剛力の熊
俺は街を歩いていた。ライラの森に向かうためだ。
今回俺が受けた依頼は、剛力熊の狩猟依頼だ。毛皮の回収が目的となる。
要求Bランクの依頼だったが、戦狼の討伐をして有名になった俺は、特に何も言われずに受けることができた。
Fランクだけどな。
隣にこの少女がいたことも大きいかもしれない。茶髪猫耳の…………
「あれ? 名前なんだっけ?」
「レナよ。レナ・ランズウィック。……さっき名乗ったばっかじゃん」
「確認だよ確認」
ジト目で睨んでくるレナを適当に受け流す。
レナはBランクの冒険者だ。彼女と共同で依頼を受けるということも、依頼を受けられた要因としては大きいだろう。
などと言っている間に北の街門に辿り着いた。門の大きい扉を押して外に出る。
街道に出ると、レナは魔法袋から2つの鉤爪を取り出して手首に取り付けた。
なるほどあれで戦うのか。
猫の獣人らしいな。
俺も新品の剣を魔法袋から取り出し、腰のベルトに吊る。
「ねえ」
2人でライラの森まで歩いていると、声をかけられる。ちなみにライラの森まではそれなりに近い。
「あんたさ、狩猟対象の剛力熊の住処、分かってる?」
「ああ。森の東にある洞窟だろ?」
「あら、分かってるのね」
「そりゃそうだろ。自分が受ける依頼だぜ?」
「Fランクの新人は、場所が森ってことしか分からずに向かって、見つからないとかいう事態が多いのよ」
「俺がそんなに間抜けな人間に見えるのか?」
「見えないけど、でもFランクじゃない」
「戦狼を倒した期待のルーキーでもあるぜ」
「……それ、実際は期待のルーキーどころじゃないんだけどね」
ちなみにレナは、俺のことを会った時から知っていたようだ。戦狼を倒した程度でそこまで有名になるとは。
「あんたもしかして騎士とかやってたの? じゃなきゃ説明つかないと思うけど。普通の新人はゴブリンにすら苦戦するのに」
「別に騎士ってわけじゃねえが……普通じゃないのも事実だな」
「ふぅん。兵士だったりとか?」
「ま、人には色々あるのさ」
適当にけむに巻きながら歩いていると、森に辿り着いた。中に入って東の洞窟を目指す。戦狼やフレイムドラゴンに会ったらやだな。
「…………足音。6体で」
「ゴブリン、ね」
レナは驚愕しながら、
「あんた耳いいのね」
「聴力の問題じゃないさ」
耳を澄ますタイミングが良いだけだ。足音で敵の位置を看破することは現代の銃撃戦の基本となる。
「とにかく、避けて進むぞ。かちあうのも面倒だ」
「うん」
木から木へ、草かげから草かげへと、ゴブリンの視界をかすめる位置を高速で進んでいく。
これが潜入工作兵の実力だ。実は潜入が得意なだけで潜入工作兵じゃないけど。
「(は、速いよぉ!)」
「(さっさと来い)」
レナがもたついているので、あえて石を上空に投げて離れた木の木の葉を揺らす。
「(いまのうちだ)」
「(う、うん。…………ありがと)」
レナが頬を染めて何かを言ってきたが、小さかったせいか俺にはよく聞こえなかった。
そうこうしている間にゴブリンの居場所を抜け、そろそろ普通の声で話しても大丈夫だろうという位置まで来た。
「ここまで来ればいいだろう」
レナは猫耳をぴくぴくさせながら、
「右からオークの唸り声が聴こえるわよ。早く行こ」
あの猫耳はやっぱりよく聴こえるもんなのか。ていうかぴくぴく動くの超可愛い。
「よしよし」
衝動的に頭を撫でると、顔がとたんに緩み蕩けそうな顔になる。
「ふにゅぅ…………にゃ!? にゃにしてんのよ!?」
「あんまり騒ぐなよ。オークが来たらどうする」
顔を紅くしたレナに人差し指を立てて、静かにしろと指摘する。
ぶっちゃけすべて俺のせいなのだがレナは気づかずにしゅんとしてしまった。
「落ち込まなくても大丈夫だよ」
「……………うん」
どうもFランクの新人にいろいろ指摘されてるのも気にしてるらしい。
普段はクールな印象なのにイジると子供みたいになるのが超可愛い。
などと考えていると剛力熊の住む洞窟に辿り着いた。
そんな俺たちの後ろから。
大きな、足音。
「グルゥ………………!!!!」
巨大な熊の四肢に莫大な筋肉をつけた体型。赤く光る目に、醜い猿の形相。
ーーーー剛力熊だ。
俺は、ゆっくりと剣を抜いた。