夢のあと
あなたはメールを返すのが遅い人だった。それなのに今日に限って、あなたの返事は早く来た。着信音が鳴ったとたん、私の鼓動が一気に早くなった。つばを飲み、私は恐る恐るメールを開いた。
「あなたのことは、どうしても同じ合唱部の部員としてしか見れません。本当にごめんなさい。」
たったそれだけだった。一瞬、何が書いてあるのか全く分からなかった。だから何回も読んだ。そしてわかった。あなたは私のことを好きじゃなかった。
頭が真っ白になった。気づけば私は声を上げていた。
「なんで、なんでよ!! じゃあなんで私と付き合うことにしたの! ねえ、ひどいよ…!」
そのうちに私は言葉とも分からぬ叫び声を上げていた。そのたびに涙がこぼれて落ちていった。
私はまだあなたに期待していたのだ。「それは誤解だよ。俺も好きだよ。」そう返してほしかったのだ。そんな都合がいいわけない、自分が一番わかっていたはずなのに…。
涙が落ち着いたのは、しばらくたってからだった。このメールに返事を書かなければならないと思った。自分から聞いたのに、返信しないわけにはいかなかった。だが何と返したらいいのか全くわからなかった。
結局、返信をしたのは、メールが来てから二日後だった。
「正直に言ってくれてありがとう。今まで楽しかったです。ありがとうございました。」
こんな文で良かったのか、私にもわからなかった。ただ、最後にお礼は言いたかった。裏切られたとはいえ、少しの間だけでも私を楽しませてくれたのは事実だから。
そしてすぐに私はあなたのメールアドレスを削除した。受信メールも送信メールも、とにかくあなたを連想させるデータはすべて消去した。
これで本当に、あなたとの関係は消えた。
ひらりひらりと桜が舞っていた。気が付けば、またこの季節になっていた。散りかけた桜を見上げ、私はあなたのことを思い出していた。
つい最近、高校を卒業した。今は新しい生活に向けての準備をしている。
ある日、買い物をしていた時、ふと文房具売り場に目が行った。そういえば、あなたは文房具が好きだった。高級な万年筆を何本か持っている、とあなたが嬉しそうに話していた気がする。その時は万年筆には興味を持てなかった。だが今、ふと私も万年筆を持ってみたくなった。ここにも、本格的なものではないが、万年筆が売られていた。少し迷ったが、私はその中でもさらに一番安いものを買うことにした。
しかし買ったのはいいが、そのまましまい込んでしまって、しばらくの間、万年筆をを買ったことさえ忘れてしまっていた。ようやく思い出したのは、買ってからしばらく経った日の深夜だった。その晩はなんだか寝苦しく、眠れなかった。ふと万年筆のことを思い出し、私はいてもたってもいられずベットから這い出た。
初めての万年筆で何を書こうか、考えていたらやっぱりあなたの顔が浮かんだ。私は真っ白できれいな紙に、あなたへの手紙を書くことにした。
「 桜が散ろうとしています。いかがお過ごしでしょうか。
あの頃から一年経ちますね。この機会に私の気持ちをちゃんと伝えたいと思って、筆を取ることにしました。
あなたの正直な気持ちを聞いた直後は本当につらかったです。廊下であなたとすれ違うたびに胸が痛みました。時には恨めしく思うこともありました。
けれど今は違います。
あなたは私にいろんなことを教えてくれた。言葉では言い尽くせない、大切なことをたくさん。あなたと出会えて、あなたに恋をできて、本当によかったです。私は幸せでした。
あなたとの日々はつらいことも多かったけど、私にとっては宝物です。
こんな私に付き合ってくれて、本当に、本当に、ありがとうございました。
卒業して、これから私たちは別々の道を歩みますね。もう私たちが会うことはほとんどないでしょう。少し寂しいですが、これが私たちの正しい道だと信じてます。
どうか、素敵な恋をしてください。そして幸せになってください。私も頑張って幸せになります。
今まで、お世話になりました。ありがとう。
体にお気をつけて、お元気で。さようなら。」
書き終えて万年筆を置いた。ふと窓を見ると、カーテンの隙間から光が漏れていた。夜はもう明けたのだ。
私は手紙を丁寧に折って、白い封筒に入れて、それを机の一番奥のところへと仕舞いこんだ。
カーテンを開けた。朝日が燦々と降り注いで、私の部屋を明るく照らしていた。私はゆっくり深呼吸をして、伸びをした。久しぶりに清々しい朝だった。
最後まで読んでいただき、本当にありがとうございました。