魔眼の力
小腹を満たした俺たちは酒場兼ギルドから外に出た。いやーしかし暴れ豚の串焼きは美味かったなあ。この街の北側の森に出現するらしい。今度狩ってみようかな。残金は900ゼニーだ。少々不安が残る金額だが、いざとなれば草原でリザードマンでも狩ればいい。で、目下最大の問題はというと……宿か。
「なあセシル」
「何です?」
「いい宿屋知らないか?」
「この街はそれほど大きくはないので3つしかないですよ。1つ目は激安亭。名前の通り安いですけど、ボロいし狭いし部屋に鍵もついてないのでおすすめしません。
二つ目は冒険亭。僕はここがいいと思いますよ。値段も600ゼニーで朝食つき。お得ですし。
高級亭は僕が使ってますが……高いですよ?」
「よし、冒険亭に決定だ。どこにある?」
「ギルドの裏手ですね。曲がればすぐですよ」
「なるほど」
「じゃあ僕もそろそろ高級亭に戻ります。ギルドで遭ったらよろしくお願いしますね」
「ああ。重ね重ねありがとな」
茶髪の少年が手を振りながら通りへと消えていく。『魔眼』と呼ばれる冒険者セシル・バーニー。しかしまあいくら性格の良い少年だといっても、あれが打算なしの行動だとは少し考えにくい。
話してても彼の狙いは分からなかったなあ。
まあ『借り』は返す、と明言しておいた。お前にどんな打算があろうと、これだけの親切を受けた以上返すと。だからセシルの狙いはそのうち分かるだろう。今はそんなに気にすることでもない。
とりあえず冒険亭に向かうか。そう考えていたときだった。
「おい、そこの変な服着た兄ちゃん」
「あ?」
不機嫌そうな声をかけられた。思わず返しが険悪になる。相手は複数だったが、俺が睨みながら答えを返したので怯えたようだった。
話しかけてきたのは犬? の獣人の兄ちゃんだ。奴の周囲にも二人いて、俺を睥睨している。
「なあ、アンタどうやって『魔眼』に取り入ったんだ?」
「俺はこの街に着いたばかりの新参だ。悪いが『魔眼』なんてもんは知らんぞ」
「まあアンタが新参なことは分かるが……とぼけるなよ。セシル・バーニーだぞ。『魔眼』の異名で知られるA級冒険者だ」
「本人は新人冒険者って言ってたけどな?」
「奴自身はいつもそう名乗る。まあそれも間違えじゃねえ。奴が冒険者になってから2年も経ってねえしな」
「へえ」
「だが奴が誰かと組んだなんつー話は同じAランクでもない限り聞いたことがねえ。他の奴じゃ大概断られる。Cランクの俺でもだぜ? だから新人も新人なアンタが取り入った方法を聞きたいんだよ」
「そりゃお前俺も分からん。ぶっちゃけお前らと似たような絡み方だったと思うぞ」
「今みたいな感じか?」
「ああ全くおんなじ。ヤーさんの絡み方で行ったぜ?」
「ほえーって、ヤーさん?」
「何でもねーよ気にすんな」
などと犬獣人のアホとアホなやりとりを繰り広げていると、今まで傍観していた無精髭が目立つおっさんが声をかけてきた。
「ほれ、気が済んだかぁスコット?」
「いやまだ……」
「どっちにしろ無理だと思うがなあ、お前があいつと組むのは」
「しかしライドンさん…………」
「『あれ』の討伐のためには必要だと?」
「そうだ!」
「…………どういう事情だが知らねえが、アイツの腕が必要なら直接素直に頼みこんだ方がいいと思うぜ?」
ライドンというらしきおっさんとスコットの犬獣人の会話に口を挟む。
「じゃあ俺は帰る。せいぜい頑張るんだな」
面倒だったので強引に話を打ち切って、俺は再び宿屋へと向かった。
◇
(とんだ怪物だなあ)
セシル・バーニーはニコニコと笑っていた。
彼は別に、一也に悪意を持って親切にしたわけではない。
しかし、根っからの善人だというわけでもない。
では、なぜか。
(あの魔力量は尋常じゃない。とりあえず仲良くなっといた方が吉だろう)
セシルは『魔眼』を持っている。その効果は、目があった相手に幻覚を見せるという優れた力だが、もう一つ効果がある。
相手の魔力総量を見抜く力だ。
一也の魔力総量は低く見積もっても一国の宮廷魔術師クラス。
魔力総量だけが戦闘力を決めるわけではないが、多い方が確実に有利なのも事実である。
この世界の戦いには必ず魔力を使う。
ただ剣を使って戦うだけでも"身体強化"を使わなければ魔物と打ち合うことすらできない。
…………一也は使っていなかったが、彼は戦闘経験と銃の威力で強引に何とかしただけである。参考にはならない。
話がそれたが、だからこそセシル・バーニーは親切にしておいた。
いつもは自分と同クラス以上のの実力者じゃないと話すらしない彼が。
(魔物に追われたとか言ってたけど、いったい何者なのかなあ彼は。冒険者のことや貨幣単位すら知らないみたいだったし)
セシルは、一生分からないであろう問に答えを求めながら、宿屋の扉をくぐった。