トラック泊地侵攻 ②
私を連れ出した男は、無表情かと思ったら、意外と表情を持っていた。そう、私の兄だが、血は繋がっていない。
教団の実験から助けてくれ、彼は家へ招いてくれ、家族も歓迎してくれた。
正直言って、最初かなりうっとおしかった。助けてくれた事への感謝はあったが、それ以上にあまり構って欲しくなかった。
そして、実を言えば、一番思っていた事は怖かった。
あの巨人を駆り、助けてくれた彼は家に帰ってからは普通の人間。はっきり言って、得体が知れず同じことをするんじゃないかと思っていた。
聞くと、彼は私と同じ年齢で、その時、15歳だった。
どういう訳か、彼は私を気に掛けてくれた。思い返せば、私は彼にかなりひどい事をしていた。
彼がせっかく作ってくれた料理を投げ捨て、心配の言葉を無視し、彼からの言動には耳を傾ける事をしなかった。
だが、彼は関わって来た。私は、もう諦め口を利くと彼は「勝った」と言いたげな顔をし、一言言って来た。
「お前。やっとまともに口利いたな」
何だか乗せられた気分で、私は文句を言ったが、別にイヤではなかった。寧ろ、喋ってみれば案外楽しかった。
彼の家に案内され、私に割り当てられた部屋は女の子が使っていたであろう部屋。
今まで、全く気にしなかったのだが、私は気になり彼の母親に当たる人物に、この部屋の主は誰か、と聞いた。
どうやら、彼の妹らしかったが、似てないにも程がある。明らかなルックスの違い、彼には妹と比べられたんだろうな、と同情した。
このあたりから、私は彼と少し喋るようになり、家の人間とも関わるようになってきた。最初こそ、口を利くのは怖かったが、慣れてしまえば、自分が救われた事を実感できた。
時折、彼は帰って来ない時があった。一体、何をしているのだろう、と気になった。
帰って来るとき、普通の時と疲れ切った時とで差があったからだ。
私の中で、彼に興味がわいていた。これが惹かれていたのか、どうかは分からないが。
そんなある日、私は学校に通う事になった。正直、教団に掴まる前の記憶が殆どない為、学校に対して知識が無かったが、彼は親切に常識を教えてくれ、彼の友人たちも親切だった。
私は、学校に行ってから大概は彼の後ろに隠れ、人を避ける様にしていたが、私は白人だ。日本人の中ではかなり目立っていただろう。
しかし、学校生活はそれなりに楽しかった。秋のクラスマッチ、文化祭、研究発表会、色々な行事を体験した。
多分、この頃からだろう、私の中でかなり生意気な感情が芽生えていた。
助けてもらってばかり、彼に何か返したい。
そうして始めたのは料理だ。彼の母親に習い、少しづつ慣れていった。その日、彼は遅くに帰って来る事が分かっていた為、料理を用意していようと作ったのはチャーハンだった。
はっきり言って、不味かった。丁度、捨てようと思った所に彼が姿を現し「腹が減っている」と、そのマズイチャーハンを全て食べたのを覚えている。
彼の顔はかなり歪んでいた。よっぽどまずかったのだろう、しかし彼は取り繕い「美味かった」とあからさまな嘘を言った。
彼の料理は、はっきり言ってかなり美味く、自分でもそれくらい、と始めたのだが簡単には行かないものだ。
まぁ、何でか知らないが、私は彼に作った料理を美味しい、と。本心から美味しいと言って欲しいが為、料理本を借りたり、と勉強を始めたが、如何せん上手く行かず、結局彼が力を貸してくれた。
その為、私の料理は殆ど彼に影響された。
しかし、彼は私が自分1人で作った料理を美味しい、と言ってくれた。多分、本心から。それが嬉しく、彼へまだお礼が足りていない、と私は考え始め、その日、部屋で初めてアルバムを見つけた。
当然、アルバムは彼と彼の妹との写真だ。
ペラペラと捲って行くたび、私の中では今までになかった感情が芽生えた。
ズルい、とか、羨ましい、とかの嫉妬の感情だ。
写真の兄妹は仲良く、笑顔で全て楽しそうだった。
私には向けた事の無い満面の笑みの彼、私は彼の妹を羨ましく思った。
この、妹、と言う立場が私には凄く遠くに感じられた事を覚えている。
ある日、私は彼の知り合い、という男に呼ばれた。正直、この頃の私は本当に勉強不足だった。この時、彼が居らず怖かったが、行けば会える、と言われ、警戒もせず行ったところ、私は誘拐された。
視界を奪われ、喋れなくなった。本当に怖かったのを覚えている。また、教団に連れて行かれるんじゃないか、そんな心配しかなく、泣く事しかできなかった。
この時、私を攫った連中は、車で私をどこぞの倉庫群の一角に運び、カメラを用意していた。話を聞く限りでは金目当てだったらしいが、その時の私はそんなに冷静ではなかった。
ただ、助けてと祈りながら彼の事を考えていた。
早く来てよ、助けてよ。この前みたいに助けてよ、と都合のいい事を考えていたのだが
彼は本当に来てしまった。
見た事の無い形の剣で、刃が光っていた。その剣を持った彼は、攫った連中を殺さずに制圧し、私を助けてくれた。
私は堪らず、彼に抱き着いて大泣き。彼は、私の頭を優しく撫でてくれた。
その時、ああ、この感じが兄なのか、と私は彼が居る居心地の良さを覚えた。
夏以降のこの事件をきっかけに、私は彼に特別な感情を抱き始めた。
その頃位に、私は彼に連れられ基地、に行った。
何で私が呼ばれたのか、彼も知らなかったらしいが、大和の艦長にビデオルームに呼ばれ、彼が目の色を変えたのを覚えている。
「何を見せるか想像が付きました。止めて下さい、もうカノンには関係ないでしょう」
彼は、私を庇うように、私を何かから護るように言ってくれたが、彼は何かを言われ、部屋を出る。すると、ビデオが再生された。
かなり、内容はショッキングだったが。
剣を持った彼が、構わず人を斬り、ロボットに乗り生身の人間を殺して回っていた。その次は、彼と同じ位の人間が空港で事件に巻き込まれた時の映像。
あの彼が、こんな事を? と少し怖かったが、私なりに結論を出した。
どれだけ自分が無知か
1人で、こんなモノを背負っているのか
私は彼を支えたい
力になりたい
役に立ちたい
彼は、こんな事、平気な人間じゃないから
何時の間に自分はこんなに他人に対し、甘くなったのだろう。そう思ったが、彼への気持ちは抑えられず、私は誓った。
私の今後の人生は、彼に捧げると。
彼の狂った人生の手助けになるように、私の人生を捧げる。
そこから、私は彼を兄と呼び、敬語で話す様になった。兄に無理やり頼んでベクターの操縦訓練も受け、戦えるようになった。
どうも私は頭を弄られていたらしく、人よりも覚えと応用が早く、戦闘方法はすぐに覚えた。
―――兄さんの為に、私は
朝倉カノンは兄と2人で通った高校近くの土手に居た。前を歩く背中は兄のモノで、追いつき、手を握る。「兄さん。待って下さい」
兄は、顔だけを横にやるが、前髪で目は見えない。
「カノン」名前を呼ばれ、カノンは準一に「はい」と返事をする。
すると準一は一度息を吐く。
「俺には今、結衣が居る。だから」
準一の言っている事が分からず、カノンは手を強く握る。「に、兄さん?」
「ごめん。用済みだ」
直後、手を払われ、カノンは肩を押される。
兄の隣には、実の妹の結衣。
その言葉が、現実が信じられず、カノンは目を見開き、口を震えさせながら倒れ込む。
「カノンちゃん!」
大声で名前を呼ばれ、朝倉カノンは目を覚ました。とんでもない寒さに身を震わせ、上半身を起こすと大和の艦橋が上に見え、後ろを見ると2番砲塔が目に入った。
空を見上げると、大粒の雪が降って来ている。辺りは海。いや、トラック泊地だ。
「寒い」
「ほら、これを」
起こしてくれた女性船員に暖かそうな上着を渡され羽織ると、先ほどの夢と思い出した昔の記憶が頭をよぎる。
どう考えても、この状況は普通ではない。
一応、大和があり、船員は居る。
でもそれでは安心できない。
両手の平を合わせ、息を吐きかけ擦り合わせ、人生を捧げた相手を思い出す。
「兄さん……」
見上げた大和は、表面に見てわかる位に氷に覆われていた。