狂気の魔法
「つまり、あの大所帯は敵の為に用意したわけです」と東京に着いた準一を迎える白井が口を開く。
場所は羽田空港。白井は飛行機でここまで来たわけだ。
「……何でそんな面倒な事を?」
「確証が無かったんです。確保したアルシエルと氷月千早が本物かどうか」
空港から出て、白井は駐車場に停めている車を指さす。「どうです? ドライブでも」
いいですね、と準一は助手席に乗り込む。
現在、碧武九州校の学生寮エリア会館前にカノンはいた。正直、彼女は困惑していた。
なぜなら、兄に呼び出されたからだ。
だが、兄は現在任務で学外に出ている。
「待たせたな」
声が掛り、見ると兄だ。兄以外の何者でもない。のだが……何故か、カノンの中には嫌悪感が渦巻いていた。
「……兄さん?」
無意識の内に、誰かを尋ねる聞き方をしていた。
すると「あ、カノンに兄貴」と元気な声。
主は朝倉結衣。
結衣は2人に駆け寄り、近づいてきたところで躓き、準一に抱きとめられる。
「何だ。大丈夫か?」
そう聞いた準一は、嫌な笑みを浮かべている。目を細め、何かを企むような。悪戯ではない、本気で悪事を企んでいるような。
それには、カノンも結衣も気づく。
結衣は無意識の内に兄から勢い良く離れ、カノンの前に立つ。
「ねぇ……兄貴?」
カノンは、結衣が同じ聞き方をしたので驚くと、結衣を後ろにさがらせ、彼女の前に腕を出す。
「何だ、俺が兄以外の何に見える?」
まるで、変装の下手な悪人の様なほほえみに結衣は震え上がり、カノンは腹部に蹴りを入れる。準一は無言で腹部を押さえ、その場にしゃがみ込む。
「……カノン『これ』兄貴じゃない」
とうとう、結衣は目の前の兄をコレ、呼ばわり。しかしカノンも同じ心境で腰から拳銃を抜き、目の前で跪く兄に2発を撃ち込む。
「結衣、離れよう。嫌な予感がする」
「嫌な予感?」
周りを見て、とカノンが言うと、結衣はカノンの腕に抱き着いたまま辺りを見渡す。
学生寮エリア、現在は昼過ぎ、文化祭のステージイベントは夕刻から。現在は、学校エリアで露店の出し物。
だが、ここにも人はいる筈だ。
しかし、閑散とした辺りは不気味なほど人っ子一人いない。
「魔法だと思う……」
「じゃあ生徒会とか舞華さんに会わないと」
結衣は生徒会室の人間が魔術師だと知っている。だが、カノンの顔は険しいままだ。
「魔法には種類があるの。聞いて無いかも知れないけど、夏休み九州校で魔術師が暴れたの」
「そうなの?」
「うん。その時ね、空間魔法って言う限定空間に掛けられる範囲魔法が影響で、結衣とか私とかもだけど、皆眠っちゃってたの」
「その魔法が掛けられてるの?」
可能性として、とカノンは言うと結衣の手を握る。「離れないで」
「う、うん」
いつも自分と同じく、兄に頼るが、お姉ちゃんっぽかったカノンは逞しく見えた。やっぱり、兄貴と一緒に戦って来たんだな。
「兄さんが居れば」
「兄貴って魔術師としてそんなに強いの?」
「そりゃもう、前に剣一本生身でベクターを倒したりしてるんだから」
あ、強いや。と結衣は思うと歩き出したカノンに続く。ふと、海を見るとカノンに強く腕を引かれる。
「見ない方が」
気になり、見て見ると見えていた陸地が見えない。
「確証した。私たちは術中よ」
結衣は頷き、駅に向かうカノンに着いて行った。
「自衛隊は米軍と口裏合わせてたわけですか?」
「ええ、彼らが来れば、それは本物。来なければ、違う。しかし、時間が惜しかったものでね、君を使うと敵は本物と判断した」
その為だけに呼ばれたわけか、と準一は加えていたタバコを手に、煙を吐く。
「申し訳ありません。まるで騙したみたいで」
「構いませんよ。で、今後の方針は?」
「気が早いのでは?」
言った白井を見る。
ハンドルを両手で握り、高速のゆるいカーブを曲がる為、ゆっくりとハンドルを左に回す。
「早くは無いでしょう? 自衛隊も米軍も、あの奪取隊がアルシエルを手に入れた、と言う事実がどれだけ危険か」
「理解はしています。ですが、上が判断を渋っているんですよ」
「で、聞きたいんですが何でアレを渡すような真似を?」
一度、白井はほくそ笑む。「余興、ですよ」
「余興?」
「ええ。まだ七聖剣でも八千条巳六しか知りえない情報ですが……」
とハンドルを握っているにもかかわらず、白井はファイルを準一に渡す。タバコを窓から捨て、準一はファイルを受けとる。
中から一枚を取り出す。
「敵、言えば教団傘下部隊の作戦展開図です」と白井は驚くべきことを言った。準一はゆっくりと目を落とす。
大きな範囲の地図に赤いマーカー線。場所は
「博多湾?」
だが、地理的に明らかにおかしい。この紙面では博多湾から福岡県内に伸びている。そのマーカーの元は朝鮮半島。
「これはどこから?」
「以前、あなたはヤン・ヲンファを捕まえましたよね。まぁ彼は死にましたが」
その死にざまは見て居たから知っている。面会室に複数の男に押し入られ、拳銃で射殺。
「仲間を捕まえましてね。どうやら、韓国軍、教団、反日軍3組織協力で、日本に対しての攻撃を画策していたらしく、その資料、と言えば信じていただけますか?」
「信じる訳ないでしょう。こんなおかしな侵攻図」
「ですよね」
はは、と笑い白井は横目で準一を見る。
「アルシエルと氷月千早を大人しく渡す様な真似をしたのは、防衛省の方針です」
「その防衛省の方針って?」
「神聖なる天使隊オリバー・アズエルと機械魔導天使ハンニバル。吸血姫・クイーンシェリエスと機械魔導天使カレンデュラ・オフィシナリス。そして氷月千早と機械魔導天使アルシエル」
まさか、と準一は資料をファイルに収めると、後ろの席に投げる。「まとめて精算する気じゃ」
「正解です。その為に、与えたアルシエル、だそうですよ。それに、今回のこの作戦七聖剣が全員参加する、と」
準一は口をへの字にし、タバコを取り出す。
「未成年では?」
「今更では?」
そうでしたね、と言う白井に準一は取り出した一本を渡す。「吸います?」
「では」
白井は咥え、胸ポケットから取り出したライターで火を点けた。
と同時、白井は前を見て目を細めた直後、衝撃が車内を襲った。
エリア移動用の機関車の線路。その上を歩く結衣とカノンは、刀を持った舞華と、シスターライラに遭う。
「安心して、2人は正真正銘本物よ」とシスターライラの声の後、舞華は結衣とカノンに近寄る。「事情は把握しているか?」
それなりに、とカノンは言うと安堵の息を吐く。「兄さんの偽物……というんでしょうか」
「正しいわ」
「まぁ、それが出ました」
ライラに言うと、カノンは舞華を見る。
「しかし良かった……無事で」と舞華は2人を見て微笑む。結衣も安心したようで安堵の息を吐く。
が、カノンはすぐに険しい顔になる。
「兄さんの話では、七聖剣が2人。九州校の守護に来ている筈ですが」
カノンが言うと、ライラが札を取り出す。「これを知ってる?」
「何です?」とカノン。結衣は分からずポカン、としている。
「南雲、御舩と同じ式神召喚術式を組みこまれた札。……これが、今この学校に出現している朝倉準一の正体よ」
まるで、現実味を感じない。車の外を流れる景色は、夢の中の様だ。助手席の朝倉準一は、まず運転席を見る。白井だ。
「……どこへ?」
白井は無言で準一の腹部を指さす。準一はゆっくりと腹部に手を置く、するとヌチャとした感触を感じ、見ると出血している。
だが痛みは感じない。
「……一体」
しかし白井は答えず車は走り、準一は一度目を閉じる。
意識が遠のいた感触は無かったのだが、自分に向けられているであろう声はかなり遠くからの声に感じ、ゆっくりを目を開けると、長い金髪の看護婦が、優しく微笑みながら顔を覗き込んでいた。
どうやら寝ていたらしい、と上半身を起こすと辺りを見渡す。
「まだ動かないで」
看護婦、ナースに腕を握られ、準一は顔を見るがハッキリしない。ナースの顔がぼやけて見える。
一体、どうしたんだ。
「大丈夫、心配しないで。あなたはここに居ていいの」
正直、ナースが何を言っているか分からなかった。ただ、準一は従い力を抜く。
「でもおかしいわ。これじゃ駄目みたいなの」
ナースは、小さな移動テーブルを寄せ、準一の隣に腰掛けると、注射器を取り出す。
「何故かしら、あなたの血は赤いのに」
―――血が赤いのは当たり前だろう?
「そうね。そうなのよね。当たり前よ。血は赤いのよ。でもね、赤いの」
―――何が?
「あなたの血は赤いのよ。でもね、赤いの。どうして赤いの?」
―――血だから
「違うわ。血じゃないの。あなたの血じゃない。それ、誰の血?」
誰のって、と準一は前髪を上げる。誰のか……俺の、天使の召喚の。血の。生贄になった
「あなたの血じゃないわね。足りないわ。量が足りない。足りない。必要なの」
とナースは準一の肩を掴むと顔を近づける。そのナースの首は、ゆっくりと、ゆっくりと縦に回り、首が九十度に傾く。
「どこがいいかしら? ねぇ、血が。出るわ。でもどこが。どこが一番出るわ」
知るかよ。と思いながら、準一はナースの顔を見ようとするが、力が入らない。
首が上がらない。目に、メスが近づく。首に、ハサミが当たる。
―――斬られるのか
「いえ、大丈夫よ心配しないで。怖くないわ。痛いのはその時だけよ。だって、脈って血がいっぱい出るんでしょう? でも痛いかしら。麻酔? 麻酔……あぁ、麻酔。無いのよ」
大丈夫、と言い続けナースはメスを自分の目の前に近づけ、眺める。
「きっと綺麗に切れるわ。だって、磨いたんだもの。綺麗よ。光るわ。血はどうやって吹き出るのかしら? 噴水みたいになるのかしら? あぁ、でも痛いのよね。それは痛いわ。見ていて辛いわ。だから早く終わらせないと」
準一は、何か考える事が出来ず、ただ項垂れる。オレンジの光が病室に差し、電車の通過音が響く。
「待って、脈は駄目ね。きっと血が出るわ。いいえ、血が出ないと駄目なの。そうよ、目って抉ったら血が出るのよ。出るかしら。ううん、出るのよ」
ねぇ、とナースは準一を押し倒す。準一の目には生気が無い。
「血が出たらどうしましょう? 血が……そうね、歯でもきっと皮膚なら千切れるんだわ」
力が抜け、準一は瞼を閉じる。
「そうよ、きっとすっごく痛いのよ。噛んだら血が出るのよ。声を出せる? 血が出るわ。きっと血が出る。血が、血が」
と、ナースは譫言の様に言いながら、歯を準一の首に近づける。
同時、病室のドアが勢いよく開き
「準一君!」
代理の呼び声。準一は目を覚ましナースを押しのけ起き上がると、代理に目を向ける。
安心し、嬉しそうな顔の代理。準一も少し微笑むと、ナースに目を向ける。
「駄目よ。病人は駄目なの。寝てなきゃ駄目な病人は血が噴き出るわ、きっと」
思い返せば、このナースはずっと自分の血に関して訳の分からない事を言い続けている。
「代理。お一人で?」
「うん」
準一は代理に駆け寄り、手を引くと病室を出る。窓も無いのに、廊下は夕焼けに照らされたように明るく、不気味だ。
「ここは?」
「多分術中。それも悪趣味な」
確かに、と角を曲がると出入り口を構えたロビー。待合席には、同じようなナースが数人腰を下ろしている。
「こりゃまた……悪趣味な」と準一は後ろを見る。病室のナースが、ゆっくりと歩いて来ている。
代理は準一の手を強く握る。「ご安心を」と準一。
「しかし、一体誰がこんなB級ホラー映画以下の事を」
「分かんないよ。学校に居たあたしも気が付いたらここだったし」
だが厄介だ。こうやってここに居る以上、準一と代理は敵の手の中も同然。抜け出さなければならない。
「まずは出入り口から出てみましょう」
代理が頷くと、準一は彼女を小脇に抱え出入り口を飛び出す。すると、まるで鏡写しの様にロビーに戻る。
「倒さなきゃ駄目っぽくない?」
「ですかね……」
準一はブレードを左手に持たせる。
「ねぇ、準一君」
「はい?」
「ナース萌え?」
苦笑いし、準一は代理を下ろす。
「メイド服萌えです」
良かった。本物みたい、と代理は一言言うと準一と背中合わせになった。