Lv2.哀れな勇者を救え 第三章
「何がやり込みだ! 弱いまま物語を終わらせることに、何の意味がある! そんなものは自己満足でしかない! 見ろ、ここの連中を! 物語が終わった後も、弱いままなんだよ! ヒロインと結婚して、剣術道場を作って次世代の勇者を育てるなんてできるわけねえだろうが! 街の外にすら出れないんだ、俺達は!」
わなわなと震えるスラム街の住人達。ここではこのボス格が一番強いらしいが、それでもレベルはたったの5しかなかった。他にもよくよく見れば、俺が優勝したやり込みのイベントで入賞していた人のアバターがちらほらと。現実世界のプレイヤーがやり込みによって栄光を掴む傍ら、ゲームの世界ではこんなことになっていたとは。
「……あの、ところでここで一番弱い勇者……いや、勇者クレトをご存知でしょうか」
気まずい空気ではあるが、彼等は依頼人ではない。恐らくは依頼人は俺の作った最弱の勇者。アバターも俺そっくりに作ったから見ればわかるはずなのだが、辺りにはいない。
「クレト? ああ、あの弱虫ならいつもスラム街の隅っこで縮こまってら。あいつは本当に存在価値がねえよ」
「……ありがとうございました」
ボス格にペコリと礼をして、言われた通りスラム街の隅っこに向かう。この場所に入ってから感じていた負のオーラが段々と大きくなる。
「……いた」
薄汚れたスラム街の中ですら大手を振って歩けない、そこらの石ころのような勇者……いや、俺がそこにいた。ボロボロの服装はともかく、顔や体つきは俺そっくりだ。俺はこのキャラがやり込みで優勝して、雑誌に載って、名誉を得るのだと思っていた。いや、実際に得たんだ。学校でも話題になったし、賞品の最新ゲーム機だって手に入ったし、ゲームばかりしている俺ではあるが、何かを極めることはいいことだと両親にだって趣味を許された。黄龍だって俺のことをすごいすごいと言っていたんだ。
なのに。
「お前が、雨宮呉人か」
ラボちゃんがここの住人に対して死んだ魚の目だと評したが、彼はそれすら生温い。この世の全ての絶望を一人で抱え込んでいるかのような目つきを俺に向け、ゆっくりと立ち上がる勇者クレト。ふらふらと俺の前に立つと、
「死ねええええ!」
いきなり俺の顔をぶん殴ってきた。反応するラボちゃんとあーちゃんを手で制止する。だって痛みなんて感じないから。
「お前に! 俺の! 痛みが! わかるか!? わからないよなあ! だって俺は! こんなに弱いんだからなぁ!?」
何度も何度も俺の顔を攻撃してくる勇者クレト。しかし俺の体は鋼のようにビクともしない。当たり前だ、彼の攻撃力は、初期ステータスどころかゼロなのだから。
体は痛まないけど、心は痛む。そうこうしているうちに相手に限界が来たようで、殴り疲れてその場にバタリと倒れてしまった。HPは1だったか2だったか、初期ステータスでも3桁あるゲームにしては有り得ない数値だ。二周目から可能となる、『よわくてニューゲーム』を限界まで利用して、経験値も貰えないようにして、これ以上ないってくらい最弱にした勇者。それが勇者クレトだった。
「ゆうしゃのおにいちゃんかわいそう……」
「ていうかよくこんな勇者でゲームクリアできたわね」
「このゲームの戦闘はアクション要素も多かったから、理論上はノーダメージも可能だし、固定ダメージの術もあるし装備が結構強いから、攻撃力あんまいらないんだよね。物凄いセンスと労力が必要だけど、俺はそれを見事にやってのけたわけ」
倒れてしまって動かない勇者を前に呆れるラボちゃん。弱いゲームの主人公としてどこぞのアマチュア洞窟探検者や、投げられると爆発するペンギンさんがいるが、勇者クレトはそれすら凌駕するだろう。彼を使った俺が言うのだから間違いない。
「……くそ、皆俺を馬鹿にしやがって。それもこれも、全部お前のせいだ」
倒れ慣れているのか、何事もなかったかのようにムクリと起き上がる勇者クレト。
「すまない、勇者クレト。俺にできることなら何でもするよ。何をすればいい?」
「知るかよ、俺はとにかくこのクソッタレな現状を打開したいんだ。俺は頭も悪いんだ。どうすればいいのかとか、そのためにはどうすべきとかは、お前の仕事だ」
「曖昧な依頼人ねえ……」
現状を整理しよう。現状を打開したいと言っているのだから、とりあえず彼をそれなりに強くするという方向で考えよう。しかしそうなると、経験値が貰えないという特性が厄介だ。前回はモンスターがタラコ大魔王の仲間だという理由でレベリングを諦めたが、今回はそもそも戦っても彼は成長しないのだ。
「また、きのみたくさんたべる?」
「ドーピングアイテムか。この世界も実際のゲームの特徴を引き継いでいるなら、無限に手に入らないわけではない」
「このゲームも、プログラムミスがあるの? 真面目に世界を作って欲しいものね」
となると、あーちゃんの言うとおりドーピングアイテムに頼るしかないだろう。手が無いわけでは無い。というか、その手段はこの王都にある。けれど、相当な労力を必要とすることだろう。何故なら、
「……店売りなんだ。しかもかなり高価な」
「お金を稼ぐしかないってこと?」
「そうなるね」
経験値という麻薬に溺れた勇者くれと、申し訳ありません。これより我ら、金のために稼ぎます。
「ふぅ……今どのくらい?」
「確かドーピングアイテムが1つ1万するから、初期ステータスレベルに引き上げるには後半分ってとこだね」
「うー、つかれた……」
城の周辺で軽く稼ぎ、換金用のドロップアイテムをよく落とす敵を狩るために近場のダンジョンに籠る俺達。俺達のレベルもそれなりにはなってきているが、忙しく動き回らないといけないこの世界の戦闘はかなり疲れる。ぼーっとしていると敵が攻撃してくるし、ステータスがあがって多少動きやすくなっても動くのは俺達なのだから。
「ていうか、これでいいのかな」
「前の世界のことを気にしてるの? 別にいいでしょ、これは十分必要な稼ぎよ」
「そうじゃなくて。これで勇者クレトを強化して、根本的な解決になるのかって話。ゲームに限らずお話の世界ではね、力を求めるとロクなことにならないんだよ。それに、彼を満足させても、あのスラム街の連中はここに囚われたままだ」
「確かに、あの様子だと強くなったら復讐しそうね。じゃあどうするの? いっそのこと、彼、いえ、彼等を消滅させる?」
洞窟の中にテントを張って休憩しながら話をしている中、ラボちゃんが突如そんな事を言い出す。冗談で言っているのかと思ったが、真剣な目から察するにそうでもないみたいだ。
「そんなことできるの?」
「前の世界だって、勇者を消滅させたじゃない。魔王とか街の女の子とか、固定のキャラは消せないけど、依頼人とはいえあんな弱い勇者、その気になればスラム街の連中含めてサクっと殺れるわよ。確認のために言っておくけど、あなたはゲーム世界の住民に恨まれてるの。あなたの自業自得もあれば、関係ないのに恨まれてるケースもあるわ。前の世界みたいに問題を解決して和解するのも勿論手だけど、消せるなら消してもいいのよ? エクソシストだって、大抵無理矢理悪霊を成仏させてるじゃない」
「冗談でもそんな事言わないでよラボちゃん。あれは俺なんだ」
平穏な日常を取り戻したいのは事実だが、自分の罪を無理矢理消して解決する程俺は落ちぶれていない。しかしドーピングアイテムで彼を強く以外に策が思いつかず、休憩した後再び稼ぎの鬼となる。
「よし、とりあえずこれで初期ステータスまでは引き上げられるはずだ。一旦帰ろう」
「やっとおわった……ゆうしゃさまってすごいね、よわいのに、まおうたおしたんでしょ?」
体感20時間くらいは稼いだだろうか、まるでネトゲ廃人だ。まるでとは言っても、ネトゲをやったことがない。やれば本当に廃人になるのが目に見えているからだ。帰り道、げんなりした様子であーちゃんが勇者を褒める。コントローラーを握ってる時は実感が湧かないが、よく考えれば彼等はステータスに似合わない動きで敵の攻撃をひらひらとかわし、知能が低いのに的確に敵の弱点をついているのだ。勇者クレトだけでなく、あのスラム街の住民達も。
「お待たせ。このグミを食べれば、ステータスがあがるよ」
「……」
王都に戻り、スラム街とは逆に貴族の集う高級住宅地でドーピングアイテムを買った俺達は、勇者クレトの元に向かいそれを差し出す。すぐにグミにがっつく勇者クレト。貧弱でなくなったからか、段々と勇者の顔色がよくなってくる。
「へえ、見違えるように強くなったじゃないの。これで満足かしら?」
「……まだだ」
グミを食べ終えて本来の初期ステータスくらいまで強くなった勇者を前に、これ以上稼ぎをしたくないのかラボちゃんが問いかける。けれど勇者は首を振り、俺達を睨みつける。
「このくらいで、俺の恨みが晴れるかよ。何が強くなっただ、下の下が、下の中になっただけじゃないか。いいよなあお前等は、外に出て敵を倒しているだけで、そんなに強くなってよお」
気づけば稼いでいるうちに、俺達はかなり強くなっていた。この3人でラスボスに勝てるかと言われれば難しいけれど、ゲーム後半の敵でも普通に渡り合えるくらいには。一方でこの勇者は、最初の村周辺の敵と戦うのが精一杯。
「はぁ? 下手に出てれば調子に乗って。いくら依頼人と言っても、あまり欲張るようなら消滅させてあげてもいいのよ?」
「やめなよラボちゃん。……けど、誤解しているよ勇者クレト」
稼ぎという単調な作業でイライラしているのか、本当に依頼人を消しかねないラボちゃんを止めると、勇者クレトの肩を掴み、言い聞かせるように叫ぶ。ドーピングアイテムなんて、最初から必要なかった。俺はこの言葉を、伝えないといけなかったんだ。
「君は、強い!」
アマチュア洞窟探検者……スペランカーの和訳
投げると爆発するペンギンさん……プリニー。日本一ソフトウェアのマスコットキャラとしての地位を確立