上級悪魔
「紹介ありがとう。猫の獣人よ。ご存知の通り、私は悪魔。上級悪魔のシルヴァーニ・カニスキラだ。よろしく頼むよ、人間」
上級悪魔、と聞いた途端、レナが足を後ろに引く。その顔は恐怖に歪んでいた。
「…………てめぇが剛力熊を操ってたのは何でだ?」
「ほう? 人間風情が上級悪魔に対して随分な口の聞き方だな?」
「黙れ。質問に答えろ」
冷徹に告げる。シルヴァーニは興味深げに表情を変えると、
「良い目をしている。何百何千という戦闘を潜り抜けてきた者の目だ。だが、まだ若いな」
シルヴァーニは間を置くと、愉快そうに告げる。
「ーーーー少々、自信過剰すぎる」
その瞬間。
俺は全身の魔力を振り絞った。
上空から高速で闇色の巨大な剣が落ちてくる。それを"強化"した左手で受け止めようとする。
迸る魔力に耐えきれずに、大地が割れ、空間が歪んだ。砂煙が巻き上がる。
だが。
俺は、その場に立っていた。
掲げた左手はボロボロになり、大量の血が流れ出ている。この戦闘では使い物にならないだろう。
だが、それでも立っていた。奴の攻撃を耐えきった。
「へえ?」
シルヴァーニが愉快げに声を発する。
「中々の魔力量だ。俺の"黒劔"に耐えられるとはな」
本当なら、『瞬間移動』でかわすこともできた。だがあれをかわしてしまえば多分レナに直撃していただろう。
…………痛ってえな。あの野郎、叩き潰してやる。
「だが、自信過剰であることは訂正しないぞ?」
シルヴァー二が目で追えない速度で投げナイフを繰り出した。
俺目がけて、ではなく。
レナへ向けて。
「……………ッ!」
恐怖を跳ね除けてレナが鉤爪を振るおうとするが、間に合わない。
投げナイフが直撃する。
その直前。
『瞬間移動』した俺が投げナイフを剣で跳ね飛ばした。
その瞬間、シルヴァー二は驚愕の表情を浮かべる。やはり天使から貰った能力だけあって、奴もこの能力には驚くらしい。
奴がこの力を訝しむ間に5秒のインターバルを置き、一度『瞬間移動』を決行。
転移場所は。
シルヴァー二の、目の前。
「!!」
「ーーーー自信過剰なのは」
右手だけで上段に振りかぶった剣を。
「ーーてめえだ!!!」
全力で振り下ろした。
だが、奴を殺すことは叶わなかった。
真下から操られている剛力熊が跳ね跳んで、シルヴァー二の盾となった。
クロスガードした剛力熊の腕ごと首を斬り裂く。
咆哮すら上げなかった。一瞬で剛力熊は死を迎えた。
その間にシルヴァー二は後ろに下がっていた。
「チィ…………!!」
ここで仕留めたかった。『瞬間移動』の能力は奇襲には最適。だが、一度認識されてしまえば奴は警戒するだろう。
「奇怪な術を操るようだな、人間!」
大木を破壊してシルヴァー二が突撃してくる。とんでもなく速い。
咄嗟に剣で蹴りを抑えようとするが、その瞬間、奴の体がブレた。
残像すら残すほどの速さ。
当然ながらそれに反応出来るはずもなく。
脇腹に飛び蹴りが炸裂した。
ミシミシ、と鈍い音が響く。骨が、折れた。
「がぁっっ…………!!」
苦悶の声を上げながら吹っ飛ぶが、奴は砲弾のように吹っ飛ぶ俺に追随して、
「遅いぞ、人間」
殴り飛ばした。俺の吹き飛ぶ軌道が変更され、大木に叩きつけられる。同時に大木がへし折れ、地面へと落ちた。
俺は左手は使い物にならない。更に今の攻撃で肋骨を何本も骨折した。
対するシルヴァー二は、無傷。
桁違い。
「こいつ…………!!!!」
怒りが湧き上がるが、それに任せて襲い掛かるような真似はしない。
行動は冷静に、最善の選択を繰り返せ。
元軍人の爺さんに教えてもらったことを思い出す。
そうだ。この場には俺一人ってわけじゃない。レナもいる。勝てない相手からはひとまず逃げるのが最善だろう。
だがその前に、一つ確認しなければいけないことがある。
「…………おい」
悠々とこちらに歩いてくるシルヴァー二へと、質問する。
「この剛力熊を操ってたのはてめえだよな?」
「何を今更」
「じゃあ、フレイムドラゴンを操って、犬獣人の村を滅ぼしたのも、てめえか?」
「よく知ってるじゃないか」
緑髪の悪魔シルヴァー二は、当たり前のことのように告げた。
激情を噛み殺し、冷徹に質問する。
「…………何故、滅ぼした」
シルヴァー二はその質問を受けて首を傾げながら、本気で分からないのか? とでも言いたそうな口調で。
「何を言っているんだ、俺は悪魔だよ? 人間は殺すに決まっているじゃあないか」
思考に、空白が生じた。
「まあこの街を滅ぼす過程でたまたま目に入ったから、といった方が正しいのか。ライラの街には少々重要な品があるものでな」
その思考は、徐々に紅く染められていく。
「キ、サ、マーーーーー」
こいつは、たったそれだけの理由で、スコットの村を滅ぼしたのか。
目障りだったから、ただそれだけ。
ただそれだけで、数多くの笑顔が失われた。
俺は、そんなものを許してしまってもいいのか。
そんな理不尽を許容してもいいのか。
ーーーー人間の誇りに賭けて、こいつを絶対に許すわけにはいかない。
「人の命をーーーー」
魔力を滾らせる。剣は握らない。俺が最も信頼を預ける武器へと手を掛ける。
ホルスターから抜いたのは、鈍く光る地球の戦いの代名詞。
拳銃。ベレッタM92F。
「ーー何だと思ってやがる!!!」
引鉄を、引いた。生物には絶対に超えられない『音速の壁』をいとも簡単に越え、凄まじい轟音を響かせながら銃弾がシルヴァー二へと迫る。
生物には、絶対に反応できない一撃。
『銃鬼』の手によって完璧な軌道に乗せられた弾丸は。
かわすことなど、許されない。