Lv2.哀れな勇者を救え 第二章
俺達がやってきたのはいかにも主人公の出身ですオーラ漂うのどかな田舎町。このタイプのゲームは腐る程やってきたので、これだけではどのゲームの世界かわからない。
「さて、到着したわね。この世界は」
「待ってラボちゃん、俺に答えさせて。……ツインテールだね?」
「正解、よくこんな村でわかるわね」
感嘆するラボちゃん。回答の決め手は、村にいる女の子達がほとんどツインテールだったことと、低レベルクリアの思い出があるということだ。
ツインテール。人気RPG、テールシリーズの二作目で、その名の通り登場する女性がほとんどツインテールだ。ちなみに一作目のテールはポニーテール、三作目のトリプルテールは三つの三つ編みで、最新作であるナインテールはとうとう狐の女の子だらけになってしまった。
「そう、俺のやり込みデビューという記念すべき作品だ。主人公のアバターを設定するゲームのパイオニア的存在でもあるんだよね。ゲーム情報誌、ジャミ2の企画で、いかに低い能力でラスボスを倒せるかっていうやり込み募集があったんだけどさ、賞品である最新ゲーム機が欲しくて俺も参加してみたんだけど、なんと優勝。……って浸っている場合じゃないか。ラボちゃんのセリフから察するに、今回は全然稼がなかったのがまずいんだろう?」
「そうみたいね。詳しくは依頼人にあわないとわからないけど。今回の依頼人はどこかの城下町にいるそうよ」
「城下町か、多分王都グードンだね。結構遠いはずだけど、まあすぐに着くよ」
ラボちゃんとあーちゃんを連れて村を出て、そのまま北に向かう。
「あ! てきさんだ!」
「この世界の戦闘は複数対複数で、しかもコマンド式じゃないみたいね。さっくりお城までたどり着けるといいのだけど」
「逃げるよ」
しばらくして俺達の前にコボルトが徒党を組んでやってくる。戦闘態勢に入るラボちゃんとあーちゃんだが、その必要はない。俺は二人の手をとると、一目散に後ろに走り出す。
「ちょっと、逃げて大丈夫なの? 遠いんでしょ? 言っておくけど前の世界で強くなっても、この世界じゃまた初期ステータスよ。あなたはレベルがあがっても大して成長しない一般人だし、私達も序盤くらいの能力よ」
「平気だよ、城につくだけならね。このゲーム、逃走成功率100%なんだ。お城は遠いけど、道中にイベント戦はなかったから、エンカウントを全て逃げ続ければ辿り着くはずだよ」
例によって俺はともかくラボちゃんとあーちゃんはそれなりの初期レベルを持っているみたいだから、お城周辺の敵でも倒せるだろうし、先に依頼人の所に行ってから効率的な稼ぎをすればいいだろう。そんな訳で俺達は敵と戦うことなく平原を越えて洞窟を越えて、また平原を越えて王都にやってきた。
「すごーい! おおきい! なにこれ、おいしそう!」
王都に入るや否や目を輝かせ、近くにあったアイスクリームのお店の前で飛び跳ねるあーちゃん。あーちゃんの故郷も一応城下町だったはずだけど、昔のゲームだからか街というよりはキャンプ地も同然だった。けど、このツインテールはそれより10年以上後の作品で、グラフィックやら何やらが劇的に進化している。ずっと聞こえるBGMも、耳につくピコピコとした音楽ではなく、有名な音楽家が作曲した爽やかでずっと聞いていたい音楽だ。
「本当に大きいわね、私の故郷とは大違いだわ」
辺りを見渡してため息をつくラボちゃん。故郷?
「え、ラボちゃんの故郷ってどこさ。そもそもラボちゃんって、何かのゲームの世界から来たの?」
「……別にどうでもいいでしょう? それよりアイス買ってあげないの?」
ラスボスの精霊が出てくるゲームなんて今までプレイしたことがないはずだけど、ひょっとして記憶にないだけでラボちゃんもまた俺のプレイングの被害者なのだろうか。ラボちゃんについて詳しく聞こうとするもはぐらかされてしまう。さっきからずっとアイスクリームを物欲しげに眺めているあーちゃんにアイスを買ってあげようと懐を探るが、
「無一文だ」
「一回も戦闘してないものね……」
こんなところで戦闘を避けてきた弊害が出るとは思わなかった。今更外に出て戦うのも面倒だったので、自分の身に着けていた装備を売ってアイス代を稼ぐ。どうせレベル低いし、装備があっても大差ないだろうし。
「これおいしー!」
都のシンボルである巨大な噴水前のベンチに座って、しばしのアイスタイムを楽しむ俺達。傍から見れば家族のように……は流石に見えないか。
「気に入ったなら、元の世界に戻っても買ってあげるよ。……けど、二人とも現実世界じゃ何も食べてないよね、ひょっとして食べれないの?」
「どうかしら、何せ私達はアストラル体。人間が作ったゲームという本来架空のはずの世界の中で、永遠に年もとらず、反復行為を行うデータ。本来食欲も睡眠欲もないはずなの。この子がアイスを見て目を輝かせたのも、このキャラを作った人の頭の中にある、小さな女の子はこういう行動をするだろうという価値観によるもののはずよ。どうして現実世界に実体化できるのかとか詳しいことは、私もわからないのだけど。ゲームの世界なんだし、都合の悪いことは全部魔法とかで片づければいいんじゃない?」
「難しいことはよくわからないや。そうだ、この世界をクリアしたら遊びに行こうよ。折角こっちの世界に来たんだしさ」
ラボちゃんの話を聞いていると頭がおかしくなりそうだ。すんなりと現状を受け入れているつもりだけど、心のどこかでは只管に現実逃避している自分がいるのだろう。だっておかしいじゃないか、呪いとか、ゲームの世界だとか、わからないことだらけだ。大体どうしてゲームの世界の住人が不満とかの感情を持つんだ。ご都合主義にも程がある。けど、人生ってそんなものなのかもしれない。この今食べている、虹色で味のよくわからない、現実の自分に影響を及ぼすのかもわからないアイスクリームのように。
「でも私達、あなた以外の人間からすれば透明人間のようなものだからトラブルが起こりそうなのよね……それよりそろそろ依頼人の所に向かった方がいいんじゃないかしら、どうも今回の依頼人は、あなたにかなり恨みを持っているそうだから」
「そういうことは先に言ってよ……」
のんびりとこの世界を堪能している場合じゃなかった。ラボちゃんパワーで依頼人のいるであろう場所をおおまかに突きとめてその方へ向かう。行き着いた先は、
「……ここ、こわい」
「スラム街かあ」
豊かに見える国の暗部。貧しい者、虐げられし者の集うふきだまり。仲間キャラの出身地だったり、ボス的存在が主人公に絡んできて、倒すと協力してくれたりとRPGでは結構目にする場所ではあるが、世界有数の平和な国日本に産まれた人間としては、どうも実感が湧かなかった。こうして実際に? 踏み入れてみると、辺りから漂う負のオーラに身体が震えてしまう。
「確かこのスラム街、本来はヒロインの出身地でイベントが色々あるはずだったんだけど、締切とか容量とかの問題でボツになったらしくて、結局意味のない場所になってるんだよね」
「悲惨ねえ、うろついてる人達も、死んだ魚のようなのばっか」
「……今なんつった」
怖がるあーちゃんにしがみつかれながらスラム街を探索する俺達。ラボちゃんがげんなりしながらそこらへんにいる人達を見て率直な感想を述べると、聞こえてしまったのか辺りからスラム街の住民がぞろぞろとやってきて、あっという間に俺達は取り囲まれてしまった。
「ちょっとラボちゃん、ラボちゃんがトラブル引き起こしてどうするのさ」
「いや、あはは……」
「びええええええ!」
ラボちゃんを睨みつけるが目を逸らされてしまう。泣きだしてしまったあーちゃんの頭を撫でながらどうすれば切り抜けられるか、過去のゲームのイベント等から策を練っているうちに、ボス格? と見られる体型のアンバランスな男がやってくる。
「死んだ魚の目たぁ言ってくれるじゃねえか! おい兄ちゃん、ちょっと殴らせろや」
「あ、しかもとばっちりは俺ですか……」
俺も男だ、ラボちゃんやあーちゃんを守るためならカッコつけて騎士の真似事だってやりたいところだが、なんせステータスは初期だし、装備だって売り払ってしまった。つまり滅茶苦茶弱いのだ。そんな状態でこの怖そうな人たちにボコボコにされるのは、相当な痛みを感じそうだ。
「おにいちゃんいじめちゃだめー!」
ボス格に胸倉を掴まれたところで、あーちゃんがそう叫ぶ。俺をかばってくれるのは嬉しいけれど、駄目だよあーちゃん。下手に相手を刺激させたらあーちゃんにも危害が及んでしまうと心配していると、ボス格の動きが止まる。強面だけど小さな子には弱いとかそういうアレだろうかと考えていると、
「ひ、ひぃぃぃぃぃ! この子滅茶苦茶つええぞ!」
あーちゃんを見て怯え、後ずさり始める。確かにあーちゃんは何故か俺よりも初期ステータスが高いけど、強いか弱いかで言えば明らかに弱いはずなのに。
「こ、こっちの女なんかレベル15もある!」
「化け物だ……殺される……」
今度はラボちゃんを見て怯えだすスラム街の住人達。よくわからないが、危険は去ったようだ。
「どうもここの人達、皆すごく弱いみたいね」
「……そうか、わかったぞ!」
ホッとするトラブルメーカーのラボちゃん。一方俺は、ここの住民達の正体について考えていた。ここの人達、どこかで見たような気がする。住民のうちの一人、弱そうな細見の青年を見た時にパズルのピースが埋まった。
「あなた達、主人公ですね。弱いままラスボスを倒してしまった」
「……ああそうさ、俺たちゃ哀れな勇者様さ」
あーちゃんを見て震えているボス格の男にそう告げると、彼は忌々しそうにそう言った。
ツインテール……テイルズシリーズ。説明不要の国民的RPG。決してテイルは尻尾ではない