Lv1.哀れな勇者との戦い 第一章
「……マジで、ここゲームの世界なの?」
「ええ、見覚えあるでしょ?」
教会から出た俺は辺りを見渡す。ゲームにありがちな、中世ファンタジー臭のする狭い街だ。ああ、道具屋がある。武器屋がある。宿屋もある。お城もある。自分の服装をよく見れば、簡易的な鎧を身に着けているし木刀も持っている。
「ドットの世界じゃないけれど、この街の配置、忘れるもんか。俺が初めてプレイしたゲーム、タラコクエスト……」
「そう、でも最初にプレイしたゲームで既に恨まれるようなことをするなんて、ゲーム向いてないんじゃないの?」
ニヤニヤと俺の隣で笑うラボちゃん。幼稚園の頃、父親が物置の掃除をしている時に出てきたゲーム機。懐かしがってプレイする父親を見て、自分もやってみたいとおねだりをして、そこから俺のゲーマーとしての人生がスタートした。俺にとっても思い出の作品だ。けれど……
「はぁ……美しい思い出のままでよかったのに、どうしてこんな事に」
「あなたが悪いのよ、自業自得よ。それともゲームの呪いで地獄に行きたい? 介錯してあげるけど」
「え、しかも地獄確定なの?」
一体デビュー作で俺が犯した罪とは何なのだろうか。それにしても、思っていたよりも冷静な自分に驚く。こんな展開、もっと驚くと思っていたのに、あっさりとそれを受け入れている自分が怖い。ゲームのやりすぎで頭がファンタジー寄りになってしまったのだろうかと、今更ながら自分の人生を後悔し始める。
「とにかく、まずは依頼人である魔王のところに向かうわよ。当然、魔王の所に辿り着くまでには敵と戦わないといけないから、自慢のRPG力とやらを発揮するのね」
「……え、俺が戦うの? 運動苦手なんだけど」
「大丈夫よ、ゲームの世界だから。いつもやっているみたいに、RPG感覚でコマンドをイメージすれば、自然と体が動くわ。それと、私も協力してあげるから。本来この世界の戦闘は1VS1なんだけど、まあチュートリアルってやつね。死んでも生き返ることができるし、ここでいくら時間を過ごしても現実世界じゃちょっとしか経たないから、楽しむつもりでやりなさい」
「さいですか」
大きなため息をつくと、とりあえず街の中をぶらつく。すると前方に女の子を見つけた。
「……お、あの女の子は」
だんだんと当時を思い出しながら女の子の方へ駆けていく。俺も男の子だ、ゲームの主人公としてファンタジー世界を駆け巡るのが嫌いというわけではない。現状を受け入れて、楽しんでやろう。
「何、あなたロリコン?」
「違うよ。……お嬢ちゃん、こんにちは」
「あ! ゆうしゃさま! わたしもゆうしゃさまについていく!」
ラボちゃんを黒髪にして幼くした感じの女の子に話しかけると、とてとてとその子は俺の後ろに回り込む。そのままその辺をぶらぶらと歩くと、その子も後をついてくる。
「へえ、子供に好かれるのね、あなた」
「違うよ。ていうかラボちゃん、このゲームのこと詳しくないの?」
「詳しくないわよ。私はこのゲームの住民じゃないし」
「そうなんだ。じゃあ教えてあげるよ、この女の子は話しかけると、街限定だけどこうして後ろをついてくるんだよ。そしてそのまま宿屋に泊まると、店主にゆうべははげしかったですねって言われるというムフフなイベントが起きるんだよね。当時の俺は意味がわからなくて父親に聞いてはぐらかされたもんだよ、懐かしいなあ」
得意げにラボちゃんにゲームの知識を語る俺。相手の知らない知識をこうやってひけらかすのは嫌いではない。小学校の頃も、黄龍にゲームの攻略情報とかをペラペラと喋って、すごーいと尊敬されていたものだ。
「……それで、あなたまさかそのイベントを今からやろうとしてるんじゃないでしょうね? 私の前で、その小さな子と」
「そんなわけないじゃないか、でもちょっと興味はあるなあ」
「ゆうしゃさま! ゆうしゃさまとおふとんでまくらなげしたい!」
「ほらこの子だって枕投げがしたいって……ってあれ、ひょっとしてイベントって枕投げなの?」
ゲームの世界に入ってわかる衝撃の事実。当時は純粋な疑問を浮かべていた俺も、年をとるにつれて勝手に邪推するようになってしまったということか。
その後道具やら装備やらを買って、女の子に別れを告げながら街を出る。
ゲームをやっている時は上から見下ろす形で見ていた世界だが、自分の足で踏みしめるというのも、なかなか乙だ。いよいよ俺の冒険が始まるんだという感じに、少年の心を奮い立たせてくれる。
「まさにファンタジーって感じだね……」
「感動しているところ悪いけれど、後ろ」
少年の目をしていた俺の隣で困惑しているのか後ろを指差すラボちゃん。何事かと後ろを振り向くと、
「はやくぼうけんしよう、ゆうしゃさま!」
「あ、あれ?」
そこには街で別れたはずの女の子が、しっかりとついてきていた。
「ま、待ってよ。なんで君がここにいるの。街から出たら元いた場所に戻るはずじゃ」
「あー、ひょっとして私のせいかも。本来このゲームは一人旅専用なんだけど、私がついていくために無理矢理複数パーティー可能にしたから」
「はぁ? ちょっと、こんな小さな女の子連れて冒険しろって言うの?」
「本当に申し訳ないわ。でもこの子なかなか強いみたいだし、このままついてきて貰えばいいんじゃないかしら」
「強いって……うわ、頭の中にステータスが浮かんできた。本当だ、レベルが10もある」
強いというフレーズに反応したのか、頭の中に俺達のステータスが浮かび上がる。俺はレベル1、ラボちゃんはレベル15で攻撃呪文を色々覚えていて、女の子もレベル10あって回復呪文を覚えている。
「あれ、ひょっとして俺がお荷物?」
「ついでに言うと、あなた勇者じゃなくて一般人だから、多分レベルがあがってもあんまり強くならないわよ」
「えっ……」
確認するように自分のステータスを見ると、確かに職業の欄には勇者ではなくゲーマーと書いてある。ラボちゃんは死神で、女の子は僧侶らしい。
「ゆうしゃさまはわたしがまもるよ!」
「勘違いしたままだし……あ、あれって敵?」
自分を勇者だと勘違いして目を輝かせている女の子に罪悪感を感じていると、前方にプニプニとした生き物を発見する。最早ゲームの世界では最弱の敵として認知されてしまったスライムだ。
「一度やってみたかったんだよね、RPGの戦闘って。よし、行くか!」
気づけば興奮して、木刀を握りしめ、ヒーローっぽいポーズになる俺の姿。すごくわくわくする。俺の眠れる闘争本能が目を覚ましたのだろうか、さあ、俺の戦いがいよいよ始まるんだ!
「ほいっと」
脳内でコマンドを選択し、スライムに向かって走り出す俺であったが、気が付けばラボちゃんがスライムを持っていた鎌で薙ぎ払い、一撃で倒してしまった。
「……」
「序盤の敵だから、やっぱ弱いわね。とりあえず、どこに向かえばいいの?」
「えーと、北の方に町があるはずだから中継点としてそこに行こう」
助けてあげたわよと言わんばかりの笑みをこちらに寄越すラボちゃん。確かにスライムとは言え、貧弱な男子高校生が木刀で倒せるのかは不安だったが、どうも釈然としない。
「……つまんねえ!」
「いきなりどうしたのよ」
「ゆうしゃさま、ふぁいと!」
魔王の城の前で地団駄を踏む俺。それもそのはず、予想以上につまらないのだ。まず戦闘。レベル差のせいでラボちゃんや女の子よりも行動が遅い上に敵は1体しか出てこないため、序盤は何もできないまま戦闘が終わってしまう。しかも三人パーティーなためか経験値が分散されているらしく、全然レベルがあがらないし、レベルがあがってもあまりステータスがあがらない。そして中盤以降は完全に俺がお荷物状態。
「すけとうだらとの闘いは!? 伝説のたらこを探すイベントは? 人魚とのロマンスは?」
「あなたは主人公じゃないもの、しょうがないでしょ」
そしてイベント。ラボちゃんの言っている通り、俺は主人公ではないらしく、この世界には俺とは別個に主人公が存在して、そいつがイベントをこなしていったらしい。だから中ボスを倒すとか、結界を壊すとか、魔王の城に行くためのイベントは全て完了しており、ストレートに魔王の城までたどり着くことができた。爽快感が全くない。
「ていうかBGMがうるせえんだよ!」
そして地味にいらつくのがBGM。街の中でもフィールドでも戦闘中でも、常に音楽が聞こえるのだ。ゲームをやっている時はそれが当たり前だと思っていたが、実際にこうしてゲームの世界に立つと、かなり神経を削がれる。
「まあまあ、もうすぐ魔王とのご対面よ」
「はぁ……はぁ……そうだ、魔王だ、ラスボスだ。ラスボスを倒した時の達成感、あれに勝る脳内麻薬はないからな、くくく……」
魔王を倒すという使命に燃えながら、三人で城の中を突き進む。レベルはかなり適正よりも低いが、流石に三人もいれば苦戦はしない。といっても、俺はお荷物状態でたまに壁として敵に攻撃されて痛い思いをするだけなんだけど。
「ついに辿り着いたね、この扉の向こうに、ラスボスであるタラコ大魔王がいるんだ。皆、準備はいい?」
「うん! わたしはいつでもおっけーだよ!」
「私も大丈夫だけど、何か勘違いしてない?」
「よっしゃあ、行くぞおおおおおお! 勇者呉人、正義のために参る!」
流石はラストダンジョン、敵も強いが経験値も高い。気が付けば俺のレベルもそれなりになっていて、ステータスは全然あがっていないが強くなった感をひしひしと感じる。
そして迎えた最後の扉。意気揚々と扉を開け、名乗りをあげて中に入る。ついに、ラストバトルが始まるのだ!
タラコクエスト……ドラゴンクエスト。説明不要の国民的RPG