レナ・ランズウィック
俺が見る限り、戦況は拮抗していた。
俺とシルヴァー二の一対一にライドンとレナが後方に控えている。
フレイムドラゴンはセシルが主導し、ジュニアスという青年冒険者、そして衛兵団の精鋭が必死に戦っていた。
そして残りのグスタフやスコットたちは、魔物の殲滅に動いていた。
グスタフは修羅の如き活躍だった。
俺があれだけ苦労した剛力熊を『戦斧』の一撃で叩き潰し、オークへと向かっていく。
スコットは執念のなせる業だった。
砂をかけて怯ませ、目を抉る。怒りを超え、極限まで研ぎ澄まされた殺意。
その感情を抱けば、誰でも徹底的な殺戮機械と化す。
俺は地球でその場面を腐るほど見てきた。
「人の心配をしている場合か?」
「チィ!!」
シルヴァー二が槍を突いてくるのを飛び上がってかわす。
剣を構え直し、再び気を引き締める。
確かに周りを気にしている余裕など俺にはないのだ。
俺とシルヴァー二の対決は、戦況に多大な影響を与える。
敗北は許されない。
そんな俺の。
目の前に、槍。
「!!」
咄嗟に『瞬間移動』を使い、シルヴァー二の10メートルほど後方へと引き下がる。奇襲を狙う余裕などなかった。『瞬間移動』が無ければ、俺は今死んでいた。
「どうした?」
シルヴァー二は愉快そうに俺に問いかける。
「ちょっと力を込めただけだぞ?」
「ほざけっ!!」
一閃。首を刈り取らんと神速で放たれた一撃をシルヴァー二はあっさりと回避し、逆に槍を突きこんでくる。
この速度で迫りくる槍をかわすのは難しい。
だから。
『瞬間移動』で奴の後方へ転移する。
しかし。
「それを待っていた!!」
奴は後ろも見ずに槍を反転させ、振り回した。
すべてを薙ぎ倒さんとする薙ぎ払いを剣の峰で受け止める。
それを見てシルヴァー二は、ニヤリと笑った。
「やはりか」
「…………何がだ?」
「その奇怪な移動術ーーーー使ってから5秒間は再使用できない。そうだろう?」
『瞬間移動』の欠点。
5秒のインターバルを読まれた。
そして、戦場において5秒は非常に長い。
しかし俺は嘯く。それを伝える必要など何一つないのだ。
「本当にそう思っているのか? その決めつけが決定打に繋がらないといいなあ?」
「貴様が同じ術を一体何回使ったと思っている? 分からないものを探るのは基本だよ」
シルヴァー二は槍から左手を離す。それでも俺は奴を押し切ることができなかった。
奴の左手が、大きな魔法陣を描く。
咄嗟に大地を蹴って後方に跳ね跳んだ。
何かが来る。
完成した魔法陣を奴はこん、と
叩く。そして、術式の"鍵"を唱えた。
「"煉獄"」
言葉と同時。
周囲一帯は暗い炎に包まれた。
「チィ…………!」
『魔術教本』によると、確か範囲系の上級魔術のはずだ。
魔力をさらに身体に纏わせて"身体強化"の強度を跳ね上げれば、煉獄の炎は寄せ付けないと書かれていた。
だからさらに魔力を練り上げる。煉獄に耐えられる強度まで。
しかし。
他の者には、その行動は不可能な者もいた。
単純に魔力量の問題である。そこまでの強化が、できない。
範囲系の魔術とはいえ、フレイムドラゴンや魔物と戦っている者達の方へは及んでいない。
そしてライドンは強化に成功していた。
つまり。
狙われたのはレナ・ランズウィック。
暗い炎が彼女を狙う。
しかし、彼女は冷静だった。暗い炎が迫ってきても微動だにしない。昨日のように怯えているわけでもない。
「…………封印解除」
レナが呪文を唱える。言葉と同時、圧倒的な魔力が開放された。
◇
私ーーレナ・ランズウィックは昔からこの力が嫌いだった。
その理由は、私がアリス皇国を追い出されたことに由来する。
私は猫獣人の家系に生まれ、生まれつき猫耳と尻尾が生えていた。そこに問題はない。
しかし、私には莫大な魔力があった。
獣人は基本的に大した魔力を持たない。魔力を使わなくても身体能力が高いので余り使わず、衰退していったのだ。
だから魔力は持っていても人族の3分の1程度がいいところだと言われていた。
でも私が持っていた魔力は、悪魔に及ぶほどの魔力量だった。
私は周囲から恐れられ、迫害され、そして国を追い出された。
お母さんとお父さんは必死で説得していたが、無意味だった。
国を追い出されて、父と母は他の国を目指す最中に暗殺部隊に殺された。
私は必死に逃げて何とか生き延び、今は冒険者として生計が立てられている。
その冒険者の間でも私の魔力は恐怖され、悪魔とすら呼ばれた。
だから私はこの魔力を封印した。恐れられるのは、もう嫌だったから。
でも。今はそれでも良いって思える。
カズヤの役に立ちたいし、何より街を守りたい。そのためなら、私の行く末など、どうでもいい。
だから。
「もう吹っ切れた。私はもう大丈夫」
誰に恐れられても、カズヤはきっと恐れない。彼もあれだけの魔力を持っているのだから。
「街はやらせない。私が守り抜いてみせる!!」
◇
悪魔の獣人としてアリス皇国を追放された元少女『魔術師』レナ・ランズウィックが、立ち上がる。