銃鬼の死
地を駆ける。飛来する弾丸を紙一重で回避し、流れるような手さばきで小銃の狙いを定め、引き金を引く。
銃弾は寸分たがわず敵兵の胸板に炸裂し、絶叫が響き渡った。
その時にはすでに木の影に隠れ、周囲の状況確認も怠らない。
「よし、このまま進むぞ」
俺は両隣の味方に小さく呟いた。
このまま突き進み、まずは敵の首脳部から潰してやる。
そんなことを考え、木の影から移動を開始した。
その瞬間の出来事だった。
敵の伏兵が、近くの草むらから飛び起きる。
反応が間に合わない。自らの不覚を責める。
そして俺は覚悟を決めた。
銃に狙われていた仲間を蹴り飛ばし、庇うように身を踊らせる。
その結果、仲間は銃弾の回避に成功し、生き延びることができた。
しかし、狙いを失ったはずの無慈悲な弾丸はーー
ーー容赦なく俺の頭部を貫いた。
俺は死んだ。それを確信した。何故なら、今の俺には肉体というものが見当たらないのだ。
そしてもう一つ。
目の前に、俺の死体があるからだ。
俺は先ほど頭を銃弾で撃ち抜かれた。その直後に視界がブラックアウトした…………ところまでは覚えている。
気づけば、俺の肉体だったものは目の前にあって俺は意識だけの存在? みたいなものになっていた。
なるほど、これが死後の世界か。どうにかしてこのことを誰かに伝えられれば俺はノーベル賞とか貰えるんじゃないか? …………死んだんだから無理だな。大丈夫だ。分かっている。
目線を上げて、銃弾が飛来した方向を見やると小銃を持った兵士が立っている。
俺を殺せたことを喜んでいるようだ。
まあ俺は『銃鬼』の異名でそこそこ知られていた傭兵だ。世界最大のPMCの社長でもある。
そんな男を自分の手で殺したのだからかなりの手柄だろう。興奮するのもしょうがない。
だが、そんな状態で戦場にいたら死ぬぞ? とか言っている間に死にやがったよ……おいおい。まあ俺の部隊はアホみたいに強いからな。
じゃあなんで俺は殺されたのかって?
そりゃ敵は銃だ。人間に反応できない速度の弾丸が飛び交っているのだ。反応できないことだってある。
今までは射線を読んでかわしていたんだが、確実に成功するような技でもない。
運が悪けりゃ死ぬだろう。
そう、運が悪かったのだ。
あの敵兵を恨んだってしょうがない。 いやまあ恨もうにも奴だって死んだのだから恨みようもない。
心残りは……まあない。あえて言うなら妻の冬美の顔がもう一度見たかったことくらいか。
俺は、この世界を一生懸命生き抜いた。
だから歴史に名を残せた。
だから人を殺した。
だから力を求めた。
だから大切な人を守り抜けた。
だからこそ、笑顔にできた人々がいた。
そのことを自負しているし、だから何の後悔もない。
とか言ってる間にだんだん意識が薄れてきた。
天国に行くんだな、これは。
次に目を覚ますと、何もない真っ白な空間だった。
いや…………違うな。人の気配がする。
「誰だお前?」
声をかけると、白い空間の一部が徐々に歪んでいく。油断なく観察していると、神秘的な姿をした金髪の女が現れた。…………って背中から白い翼が生えているように見えるんだが。頭には輪っかまで乗っている。天使みたいな野郎だ。
俺は冷静に手を腰の拳銃に伸ばそうとして、拳銃どころか腕すらないことに気づいた。そういえば今は、意識だけの魂みたいな存在であることを忘れていた。どうやら全然冷静じゃなかったらしい。
まあこんな状況で冷静でいられるならそいつの神経を疑うがな。
「よく私の幻影魔術を見破りましたね。あなたは地球の住人だったはずだけど、魔術師だったりするのかしら」
「魔術、ねえ? 知らんよそんなの。光学迷彩の類いかと思ってたんだが、どうも違うっぽいな。 まあ死後の世界なら何でも有りってとこか?」
金髪碧眼の聖女がにこやかに話しかけてくる。対して俺は半ば呆れたように彼女に返答した。
だって魔術だぜ? 魔術。まさにファンタジーの世界じゃねえか。まあこの状況がすでにファンタジーだと言われても否定はしないが。
「ここが天国ですから、何でも有りってわけではないですけど……私たち天使の力がかなり増幅しているのも事実ですね」
「ここが天国だと? 俺みたいな奴は地獄に送っておいた方が身のためだぜ」
「確かにあなたは生前、数多くの人を殺してきました。しかしその行動によってさらに多くの人たちが救われたのも事実です。あなた自身、自分の生き様に誇りを持っているはずです」
全部お見通しらしい。天使か。胡散臭いが本物なのかもしれないな。だからといってどうというわけではないが。
「もっとも、全部神様からの受け売りですけどね」
「神までいるのか……いやむしろ天使がいるのに神がいないのも不自然か」
「まあ、ここではとりあえず地球での常識は捨てて考えて下さい。そうしないと混乱しますよ」
すでに混乱してるわ、アホ。
「そんで? 天使さまはなんで俺の前に現れたんだ? それとも死んだ奴全員の前に現れてんのか?」
「いえ、あなたは特例ですよ。普通の人間は死ぬと同時に記憶を消され、他の生物に転生しますから」
「なんで俺は特例になったんだ?」
「あなたが、偉大な人物だから」
「買い被りすぎだ」
「では、第三次世界大戦を食い止めたのは誰ですか?」
「…………あれは俺だけの力じゃない。みんなが手を取り合ったから……」
「では、テロリストの濡れ衣を着せられながらも、腐敗した政府から子供たちを救い出したのは?」
「聖人のような言い方をするな」
「自分が狙われたふりして、仲間を銃弾から庇って死んだのは?」
そこまでお見通しか。
「そんなあなたの全てを消して、別の何かに転生させるのはもったいない。神様はそう考えています」
「要領を得ないな。結論から言え」
「あなたの人格と記憶を保持したまま、新しい人生を授けましょう」
新しい人生、か。悪くない。少なくとも記憶を消されるよりはいいだろう。生前の俺様々だな。
「あなたの転生先は地球とは異なる異世界です。そうですね……地球の中世ヨーロッパくらいの文明レベルに、魔術が加わったような世界でしょうか。そうですね、エルフやドワーフなどもいます。後、魔物が存在します」
そりゃまた典型的な異世界だな。剣と魔法のファンタジー。まるっきりRPGじゃねえか。まあ楽しそうだから全然構わないんだけど。
「転生者の方々には特典として、その人に合った能力を授けています」
「能力とは?」
「それは後で確認できますよ」
そういって天使は、柔らかく微笑んだ。改めて見ると、ため息が出るほど美しい顔をしている。
「では、二度目の人生を楽しんてください。私の名前は天使フリーラ。あなたを陰ながら応援しています」
「ああ。ありがとうフリーラ。俺は倉橋一也。ただのしがない傭兵だよ」
そして、物語は始まる。
偉大なる傭兵の二度目の物語が。