夢の中
だけど、あなたからのメールはその後また途切れた。私はだんだん嫌な予感がしてきた。あなたが今回のデートに乗る気でないふうに思えたのだ。あの曖昧な返事のメールも気になった。そして背中を凍らせるような恐怖が日に日に増してきた。その頃から私は泣くことが増えた。自暴自棄になった。だんだんと日常が手につかなくなっていった。
再びあなたからメールが来たのは、デートの前日だった。少し遅いのではないか?とは感じたが、あなたは私との約束を忘れてはいなかった。私は少し胸をなで下ろした。あなたとメールのやり取りをして、映画に行くことが決まった。
遂にデート当日になった。その日は春とは思えないほど、とても寒かった。私は白いワンピースにコートを引っ掛けて、家を出た。
待ち合わせ場所に着いてしばらくして、あなたはやって来た。
あなたとは、電車の中、食事の間、二人だけでいっぱい話せた。実は私は、あなたのことをほとんど知らなかったと、初めて知った。あなたは文房具を集めるのが好きだとか、いろんな国の神話を知るのが好きだとか。少し変わってるな、とは思ったけど、そんなあなたもすてきだとも思った。好きな料理は冷製パスタ、姉が一人いて、お姉さんからよくいろんな物をお古で貰ったりする。
あなたは以前、合唱部に手作りのアップルパイを作ってくれたことがあった。それは手作りとは思えないほど、とても美味しかった。私はあなたと食事をしながら、そのおいしさをあなたに話した。するとあなたは恥ずかしそうに、
「そんな…、別に簡単だし…。」
と言ってはにかみながら少し笑った。そんなあなたは見たことなかった。私にはその笑顔が天使の微笑みに見えた。
あなたとのデートでは楽しいことがたくさんあった。だけど一つだけ、私の中で引っかかることがあった。あなたと手をつなぐことはできなかったのだ。ずっとあなたはニットのポケットに手を入れたままだった。私はせっかくだから、今回のデートでは手をつなぎたいと考えていた。「手をつなぎたい。」そう言えば良かったのかもしれない。でも、できなかった。あなたが、ポケットに手を突っ込むことで、私と手をつなぐことを拒否しているかのように見えた。結局、最後まであなたと手をつなぐことはできなかった。
帰り道、あなたと電車に乗っていた。車窓からは散りかけた桜の木の下で花見をする人たちが見えた。あなたは私に言った。
「春だから、花見もいいかな、と思ったけど、かなり散っちゃってるしね…。寒かったし、映画にしてよかったね。」
なかなかメールしてくなかったけど、いろいろあなたも考えてくれていたのだ。
私はあなたに言った。
「これから受験なんかで忙しくなっちゃうけど、少しでもいいから、これからも二人でいろいろ出かけたいね。」
「そうだね。」
あなたは微笑んでいた。
この瞬間が私にとって、あなたとの思い出の中で一番幸せだった気がする。
最後にお互いに手を振って別れた。手はつなげなかったけど十分幸せだった、自分にそう言い聞かせて私は帰路についた。
帰宅後、私はあなたにお礼のメールを打った。今日のデートの感謝、あなたへの思い、楽しかったこと、書きたいことがたくさんあった。なんとか分量を抑えてあなたへと送信した。私はあなたからの返信を今か今かと待った。…だけど、その返信が来ることは無かった。
あなたから返信がないまま、私たちは高校3年生になった。私はあなたについて考えることが増えた。何がいけなかったのだろうか。私の最後のメールが長かったのだろうか。あの日、何かまずいことでも言ってしまったのだろうか。…もしかしたら、そもそもあなたは私に興味がないのではないか。
けれど、あなたを信じたいという思いもあった。あの日、確かにあなたは楽しそうだった。私も、いろいろあったけど、やっぱり楽しかった。
様子を見よう、私は思った。もし、私の嫌な予感が間違っていれば、あなたから必ずコンタクトをとってくれるはず。そう、私は信じた。
けれど何もないまま、無情にも時は過ぎ去った。気が付けば、花が残っていたはずの桜の木は緑の葉で覆われていた。あれから3か月が経ったのだった。あの日のキラキラとした瞬間は、まるで一瞬の夢のように思えた。私にはもう、どうすることもできないような気がした。「自然消滅」、その言葉がぴったりだった。
気が付けば私は、あなたのことを忘れようとしていた。時間があなたへの不信感を強めてしまった。その不信感を拭うのはもう厳しかった。つらいけど、このままあなたとの関係は消えていってしまうだろう、私はそう思っていた。
そんな中、文化祭の季節が迫っていた。文化祭では合唱部も歌うことになっていた。それは私たちの引退公演でもあった。私とあなたは目も合わせず、音楽室で互いに黙々と練習していた。あんなに通うのが楽しかったあなたとの音楽室が、苦痛だった。
引退前日、私は同じ合唱部の親友と二人きりになった。私と親友は音楽室との別れを惜しむようにピアノにもたれて、雑談を楽しんだ。その中で、私はうっかりあなたのことを話してしまった。私の突然のカミングアウトに親友はやや驚いた様子だったが、笑うことなく私の相談に乗ってくれた。
「〇〇君、恥ずかしいだけじゃないの?」
「そうかなぁ…。」
「そうだよ、せっかく文化祭なんだから、もう1回誘ってみなよ。」
確かに私は逃げていただけかもしれない。私は決心した。
「久しぶり、しばらくメールできなくてごめん…。明日の文化祭、一緒に巡らない?」
メールにそう打ち込んで、あなたに送信した。
祈るような思いだった。私はあなたからのメールを信じた。でもやはりあなたから返信は来なかった。
次の日、引退公演直前、音楽室であなたと会った。ちょうどあなたと私と、親友の三人だけだった。
「あっ、忘れ物しちゃった!ちょっと取ってくるね。」
親友が音楽室から出ていってしまった。その表情は少しニヤニヤしていた。私とあなたに気を使ってくれたようだった。
二人きりになった音楽室。一気に空気が気まずくなった。だが何もしないわけにはいかなかった。この瞬間を逃せば、もうチャンスは永遠に巡っては来ないだろうから。
「ねえ、昨日のメール見てくれた?今日とか、都合合うかな?」
「あ…うん。見たけど、今日は知り合いが来るから…。」
あなたは私の目を見てくれなかった。歯切れの悪いあなたの返事は嘘だと分かった。
「…そっか。…なら仕方ないのね!ごめんごめん!」
私は気丈に振る舞い、それから唇をかみしめた。ほどなくして音楽室に沈黙が戻る。
文化祭が終わった次の日。私は一日中部屋でゴロゴロしていた。そしてあなたのことを考えた。もうだめだ。完全に終わったのだ。
けれど、いつまでも微かな希望を持ってしまっている自分もいた。もうけりを付けなければならなかった。
それから数日だろうか。ついに私はけりを付けることにした。
よく考えれば、すべてメールだった。最後ぐらい、会って話したかったが、ついにはそれもままならなかった。私はメールに思いを込めた。
「あのね、実は最近、〇〇君が考えていることが正直わからなくて…。だから教えてほしいんだ、ホントはどう思ってるか。私はあなたのこと、好きだよ。あなたは?」