破滅の足音
ライラの街に帰り着いた頃にはもう夜になっていた。異世界の紅い月が煌々と輝いている。
先に辿り着いたレナが上級悪魔の出現をちゃんと伝えていたようで、街は騒ぎになっていた。
冒険者ギルドへと駆け足で行く。周辺の広場にはかなりの人間が集まっていた。
衛兵が扉に2人いる。作戦会議でもしているのだろうか。
扉に駆け寄る。
「止まれ」
「Fランク冒険者の倉橋一也。上級悪魔を発見した者だ」
そう言って、ギルドカードを見せる。すると訝しげだった衛兵は表情を変え、
「おお、君がか! 領主様やギルドマスターがお待ちになっている。入りたまえ」
ギルドの扉を開いて中に入る。
そこには数多くの人間が揃っていた。
俺の知っている人間も何人かいた。
ひげをぼうぼうに生やしたギルドマスター。
『魔眼』を持つAランク冒険者セシル・バーニー。
Bランク冒険者のおっさん、ライドン。
犬獣人のスコットなどだ。
「君が、倉橋一也か」
何やら偉そうな人間が声をかけてくる。
もしかして領主様だろうか。とりあえず敬語を使っておこう。
「はい」
「上級悪魔、『洗脳』のシルヴァーニが現れたとの報は真か」
「はい」
シルヴァー二はどうやら人間側にも名前が知られているようだ。二つ名が『洗脳』か。魔物を操っていたしな。それが本領なんだろう。
「大方の話はレナ・ランズウィックから聴いた。新たな報はあるか?」
「シルヴァーニを尾行して得られた情報はまず、奴は"ライラの石像"なる物を狙っていることです」
「………………やはりか」
ギルドマスターがぽつりと呟く。
「悪魔がこの街を襲おうとしているというなら、目的は"ライラの石像"以外に説明はつかんしな」
重鎧の老人が補足する。強そうな雰囲気だ。てかライラの石像って何だよ。
「どうします? 持ち出しますか?」
偉そうな人の秘書と思われる人の発言に俺は難色を示した。
「それはやめといた方がいい」
「なぜだ?」
「ライラの街から逃げる奴を皆殺しにするーー。これも奴が言っていた言葉だ。石像が街から持ち出されるなら、街を襲うよりそっちの方が簡単だと考えている」
「…………なるほど」
「なあ、カズヤ」
スコットが声をかけてくる。必死に怒りを堪えてるような様子だ。
「…………シルヴァーニがフレイムドラゴンを操って、"目障りだから"俺の村を滅ぼした。この話は、本当なのか?」
「…………ああ」
「ッッ!!!!」
ズガン!! と、スコットは拳をテーブルに叩きつけた。だが誰も批判する者はいなかった。
彼の心情を考えれば、誰も文句をつけることなどできなかった。
領主やギルドマスターですらも。
重苦しい沈黙が訪れる。その間に、白衣を着た人物が俺の隣に駆け寄ってきた。
「怪我の治療を」
言われてから気づいた。俺の体は血だらけでボロボロである。シルヴァー二との戦いの結果だ。
「ああ、頼む」
「ではーー」
そう言って白衣を着た人物は、魔力を宿らせた指で空中に魔法陣を描いた。書き終えて、魔法陣をこん、と叩くと、
「"外傷治癒"」
告げた。この言葉が魔法陣の"鍵"らしい。俺の怪我がだんだんと回復していく。このペースだとそれなりに時間が かかりそうだが、それでも地球の医術より全然速かった。
さて、どうにかしてシルヴァー二の奴をぶっ倒す方向に話を持って行かないとな。
◇
『魔眼』のセシル・バーニーは、一也が治癒術師に魔術をかけられている光景を見ていた。
状況を観察する。
この辺りの領主であるルーカス・クアドラード。
その彼を守る衛兵長。
ライラの街のギルドマスター。
重鎧の老練、Aランクの『戦斧』グスタフ。
そのグスタフのパーティメンバー。
この街の町長、バーナード・グランディ。
Bランク最強のライドン・クラーク。
これだけの面子を前にしてよく一也は平然と現れられたものだ、とセシルは少しばかり呆れていた。
(僕がやるしかないんだ)
セシルから見ても、この状況は極めて危険だった。
上級悪魔。『洗脳』のシルヴァー二・カニスキラの襲来。更にシルヴァー二はフレイムドラゴンを配下としている。
フレイムドラゴンだけでも街の手に余る現状で、一騎当千の実力を持つ上級悪魔を相手取ることなど困難極まる。
すでに馬は走らせている。周辺で一番大きい街。商業都市コヴェルク、そこに駐屯している騎士団へと。
だがここに辿り着くまでどんなに速くても2日はいる。シルヴァー二の襲来までには間に合わないだろう。
この街の戦力だけで、この状況を何とかしなければならない。
セシル・バーニーは決意した。何としてでもシルヴァー二とフレイムドラゴンを撃退する、と。