無双の始まり
ギルドで依頼完了を告げ、カードを渡すと、ギルドカードの"ゴブリンの討伐 受注"が"ゴブリンの討伐 成功"に変化していた。うお、たかがゴブリンなのに達成感があるな。なんか悔しい。
魔法石買い取りカウンターに行き、五個の魔法石を売り飛ばす。ゴブリンの魔法石は質が悪いので安いそうだ。一個100ゼニー。五個で500ゼニーだった。
つまり今回の依頼で手に入れた金額は依頼報酬の300ゼニーと合わせて800ゼニーだ。
それに残金の300ゼニーを加えて、全財産は1100ゼニーとなる。地球じゃあ結構金持ちだったのにな……。
「なあ兄ちゃんよ」
金を魔法袋に入れていると、買い取りカウンターのギルド職員が話しかけてきた。ちなみに姉さんの方ではない。
「何だ?」
「あんたその格好…………まさか防具もつけないでゴブリン討伐に行ったのか?」
そう言われて自分の身体を見やる。ただの黒のロングTシャツ、ジーンズにスニーカーだ。防具も糞もついてない。
なるほど、確かに防具は基本だよな。すっかり忘れてたけど。
自動小銃を相手にしてると防具なんか意味をなさないから、つい忘れちまうんだよな。
「まあそうだな」
「それなのに無傷か。Fランクのくせにやるなあ兄ちゃん。期待できる新人だ」
「そりゃどうも」
「だが防具は着けておいた方がいいぞ? 魔物の攻撃を生身で喰らえば骨折じゃすまねえからな」
「忠告ありがとな。そうしとくよ」
職員のおっさんは俺の身体を眺めてから、
「まあ鍛えられた肉体してるもんな。新人は魔力を纒うコツ掴めなくて魔物が倒せないことも多いんだが……。ゴブリンクラスを倒したってことは"身体強化"は使えるんだろう?」
期せずして、チャンスが来た。やはり"身体強化"というからくりがあったようだ。これを習得するためにしっかり聞いておかないと。
◇
「ありゃ怪物だ」
長々と話をした青年が手を振ってここから出ていくのを見ながら、ギルド職員のおっさん、ジムはぽつりと呟いた。
あれだけ体格が良く、鍛え上げられた身体をしているのに、魔力を纒う"身体強化"はできないという。いや、正確にはできなかった、だ。
話の中でコツを伝えると、あっさりとモノにしてみせた。普通、魔力を活性化させる感覚を掴むのですら1ヶ月はかかると言われているのに。
しかも、纒った魔力は凄まじかった。そばにいるだけで恐怖を感じるほどに。
魔力を身体に纒うのが"身体強化"であり、その量は肉体が鍛え上げられているほど多く纏える。
"身体強化"によってどこまで強化できるかというと、まず肉体を鍛えて、纏える量を増やす。
次に纒う魔力を凝縮させ研ぎ澄ます。するとさらに強化できる。
…………まあ強化しすぎても、感覚や思考が身体に追いつかなくなるのだが。
普通はその順序を踏んで、平均の"身体強化"の出力をようやく生み出せる。これによって魔物と同等に戦うことが可能になるのだ。
だが、あの倉橋一也という青年は違った。
コツを掴んだ時点で既に彼の"身体強化"の出力は平均を遥かに上回っていた。
肉体が鍛えられているから、初めからある程度の出力は出るだろうとジムも思っていたのだが、その予想よりも遥かに上だ。
それは多分、魔力の質が関係しているのだろう。
ジムはセシルと仲が良い。今日の朝、セシルから一也の話をたまたま聞いたのだ。
彼は、宮廷魔術師クラスの魔力量があると。
ならば確かに、纒う魔力がすでに凝縮され、研ぎ澄まされているのも道理である。ジムは驚愕をどうにか跳ね除けて一也との会話を続けたが、普通は習得に半年以上かかるものを一瞬で習得したのだ。驚愕するのも仕方がない。
しかし再びジムはある事実に気づき、驚愕を禁じえなかった。
要するに彼は、"身体強化"を使わずにゴブリンを五体倒したのだ。それも、無傷で。
"身体強化"をしない人間が魔物に勝てる道理などない。だからこの世界の人間は成人する頃にはかなりの数の人間が"身体強化"を習得している。それ自体は時間さえかければ誰にでも扱える魔術だからだ。
だが冒険者になったばかりの新人にはたまにこれが使えない奴もいる。
それで一度魔物と戦って、通用しないことを痛感すると、"身体強化"の訓練を開始するのだ。
強化せずに魔物を倒す事例などほぼ聞いたことがない。
「ありゃ怪物だ」
だからこそジムは、もう一度噛みしめるように呟いたのだった。
◇
…………14体目!
怒り狂って襲いかかるゴブリンやコボルトを神速で振り抜かれる剣が一切の容赦なく断罪する。
…………15、16、17!
ゴブリンは何とか棍棒で反撃するが、圧倒的な魔力で覆われた肉体はその攻撃を意にも介さない。
そこへ、縄張りを荒らされたことに怒る、一匹の魔物が現れた。
戦狼。
Bランク相当の魔物。この森で2番目に強い魔物だ。
格の違う威圧を放つ狼が怒りの咆哮を上げる。
その間に、俺は一瞬で戦狼に肉迫した。狼が驚愕を見せる間もなく全力で蹴り飛ばす。狼は五メートル以上も吹き飛び、木に叩きつけられる。
だが、目の光は消えていなかった。
俺が剣を構えて大地を蹴るのと同時に、奴は一歩踏み出し、決死の咆哮を上げながら爪を振るってきた。
金属が擦れ合う音が炸裂する。鍔迫り合いに似た光景。だがその均衡も即座に破られる。
力押しで再び木の幹へ狼を叩きつけると、下段に下がった剣を全力で振り上げた。
狼を両断し、血しぶきが舞う。同時に前方の木が崩れ落ちた。何度も叩きつけられたので、耐えきれなかったのだろう。
後方からゴブリンたちが迫ってくる。これだけの実力差を見せられてもなお。
そして俺は、襲い来る魔物の群れを殲滅した。
◇
…………やりすぎた気がする。いやまあ、今更言っても遅いんだけども。
ギルド職員のジムさんから"身体強化"を教えてもらった俺は、テンションが上がるあまりにそのまま森へと繰り出してしまった。漫画みたいな動きができることが嬉しくてつい暴走しちまったぜ。
…………この死体の群れ、どうしようか。
このまま放っておけば再び、血の匂いを嗅ぎつけた魔物が近づいてくるだろう。そもそもさっきの状況はそれによって出来上がったのだ。それは流石に面倒くさい。戦狼クラスの魔物が何体も出てくれば多分死ぬし。
さっさと魔法石と討伐証明部位を剥ぎ取って帰ろう。
森だから死体は魔物が食べてくれるだろうし。
ゴブリン28体
コボルト16体
ボブゴブリン3体
リザードマン1体
戦狼1体
これが今日の戦果だった。ちなみにこの前に狩ったゴブリン5体は除いてある。よくもまあ血の匂いに誘われてこんなに集まるもんだ。
集めた魔法石と討伐証明部位を魔法袋に次々と入れていく。こんだけごろごろと入れてもまだまだ底が見えない。本当に便利な品だな。銀貨一枚じゃ安いくらいだ。
ちなみに戦狼とリザードマンの討伐証明部位は知らなかったので適当に耳とか尻尾とか狩っておいた。
これは帰ってから知ったのだが、戦狼の毛皮は高く売れるらしい。惜しいことをしたな。
そもそも俺は素材買い取りカウンターの存在すら知らなかったからな。素材など全く集めなかった。なんか損した気分。
さて、じゃあ暗くなってきたし帰ろう。"身体強化"は使ってるだけで魔力を消費するから疲れるなあ。ところで俺の魔力量の底が分からないのは、俺が未熟だからだろうか? それとも本当に底が見えないのだろうか?
などと考えながら、俺はライラの街に帰り着いた。