、リッシュは聖職者っぽいことを言う。


 それならいい。彼女が助かるのなら。


「なあ、リッシュ、ちょっとばかり話があるんだが」


 俺は身体を起こす。


 そう、彼女には聞きたいことがあった。


 今が問いただすタイミングだ。


 俺について。


 この世界について。


 そして、彼女について。


 ――すべてが知りたいのだ。


「私もです。……こっちに来なさい」


 リッシュはローブのフードをかぶり、上目遣いで俺を射すくめる。

 ここまでで第一部です。


 自分で更新してて気づいたんですが、これ、ストーリーが進むの遅いですね……。主人公が大きくなって活躍する肝心のシーン(第二部の後半)までなかなかたどり着かない。連載形式のやり方を理解してなかったこちらの落ち度です。


 第二部の序盤は一気に更新します。

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