嫁だとよ
目を開けると、白い天井。朝倉準一は半身を起こし、辺りを見る。
いつぞやの病院。
窓に近づきカーテンを開けると、碧武のショッピングエリア。日差しが眩しく、カーテンを閉めベットに腰掛ける。
傷は無い。
痛みもだ。
―――さて、一体何があった事やら
準一が頑張って記憶を絞りだし、回想しようと思った矢先。テーブルに怪しいノートを見つけ、表紙を見る。
『代理&シスターライラの事の顛末を書き記したヤバいノート☆』
取りあえず、掛っていた学生服のポケットからジッポライターを取り出し、窓を開け、ノートをつまみ出すと火を近づける。
「読みなさいよ」
掛った声にベットを見る。先ほどまで誰も居なかったのだが、シスターライラが居る。
「フランベルジェだが、偽物だっただろ?」準一が言うと、シスターライラは驚いた顔を浮かべる。
「気付いてたの?」
「いいや。確証は無かった。儀式場で、クイーンシェリエスは、フランベルジェをさっさと使わなかった」
ああ、それで、とシスターライラはどこから出したのか、フルーツ盛り合わせをベットの隣のテーブルに置く。「ねぇ、取りあえず。読んでみたら?」
「目を通したくない」
「あら、子供ね」
とシスターライラは立ち上がると準一に近寄り、ノートをパッと奪い取ると一ページ目に目を落とす。「じゃあ、読んであげる」
―――頼んでないよー
準一の心の突っ込みは通じる訳もなく、音読は始まる。
「シベリアでの戦闘後。朝倉準一には婚約の義を結んだに等しい女性が出来ました」
動きは早かった。傷の完治した準一はノートを奪い取り見る。1ページ目、一字一句間違いはない。
「誰の陰謀だ」
「さぁて、シスターには分かりかねるわ。まぁ、すぐに分かると思うわよ」シスターライラは一度微笑むと扉に向かう。「間違ったお嫁さんの情報を手に入れてしまってないか、心配だけどね。そうそう、言い忘れてたわ。ミレイズ姉妹の妹の方。私の方で面倒を見るわ」
準一は顔を向ける。「どうする気だ?」
「何もしやしないわ。ただ、ここには姉の方が残るからね、2人は一緒に出来ないらしいから。安心して、本当に。ただ可愛いから」
「可愛いから? どうする気だ」
「取りあえず、抱きしめて愛を囁くわ」
顰め面を浮かべ、準一はノートを閉じる。「魔法とか、呪いとか。その類だが使うなよ」
「使わないわよ」とライラは扉を開ける。「じゃあね。落ち着いたらジェシカを連れて遊びに来るわ」
手を振りながら「来なくていいよー」と準一は心の中で思った。
扉が閉じられると、カーテンが風でなびき準一は外を見る。
「俺……セクハラでもしたのか?」
夜中、準一の居る病室。その中に1つしかないベットで眠る準一の隣。パイプ椅子の上にちょこんと正座した、マリア・ミレイズは準一の顔を覗き込む。
「……どうやら、私はお前の嫁らしい」
直後、嫁という単語に反応した朝倉準一は起き上がり、マリアを見る。「嫁だと?」
いきなり起き上がった準一に驚きながらも「あ、うん」とマリアは頷く。
「……やっぱり、覚えて無い?」
マリアが聞くと準一は考え込む。「俺は、お前にセクハラを?」
「いや、どちらかと言えば私が」
「え?」
「キスしたから」
準一は左手を口に当てる。「マジか」
「ええ。本当よ。……何? 嫌なの?」
「嫌ってわけじゃ。だが、理由は?」
聞くと、マリアは準一の腹部を指さす。「傷。直してあげる為」
そんな事、聞いても準一は頭に?を浮かべ、仕方なくマリアは口づけによる治癒効果を説明。
すると、準一の顔はみるみる引きつっていく。
「つまり……その口づけだが」
「一種の婚約よ」
一呼吸置き、マリアは準一と目を合わせる。「行っておくけど、責任は取ってもらうから」
男なら、言われて見たいその台詞。
今は聞きたくなかった。
「悪い、確認の為に聞く。責任とは?」
「だ、だから」少し頬を染め、そっぽを向いたマリアは口を開く。「お嫁さんに、してもらうから」
―――可愛い。
素直にそう思ったが、駄目だ。落ち着け、と準一は自分に言い聞かせ、朝を迎えた。
じゃあ、お嫁さんで。何て事で終わることは無かった。碧武九州校校長代理の手の速さは、準一の想像以上で、なぜか、マリアの入学は決定した。
しかし、マリアはジェシカと共にミレイズ姉妹、と恐れられる傭兵だ。そんな人間を学校に?
準一の疑問に代理はにこやかに
『下手な動きを見せれば、妹を人質に。無理なら消せばいいでしょ?』
かなり残忍な答えだった。
まぁ、そうだな。と準一は渋々入学を了承し、マリアに確認を取ると、どうやら、嫁の件だが……かなり、本気らしい。
そして、準一は帰宅せず学校へ当校。案の定、転校生の紹介が行われた。
『嫁確定のマリアです。どうか、よろしくおねがいします』
礼儀正しく挨拶。最初の確定事項を言った時点で、マリアと準一と親しい女子生徒との間に亀裂が走った。
誰かが言った。
『これで、何人目かな』
それが聞こえ、準一は机に突っ伏し大きく息を吐く。
「別に、そこまで律儀に従う理由は無いだろ?」と屋上、ベンチに座る準一は隣に腰掛けたマリアを見る。
「何の事?」
「お嫁さんがどうとか」
ああ、とマリアは購買で購入したパンを取り出し、クロワッサンを準一に渡す。「本気よ」
準一はクロワッサンを受け取り、パックのコーヒーを渡す。「何で、そんなに律儀なんだ?」
「感謝はしてるもの。でも、借りは返したわ」
「なら」
何か言う前に「ジェシカの分はね」とマリア。「え?」準一は聞き返した。
言っているのは口づけでの治癒魔法だろうが。
「私が返したのはジェシカの分。私自身の借りは、返せてないわ」コーヒーを受け取り、マリアはストローを刺す。「私を助けてくれた借りをね」
ねぇ、とマリアは準一を見る。「あなたは、助けたとして、私とジェシカに何を望んでたの?」
クロワッサンを人差し指を親指で千切り、準一は前を見る。
「戦力だ」
「え?」
「お前たちは、金さえ出せば従う。なれば、金で雇って戦力にするつもりだった」
へぇ、とマリアはコーヒーを一口。「従わなかったら?」
「……どうだかな。俺は、フランベルジェみたいなお前たちを魔法的に有用する必要は無い」
「殺してた?」
「選択肢の一つだが、それはしない。殺すのなら、お前たちの為にシベリアまで行った意味が無いからな」
え? とマリアは準一を見た。準一はそのマリアからの視線に気づき、目を合わせる。「な、何だよ」
「今、私たちの為にって言った? 言ったわよね?」
何だかマリアは嬉しそうに隣の準一を肘で叩く。準一は何とも言えない顔で、千切ったクロワッサンを口に放り込む。
「建前だって言ってたのに。違うのね」とニヤニヤするマリア。準一はクロワッサンを咥え、肘で叩き返す。
このやり取り、傍から見ればとても仲が良い。
が、2人にそんなつもりはない。
「で、聞くが。何で借りを返すのに嫁にまでなる必要が?」
「本音を言えば、私自身があなたに興味があるからよ」
マリアはクロワッサンを一口食べる。「話に聞いていたより、ずっと優しいようだから」
「付け入る隙があるかも」
その口調は、本気ではない。
感じ取り、準一は長く息を吐く。
「まぁ、そういうわけだから。お嫁っていうのは。いい?」とマリア。
「……分かった」
準一は嫁、を承諾するとコーヒーを飲む。「なら、お前は」
「俺の嫁……で、いいのか?」
「間違いないわ」
ここに、夫婦が誕生した……んだろうか。
聞いていた妹、結衣は扉の後ろで、作って来た弁当を胸に抱き、下唇を噛んだ。
屋上のベンチ裏。塀の陰。その小さな隙間に納まった校長代理は、クリームパンを呑み込み、コーヒー缶を手に持った。
「やだ。修羅場?」
隣でしゃがんでいたカノンは代理を見る。「みたいですね」とパンを一かじり。
「カノンちゃんは慌てないの? お兄ちゃんが嫁オッケーしちゃったよ?」
「やだなー代理。……後々仕掛けますよ」
苦笑いし、代理は空を見る。
―――言っておくけど、今回の事はあたしの所為じゃないからね
よし、何か言われたらこう言えばいいのか、と代理はガッツポーズしコーヒーを一口。
カノンは、何をすれば仲を引き裂けるかを考え、頭を悩ませた。