プロローグ ~自己紹介、あるいはちょっとしたミッション~
今さら説明するまでもなく、みなさんご存じかもしれないのだが。
この世界にはオーガっていう化け物がいる。
オーガ。
日本語で表現すると「人喰い鬼」。
鬼と聞いて一般にイメージされる通りのやつらである。
巨体で怪力。知能が低く、凶暴で、ぼろを身にまとい、近づくとひどい異臭がする。
同じオーガの中でも、住む場所などによって種族的な違いがあるようなのだが、好物は人間で、手足をむしり取って生きたまま食らってしまうことだけは各種族共通である。
そんな悪夢のような化け物が実在する。
たとえば、ほら、そこ、俺の目の前とかに。
オーガがいる。
これからパーティーでもあるのか、みなさん集団で集まっていらっしゃる。
もし、これがパーティーなのだとすれば、メインディッシュはこの俺なのかもしれないな。招待客一同、よだれを流しながら襲いかかってくるからだ。
さて、オーガと言えば、なんといってもその巨躯が有名だろう。
我々人類の大男より、さらにひとつふたつ頭が抜けている。
地球の度量衡を使うなら、身長2メートル超。
猫背なのを勘案すると、もっと大きいかもしれない。
そんなでかい奴らである。
一斉に走り寄ってくると、すさまじい地響きがする。
パーティーの場でがっつくのは下品だと知らないらしいな。
さて、苦境である。
襲いかかってくるオーガを前に、俺、超大ピンチ。
ここはどう対応するべき場面なんだろうか?
普通の人であれば――
逃げるところなんじゃないかと思う。
足が速ければ、生き残れるチャンスだって少しはあるかもしれない(途中で転ばないことを祈る)。
常識的に考えると、それくらいが人類にできる数少ない対応というものなんだと思う。
だが、俺は少し違う。
幸運なことに、俺には力があった。
そして。
不幸なことに、俺には義務もあった。
逃げるなどという選択肢は最初からないし、そうするつもりもない。そもそもオーガたちのお宅に押しかけたのは俺のほうだったりするんだぜ。
アポなし訪問の理由はひとつ――
俺は先頭を駆けるお祭り好きのオーガに目を向ける。
木製の棍棒を振り上げているのが見えた。
棍棒といっても、その辺に落ちていた丸太(1メートル超)を拾っただけのもののようだが、オーガの怪力で振るえば、威力は抜群。一発で人体を砕くことができるだろう。
応じて俺も自分の武器を構えた。
魔を打ち払うべく鍛え上げられた聖剣――ならいいのだが、やはりそれは単なる木製の棍棒である。それも、金属のとげとげが付いているようなおしゃれタイプではなく、オーガたちの粗末な木ぎれと本質的になんら変わりがない太い木の棒だった。だが、握りやすいようにグリップにあたる部分を刃物で削ってあるので、野蛮なオーガたちよりは文明的かつ先進的だと思い込みたいところである。
俺はそんな文明の利器――棍棒を構え、振るった。
飛びかかってきたオーガにカウンター気味の一発。
重い手応え。
側頭部にいいのをもらったオーガの巨体が横に吹っ飛ぶ。
一方、俺の方は無傷だった。
オーガの棍棒は俺に届かなかった。
リーチが違う。
一般に巨人扱いされることもあるオーガ(実際は亜巨人の分類?)であるが、俺のほうがさらに大きいのだ。
どれだけって?
それが自分でもよくわからないんだ。
正確な身長はどれくらいだろう。
2メートルを超えているのは確実だが、3メートルまではいかないんじゃないかと思う。あいだをとって、2.5メートル。きわめておおざっぱに、そんなところだろうか。
体重については、身長以上にもう測定・推測不能。
座ったら椅子を壊してしまうくらい。
少なくとも100キロ。いや、150キロ、200キロ。せいぜいその程度の予想しかできないな。
あまりに適当過ぎるのだが、地球製の身長計や体重計が見当たらない世界なので、そこら辺は勘弁してもらいたいと思う。ギネスへの登録申請は断念するので。
信じてもらえるだろうか。
これだけの身長・体重を持つ人間なのである。
人間。
身長2.5メートル、体重200キロの人間。人類。
ヒューマン。ホモサピエンス。ヒト。
異常な巨体と言わざるを得ないだろう。
どこに行っても目立つ。
誰もが振り返る。……というのはちょっと嘘で、誰もが遠くから気づいて、その時点で驚く。群衆の中でも、頭三つくらい抜けてるからね。
たいていの人は、わざわざ近寄って来て、しげしげと観察し、思い思いの感想を口にする。
見られる側からすると、大変失礼な振る舞いなのだが、怖がって逃げられるよりはマシなのかもしれないな。
そんなデカブツがこの俺だった。
といっても、昔からこんなに大きかったわけじゃないんだ。
日本にいたころの俺は、ごく平均的な体格の日本人男性であった。まあ……平均の部類には入る体格だった。統計的には少しばかり平均を下回る可能性はあるかもしれないが……ともかく町を歩いて目立つような体格ではなかったはずだ。
そんな俺がいきなりこんな肉体を与えられた。
同意もしてないのに、むりやり成長させられたのである。
これだけ規格外に大きいと、こういうことを考える人がいるかもしれない――つまり、そんな身体じゃまともに動けないんじゃないかということだ。だが、心配にはおよばない。
小さかったころ(そんなに小さくない)よりも、むしろいまの方が身体能力が上がっている。走れるし、飛べるし、投げることができる。おそらくは世界記録以上の水準で。それでいて膝が壊れることもないし、腰が痛むこともない。なぜなら、単に身体を大きくしただけでなく、骨・筋肉・間接・腱・内臓など、肉体のあちこちを同時に強化しているからだ。すり減った軟骨の再生さえ可能だというのだから恐れ入る。
ちなみに体つきは、ボディビルダーのようなムキムキマッチョではなく、逆三角形の均整が取れたものである。端的に言うとアメリカンフットボールのラインバッカーみたいな感じなのだが、日本人にはちょっと通じにくいだろうか。無駄のない鍛えられたアスリートの身体を想像してもらおう。
パワー、スピード、スタミナをすべて併せ持っている。
それがこの俺だった。
はっきり言ってしまおう。
いまの俺は無敵である。
人類史上、最強のヒトが俺であるはずだ。
これは自信過剰の発言じゃあないぞ。
だって――俺は無敵であるように作られたのだから。
世界で一番高いビルだって、世界一を狙って建設して世界一になるものだろう?
無敵だから無敵。
ただ、それだけなのだ。
この身体を使えばなんでもできる。
なんでもだ。
たとえば――
襲いかかってくる二体目のオーガをぶちのめしたりとか。
ほら。
こんな風にね。
人間を簡単に引き裂くオーガを、俺は一発で叩きつぶすことができるのだ。
さて、それはいいんだけど、三体目のオーガが目前まで迫っていた。
血走った目つきとひんむかれた歯茎で、振りかぶった棍棒を叩きつけてくる。
単調極まりない攻撃だった。オーガはフェイントも連携も使ってこないのだ。これなら簡単に倒せる……と言いたいところだが、俺はちょっとばかり調子に乗りすぎてしまったらしい。
二体ばかり連続で倒したところだったので、体勢が崩れているのだ。
これじゃよけたり応戦したりする余裕がない。というか隙だらけである。二体を倒すために全力のフルスイングをした直後なので仕方がないだろうか。
だから、懐に飛び込んでやる。
正面から体当たり。肩をそのオーガの顔面にくれてやる。
鼻が砕けたような感触が伝わる。
同時にオーガの太い首が90度以上曲がった。これは脊椎的なところまでダメージがいったんじゃないだろうか。
ちなみに、オーガの振るった棍棒は巻き付くように俺の背中を叩いていた。
超至近距離に入ったことで、むしろ威力は殺されている。
この程度なら痛くもかゆくもない。
腰の落ちたオーガをそのまま蹴り飛ばす。
巨体が飛び、二、三体ばかり巻き込んで倒れる。
生まれたわずかな猶予。
俺は棍棒を両手で握りなおす。
準備万端で狙いを済まし……次のオーガを叩きつぶす。
その勢いを殺さないように、一回転して、また次!
オーガの頭部を棍棒でフルスイングし、殴り倒す。
これで何体目だっけ?
ひるむことを知らないオーガは、後から後から突っ込んでくる。
もはや流れ作業だった。
だが、いくら数がいても無駄だ。
俺は疲れることがない。疲れるようなやわな作りじゃない。
順番に一体ずつ叩きつぶしていく。
敵の数が多いので当初は苦戦も懸念していたが、結局、危険な場面を迎えるどころか、かすり傷を負うことすらなかった。
まもなく。
最後のオーガが地に伏した。
あたりは巨大な死体の山である。
これが死屍累々ってやつか。
だが、そのすべてが息絶えているわけではないらしく――あちこちから苦しげなうなり声が聞こえてくる。
さすが、頑丈な人喰い鬼。頭を全力で殴ったくらいじゃなかなか死なないらしい。オーガの頭蓋骨は分厚いことで有名なのだ。
このまま放っておいたら、回復してまた迷惑をかけるやつも出てくるかもしれないな。
なので、俺はとどめを刺して回ることにした。
まだ生きてるオーガの頭に棍棒を振り下ろすのだ。
ぶんと体重を乗せて一振り。そのたび濁った血液と何らかの汚い液体が飛ぶ。
手には、頭蓋骨と中身がつぶれる嫌な感覚が残る。
不愉快な作業だ。
慣れることがないし、慣れたくもない。
だが、オーガを皆殺しにするのが俺の責務なのだ。
だってさ、この化け物どもはこのあたりの村人たちを文字通り食べ尽くしたんだぜ。少なくとも害虫駆除的な作業をする必要があるだろう。
それに……俺は誓約した。
人類のために尽くし、戦い続けると――
オーガどもにとどめを刺し終わると、俺は棍棒の調子を確かめた。
固いものを殴り続けたので、ひびが入っており、割れた部分も見受けられる。
もっと頑丈な武器が必要だった。次の義務を果たすためには。
だが、まあ、今回の仕事は楽な方だったろう。
山に入って住み着いたモンスターを倒すだけ。結局、敵は弱かったし、頭を使う必要もなかった。
俺の未来には、もっと複雑で気の遠くなるような冒険が待ち受けていることだろう。
それも、いくつも、いくつもだ……。
考えると今から頭が痛くなってしまう。
ここで彼女に命じられた任務を一部だけでも上げてみようじゃないか。
どれだけひどいかが、みなさんにもわかるかもしれない。
『永遠の都市、ローティアルスの再発見』
『不死者の大陸、ゼルエンの完全な掃討』
『外法に長けた種族、オーキシュの殲滅』
『二百歳を超える主席呪術技官、ソ=タイガ師の捜索』
『旧連邦首都、ユニス=フロスの奪還』
はっきり言おう。
俺には何が何だかわからない。
唯一わかるのは、これがどれもとんでもなく大変だってことだけだ。
オーキシュだかなんだか知らないが、たった一人でひとつの種族を完全に滅ぼすって、どうすればいいのかな?
ちなみに『不死者の大陸』ってのは、大陸に住んでる人間が丸ごとアンデッドになっているらしいぞ?
つまり……考えるのはやめておこうか。
今から疲れるだけだ。
でも、まあ。
こんな使命だって、本来の目的に比べれば、たいしたことはないのかもしれない。
彼女が示した究極の目的。
それは、
『究極の文明国家、〈汎人類連邦〉の復活』
である。
〈汎人類連邦〉がなにかも知らないのに、復活ってどうすればいいんだろうね?
本編は主人公が大きくなる前から始まります。