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ラスボス・クエスト  作者: 中高下零郎
Lv1.哀れな勇者との戦い
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Lv1.哀れな勇者との戦い 最終章

 水の神殿。魔王の城に行くために必要な海のオーブがある、どこにでもあるストーリーダンジョン。魔王が仲間だからか途中で敵に遭遇することなく、俺達はそこの最深部に来ていた。


「雨宮さん、ここに何があるというのですか? 確かにオーブを守るガーディアンは私の仲間ではありませんが、とっくに倒されていますよ?」

「ここです、この宝物庫。中央にあるオーブの他に、いくつか宝箱がありますよね。ここに各ドーピングアイテムがあるんです」

「ありますよねって、既に開けられてるじゃない。空っぽじゃない。馬鹿じゃないの?」

「ところがどっこい……」


 とまどう魔王と呆れるラボちゃん、話を理解できないのか首をかしげている女の子に勝ち誇った顔をすると、俺は既に開けられた宝箱に手を突っ込む。そして……


「え?」


 取り出したるは攻撃力をあげる木の実。驚くラボちゃんの前で、俺はそれをかじる。力が湧いてくる。そしてもう一度宝箱に手を突っ込み、木の実を取り出してかじる。


「宝箱は一回開けたら用済み……それがゲームの世界の常識だ。けれど、ゲームの世界ってのはね、プログラムによって作られているんだよ。プログラムを作るのは人間だ、ミスだってする。例えば、宝箱を開けて中身を取り出しても、空箱にならないとかね」

「それじゃあ……!」


 俺がゲームをクリアして数年後、ネットで見つけた裏情報。当時はきちんとデバッグとかをするべきだとゲーム製作者に憤っていたが、まさかこんなところで感謝することになるとは。高笑いしながら、何度も何度も箱から木の実を取り出す。


「木の実食べ放題だ!」




 一時間後。木の実パーティーと洒落こみ初めこそ成長していく自分達の能力に小躍りする俺達ではあったが、段々と木の実のまずさと満腹感で気持ち悪くなっていき、危うく吐きそうになる。


「もうやだ! これおいしくない!」

「吐きそう……この私が、ラスボスの精霊である私がいきなりゲロイン認定なんて、あってはならない……耐えろ、耐えるのよ私……!」

「し、しかし、これで私達の能力は飛躍的に向上しました。これなら、あの勇者にも……!」

「勝てる、勝てるんだ……!」


 体力も魔力も、攻撃力も防御力も、本来なら数十レベルの勇者に匹敵する数値。それが三人、いや、女の子も十分に能力があがっていて立派な戦力だ。壊れてしまった勇者と、四人のドーピングパーティー。まさに王道の戦いじゃないか!



 水の神殿から魔王の玉座に向かう途中で自然と木の実も消化して、勇者と対峙するころには丁度いい腹具合。


「皆、準備はいい?」

「ええ、今の私なら一人でも勇者に勝てる気がするわ」

「そんな事言わず、皆で彼を倒しましょう!」

「もちろんわたしもたたかうよ! あしでまといにはならないよ!」


 一度は完膚なきまでに叩きのめされ、大幅にパワーアップしてリベンジ。いいじゃないか、好きだぜ、こういう展開。哀れな勇者を四人で取り囲み、最終決戦の開始だ。


「飛燕魔鎌撃!」


 ドーピングの成果はしっかりと出ていたようで、最初に行動したのはラボちゃんだ。自分で考えたのかはしらないがダッサイ技名を叫びながら勇者を鎌で薙ぐ。体力は5%程度しか削れていないようだが、十分だ。


「経験値ぃぃぃぃぃ!」

「女子供を狙うとは見下げた勇者だ! パリィ!」


 次に行動するは憎き勇者。あろうことか女の子に斬りかかろうとする勇者だが、咄嗟に俺は女の子の前に立ち、見事なパリングをしてみせる。庇うとかそんなシステムこのゲームにはないが、既に無茶苦茶やってるんだ、ゲームの世界なんてぶち壊してやる。

 その後も勇者と死闘を繰り広げる俺達。四人がかりでも、決して勇者は生温い相手ではない。というより、俺が育てた勇者より明らかに強い。経験値を求めるあまり、負の感情をその身に宿してしまったのだろうか。しかし、俺達は押している。俺の的確な指示の下、確実に勇者を削って行く。途中から回復魔法を使ったり、防御をする勇者。複数相手の戦いで回復魔法を使ったり防御をするのは愚策ではあるが、それだけ彼も追い詰められているのだ。この好機、逃すわけにはいかない。イケイケムードで勇者の体力と魔力を削り、ついに勇者の体力も、魔力も尽きようとしていた!


「ガアアアアアアア!」


 ついに人の言葉すら話せなくなった哀れな勇者が、自棄になって俺の方へ突撃してくる。これで最後だ。


「はぁぁぁぁぁ……聖魔百裂斬!」

「ださっ!?」


 冷静さを失った勇者の剣なんて今の俺に当たるはずがない。ヒラリと身をかわし、俺は買い換えた鋼の剣で勇者の心臓をグサリと貫いた。斬ってないし一撃だけど。


「ア……? アァァァアァァァアア!!!!!」


 サラサラと崩れていく勇者。強すぎた勇者という世界のバグは、こうして取り除かれたのだ。







「本当に、ありがとうございました」

「いえ、自分の蒔いた種ですからね。……俺の方こそ、グラフィックが気持ち悪いとか思ってしまってすいませんでした。あなたは名作、タラコクエストのラスボスです。ゲーム史に残る、偉大な魔王として語り継がれていくでしょう。いや、俺が語り継ぎます」

「雨宮さん……!」

「タラコ大魔王……!」

「何この流れ……さて、これでミッションもクリア、そろそろ元の世界に帰るわよ」


 こうして世界は平和になった。魔王を倒すはずの勇者が倒れてしまったが、まあとにかく世界は平和になったのだ。手足のない魔王と握手ができなかったので、俺と魔王は熱い抱擁をかわす。戦いの中で芽生えた友情を理解できない可哀想なラボちゃんがそう言うと、段々と意識がぼやけてきた。


「……ゲーマーとして、俺は成長出来た気がするよ。それじゃあ魔王さん、お元気で。君もありがとう」

「またね!」

「雨宮さん、いや、勇者雨宮。今度出会う時は、良きライバルであることを望みます」


 魔王と女の子に手を振っているうちに意識が途絶え、気づけば俺は自室のベッドにいた。




「……夢?」

「夢じゃないわよ、さっきまでのは全て現実。いや、現実でもないけど」


 布団から起き上がった俺は今までのは全て夢ではないかと考えたが、すぐに部屋にいたラボちゃんにそれを否定される。時計を見ると、午後の5時になっていた。


「結構時間経ってるね」

「元々寝てたからね、あなた。あの世界での出来事は、せいぜい数分よ。とにかく、レベル1クリアおめでとう。でもこんなの序の口よ、今後も恐るべき試練が降りかかるわ。精々心を折らないように頑張る事ね」

「ああ、頑張るよ。ラボちゃんも手伝ってくれるんでしょ?」


 現実世界では体を動かしていないはずだけど、筋肉痛が物凄い。それに、あの世界で受けた痛みがたまにフラッシュバックする。でも、不思議と嫌じゃない。ゲーマーとして、好きなゲームの世界を実感することができたからだろうか。


「ま、しょうがないから手伝ってあげるわ」

「わたしもいるよ!」


 やれやれと言った表情でラボちゃんは俺に微笑みかける。その笑顔を、俺はどこかで見たような気がした。女の子も満面の笑みを寄越す。


「え?」

「は?」

「……?」


 あまりにも自然に存在する彼女に理解が追い付かず、ラボちゃんと顔を見合わせる。何かの間違いだともう一度その方を向くが、そこには女の子がきょとんとしているだけだった。


「ちょ、ちょっとラボちゃん、これどういうことさ!?」

「知らないわよ、こっちが聞きたいわよ!?」


 ラボちゃんがこっちの世界にいるのはわかる、最初からいたんだし。けれどこの女の子はタラコクエストの住民のはずなのに、どうしてこの世界にいるのだろうか。俺達が慌てふためく中、女の子はペコリと頭を下げる。


「おにいちゃんにおんがえしがしたいのと、いろんなせかいにいきたいので、まおうにたのんでこっちにきました!」

「ええ……?」

「ま、まあよかったじゃない。心強い仲間が増えて」


 仲間の加入イベントとしてはよくある話だが、実際に体験、それも小さな女の子を仲間にすると色々と複雑だ。まるで俺がゲームの世界から女の子を誘拐してしまったようではないか。



「呉人ー、弁当食べてないけど、アンタひょっとしてずっと寝てるの?」

「黄龍!?」


 突然部屋の扉が開き、黄龍が入ってくる。どうやら黄龍が家に入ってきたという最悪のタイミングで、俺達は帰ってきたらしい。女の子二人、しかも一人は明らかな幼女を部屋に連れ込んでいる高校生男子。しかも黄龍は多分俺の事が好き。恐ろしい展開になってしまうとガタガタと震えていたが、


「何よ、人を見るなり驚いて。やましいことでもしてたの?」

「いえ! 全然してませんが!」


 ラボちゃんと女の子をスルーして俺に話しかける黄龍。ラボちゃんの方を見るとOKサイン。どうやら普通の人間にはラボちゃんも女の子も感知できないとかそういう設定のようだ。


「まあいいわ、明日はちゃんと学校行きなさいよ。それとお土産届いてたわよ、はいこれ」


 黄龍に手渡された包みを開くとそこには高級マカダミアナッツ。咄嗟に木の実を食べ過ぎた思い出がフラッシュバックして吐きそうになる。


「ちょっと、どうしたの呉人。顔色悪いわよ!? 徹夜でゲームなんかするから……それとも長時間胃に物を入れてないからかしら、お弁当持ってくるわ」

「だ、大丈夫だ黄龍。お弁当は後で食べるよ。それより、これはお前にやるよ。木の実、好きじゃないんだ」

「いいの? ありがとう、遠慮なく貰っておくわ。それじゃアタシは帰るけど、安静にするのよ」


 部屋から出て行く黄龍を見送り、ほっと一息つく。ゲームの世界に、ラスボスの精霊。ついてきた女の子に、幼馴染。俺のゲーマーとしての平穏な日々はしばらくお預けになりそうだけど、いっちょこのゲーム、攻略してやろうじゃないの。


「……それでラボちゃん、このゲームのタイトルは?」

「ラスボス・クエストなんてどう?」

「いいね、燃えてきた。ゲーマー根性見せてやるよ」

「ふぁいと!」


 その場でガッツポーズをしてみせる。ラスボスクエスト第一話『哀れな勇者との戦い』、これにて完結!


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