冒険者へと
俺は酔っぱらいの寄りかかる街門をくぐると、そのまま夜の街をぼんやりと眺めた。
人で賑わっていた。地球でいうなら繁華街みたいな光景だ。
革の鎧を纏った戦士っぽい人から商人風の眼鏡の男までいろいろな人が、がやがやと話しながら通りを歩いている。
俺は街の人たちと比べると格好が異質だったが、夜の影響で大した注目はされていない。
たまに視線を向ける者もいるが、物珍しそうに見るだけだ。少し経つと興味が失せたのだろう、裏道などに消えていく。
まあ白Tシャツにジーンズなんてそこまで気にかける格好でもないだろう。
さて、ここでまず気になるのは、こいつらが喋っているのが日本語であることだ。
いや、正確には違うだろう。
彼らはおそらく日本語ではない、この世界の言語で話している。それが、俺の耳には日本語として流れているだけだ。
彼らの日本語に混じる僅かな違和感。俺はそれを感じ取っていた。
おそらくは魔法だか魔術だかの一種。多分フリーラが使ってくれたんだろう。 まあ言葉の通じない世界でどうやって生活するのだ、という話ではあるが。
まずはこの街で金を稼ぐ手段を確立する。そのためには、情報収集が必要だ。どっかにカモっぽい奴いないかな。
「お?」
ちょうど良さそうな奴を見つけた。茶髪で優しそうな顔の少年だ。背も低い。剣を持っているのは気になるが、魔物なんている世界だし不自然でもないだろう。
彼は今メインストリート? と思われる通りを1人で歩いている。
「なあ少年」
呼びかける。少年は振り向き、背の高い俺を見て少し怯えた表情を……しなかった。
「なんでしょう?」
「俺はこの街についたばかりでな。ちょっと聞きたいことがあるだけだ」
一見カモっぽかったがよく見ると身体には筋肉がしっかりとついていて、戦闘の心得があることが分かる。
失敗したか? と思ったが優しい少年で何よりだ。
「はあ…………そうなんですか」
「まずは、そうだなこの街はどこの国のなんて名前の街だ?」
通りを並んで歩きながら尋ねる。
「ここはライン王国のライラの街ですよ。ライラ大草原に位置するので」
「ライン王国ねえ」
「あの……あなたはどこから来たんですか? この街のこと知らないってわけじゃないですよね?」
「いや、俺はアホみたいに強い魔物に追われてな。そこから迷った末に大草原に出てここに辿り着いたんだ。だからここがどこなのかすら分からなくてな」
「はあ、なるほど」
咄嗟の嘘だが通用したようだ。
「でさ、そのせいで金も失くしちまったんだ。なんか手っ取り早く金を稼げる仕事を教えてくれないか?」
「うーん……お兄さん強そうですし、やっぱり手っ取り早くっていうなら冒険者じゃないかな」
「どうすりゃ冒険者になれる?」
「通りの向こうに冒険者ギルドがありますから、案内してあげますよ」
それは助かる。しかし冒険者ギルドか。異世界系の小説などではよく見る設定だ。俺も少しは読んだことがある。つくづくテンプレな世界だなあ。
「そういや名前聞いてなかったな。俺は倉橋一也だ。お前は?」
「クラハシカズヤさんですか? 珍しい名前ですね。僕はセシル・バーニーです。新人の冒険者ですよ」
「ほー。俺は姓が倉橋で名前が一也だから間違えるなよ。一也でいい」
「分かりましたカズヤさん」
「いろいろありがとうセシル。この借りはいずれ返す。じゃあ、行こうか」
「はい」
話す前と比べれば大分態度が和らいだセシルに安心しながら、俺はギルド目指して歩いていった。
◇
「ここか」
俺の目の前にある建物は冒険者ギルドの看板をぶら下げた酒場だった。石造りで2階建ての上横幅が広く、多くの人が入れるようになっている。看板は傷んで文字が掠れていて、このギルドの年季を感じさせた。
開いた入り口からは革鎧の剣士や重装備の槍持ったおっさんやら弓を背負った綺麗な顔の姉さんなどいろいろな人が見える。
「じゃあ入りましょうか」
セシルが先導しながらギルド兼酒場と思われる賑やかな建物に入って行く。
その瞬間、喧騒がぴたりと止んだ。俺は気になって内緒話を展開し始める者達に耳を傾ける。距離は遠いが俺の耳ならば盗聴は可能だ。
「おい……『魔眼』のセシルが仲間連れてんぞ」
「セシルとパーティ組むのがどんだけ難しいと思ってんだアイツ」
「黒髪黒眼か。このへんじゃ見ない顔だな。でも強そうだ」
「強くなきゃセシルとは組めねえだろ。セシルも見た目は弱そうなんだがなあ」
ふむ。つまりはセシルはこの冒険者ギルドで一目置かれる存在。その上普段はあまりパーティを組まない強者なわけか。見た目がカモっぽいから適当に話しかけたんだが……強かったとは意外だ。いや剣持ってたし、多少は戦えることは分かってたけど。『魔眼』のキーワードも少し気になるな。
などと考えているとギルドの窓口に辿り着いた。セシルが女性のギルド職員と少し話していると、凍りついた空気は少しずつ戻り始め、やがてもとの喧騒を取り戻した。ちなみにセシルは自分が入ったことで空気が凍っても居心地悪そうにするだけだった。まあ自分を紹介するときに新人冒険者と謙遜しているような奴だしな。
「カズヤさん」
などと考えていると、セシルが俺を手招きした。近づくとギルド職員が話しかけてきた。
「事情は把握しました。今から冒険者ギルドの登録を始めますね」
「ああ、頼む」
「ではまず冒険者ギルドのルールを説明します。えーー」
要約すれば、まず冒険者にはランクがある。ランクはF、E、D、C、B、Aと上がっていき、上に上がるほど実力が高く、依頼も危険なものになっていく。
Sランクというほんの一握りしかいない実力者もいるらしい。ただランクが高いからといって要求ランクが高い依頼ばかりを受けなくても良いらしい。
だがランクが低い者が高いランクの依頼を受けることは基本出来ないようだ。パーティを組んでいる場合を別として。
ランク昇格の条件はそのランクでのある程度の実績と、ギルドの提示する試験
に合格することが必要らしい。
基本的に戦いを含む依頼ばかりなので注意が必要。命は保証しない、だそうだ。
なお依頼の報酬の一部はあらかじめギルドが仲介料としてもらっているそうだ。
ランクがA以上になるとギルドがいろいろと優遇するサービスもあるらしい。
ランクがDを超えないと人間の護衛などの依頼は受けられないらしい。信頼度が低いからだろうな。
ギルドカードはランクごとに枠に色がつけられていて、Fが茶、Eが緑、Dが赤、Cが青、Bが黄色、Aが銀色、Sが金色らしい。
と、まあこんなところだろうか。まあ概ね小説や漫画の通りである。
「ではこのギルドカードにあなたの血を垂らしてください。それであなたの情報が表示されます。これは登録後あなたの身分証明書になるのでなくさないようにしてください」
「了解した」
手持ちのナイフで指を軽く切りつけ、ギルドカードに血を垂らす。すると長方形で真っ白だった、ただのカードが光り、文字を映し出した。枠が太く茶色く染まっている。Fランク冒険者の証だろう。
ギルドカードを見る。不可解な文字で書いてあって読めなかった。翻訳できないかな……と思っていると一瞬、空間が歪んだと思えば文字が日本語に変わっていた、そういうふうに、俺の目には見えていた。フリーラの細工だろう。奴も案外暇だな。ギルドカードにはこう書かれている。
ギルドカード
ランク F 依頼受注記録
名前 倉橋一也
年齢 23歳
性別 男
種族 ヒューマン
この者が冒険者ギルドに所属する冒険者であることを証明する
カードの左側の依頼受注記録の下には多分、本来なら依頼の成功やら失敗やらが書き記されるんだろう。俺はまだ何の依頼も受けていないから何も書かれていないが。
「はい、登録は完了です。依頼を受けるときはこのカードをご提示下さい」
「ああ。ありがとな」
ギルド職員の元を離れ、セシルの姿を探すと、酒場のテーブルの一つに腰を落ち着け、俺に手を降っていた。
「登録完了したみたいですね」
「ああ。何から何まですまねえな」
「いえいえ」
セシルのもとへ近づき、向かいの椅子に腰掛ける。そこそこ賑わっている酒場なので、セシルの二つ隣ではもうおっさん達が酒を飲んでいる。酒臭いな。
「何か頼みます? 僕はもうお酒とつまみを頼みましたが」
いかにも未成年なこの少年が酒を頼んだことに少し驚いたが、ここは異世界なことを思い直す。
「ああ~そういや金がないんだよな」
「うーん…………ここに来る途中に魔物を一体くらい倒してませんか? 魔法石の買い取りは向こうのカウンターでやってると思いますが」
それを聞いて、俺は魔物から剥ぎ取ったあの綺麗な宝石を思い出した。背負っていたリュックサックから二つの宝石を取り出す。
「魔法石ってこれのことだよな?」
「はい。魔物を狩るときは必ず剥ぎ取った方がいいですよ。綺麗だし用途も色々あるので高く売れますから」
「さんきゅー。早速売り飛ばしてくる」
魔法石買い取りのカウンターで職員に魔法石を見せると、リザードマンから採れた魔法石が600ゼニー、デカ猪から採れた魔法石は800ゼニーで売れた。
この世界の相場が分からないので高いのか低いのか分からない。だが借りにもギルドなんだし、ぼったくられているわけではないだろう。多分。
銅貨四枚と大銅貨一枚が渡された。
それとなく貨幣単位を聞けば、
鉄貨一枚 1ゼニー
大鉄貨一枚 10ゼニー
銅貨一枚 100ゼニー
大銅貨一枚 1000ゼニー
銀貨一枚 10000ゼニー
金貨一枚 100000ゼニー
白金貨一枚 1000000ゼニー
ということらしい。詳しく聞けば聞くほど変な顔をされた。まあ当たり前だが。貨幣単位くらい普通は誰でも把握しているだろうし。
合計で1400ゼニーの金を持って、俺はセシルの向かいの席に戻った。
「いくらで売れました?」
「1400ゼニーだ」
「へえ! まあまあ高いじゃないですか。まあ見たときの純度からそれなりの値段だとは思いましたが」
「ふむ」
「あのくらいの純度と大きさの魔法石はそれなりに強い魔物を倒さないと出ないと思いますが……流石ですね」
「なんかでっかい猪とリザードマン的な奴を倒したな」
「巨猪とリザードマンはCランク相当の魔物ですよ! もしかして南の草原から来たんですか?」
「ああ」
「南側は強い魔物が多いのに流石ですね。魔物が遠くからでもすぐに分かるのが救いですが」
「100メートル以上先からでも丸見えだよなあれ」
「逆に北側は、弱い魔物が多いし、森があります。実力があるとはいえ初めは北側のモンスターから狩った方が無難ですよ」
「ああ。そうするわ」
話しながら、メニュー表を見る。ビールが200ゼニーか。おっ枝豆のつまみがある。こちらは50ゼニーだな。
小腹が空いているので300ゼニーの暴れ豚の串焼きとビールを頼む。
「いやーお前のおかげだよマジで。お前がいなきゃ道端で野垂れ死んでいたな」
「大げさですよ。リザードマンを倒す腕があればどこでも生きていけると思いますよ」
「この借りはマジで返すからな。覚えとけよ」
「はいはい、分かりましたよ」
苦笑しながら頷くセシルは、多分根っからの善人なのだろう。
異世界で初めて出逢った人間、セシルに心から感謝しながら、俺たちはささやかに乾杯をした。