借り清算の口づけ
吹雪の中、城の城壁に叩き付けられたアルぺリスは、持っていたブレードを落とす。城壁から瓦礫が落ち、コクピット内は激しく揺れる。
アルぺリスの顔に、カレンデュラの顔が近づく。
「別れの悲しみ、乙女の美しい姿、悲嘆、慈愛、静かな思い」準一は言うと、操縦桿を押す。アルぺリスの拳がカレンデュラの顔を殴り、二機は互いに手を合わせ、取っ組み合いになる。
「確か、カレンデュラの花言葉だった筈だ」
「良く知ってるわね」
カレンデュラの力が強まり、アルぺリスは一度押される。「私のカレンデュラは、乙女の美しい姿よ」
「そんな厳つい巨人が乙女だと? 願い下げだ」
「同じでしょう? 怪獣みたいな顔をしたロボットが天使ですって?」
シェリエスは微笑み、カレンデュラの足をアルぺリスの腹部に伸ばす。衝撃音の直後、アルぺリスは蹴飛ばされ、城の塔の1つに激突し、倒壊。
いいようにやられ、準一は舌打ちし、少し雪が弱まった。と感じる。
「話に聞くような戦闘方法は出来ないみたいね。やっぱり」聞こえるシェリエスの声に、準一の座るシートの隣に立つマリアは準一を見る。「乗せた異物に問題ありね」
どういう事? とマリア。準一は一度目を合わせると、正面モニターを見る。「加速魔法が使えない」
「どうして? 機械魔導天使でしょう?」
「違う」
準一は地に脚を付け、大剣を取り出したカレンデュラを見る。
「つまりね。あなたが居るから。あなたがコクピットに居るから、身体に負担のかかる加速魔法が使えないのよ」
マリアは準一に驚いたような顔を向ける。「私に、気を遣って?」
「お前は連れて帰る対象だ。死体にするわけにはいかないだろ」
の直後、アルぺリスが地面に降りる。合わせ、カレンデュラが迫り、アルぺリスはブレードを抜刀。
カレンデュラの振るった大剣を防ぐとしゃがみ、右回し蹴り。後ろに跳ね、カレンデュラは掌を向ける。
一瞬、衝撃波がアルぺリスを突き抜け、機体が大きく後ろに飛ばされ、城壁に激突。
何が、と準一はカレンデュラの掌を見る。中心が赤くなり、紅色の粒子が漏れている。
外付けの兵器。いや、魔法?
「凄いでしょ? カレンデュラのコレ。何だと思う?」
「さあ、なんだろうな」
「アルぺリスのサイドアーマー。魔導砲のような固定武装と同じ」
つまり、魔力を使用する武器。
「さて、次よ!」とシェリエスの後、カレンデュラの掌から衝撃波が撃ちだされ、アルぺリスは翼を広げ、空に上がり、衝撃波を避け、魔導砲を撃つ。
カレンデュラは迫る光線に大剣を横に一閃する。
「さぁ! 呑み込みなさいロツンディフォリア!」
光線が刀身に当たり、眩い光の後、魔導砲から発射された光線は光の粒になり、消える。
準一は、そのロツンディフォリアを知っていた。
魔力を食し、力とする。特殊な魔法武器。
それも、かなりレアなモノで、本来は美術館に保管されている筈なのだが。
「ロツンディフォリアはヴェネツィアの美術館の筈だが」
「クイーンなりに力を使った。それだけよ」
答え、シェリエスは機体を前に出し、ロツンディフォリアの切っ先を向ける。「吐き出せ!」
アルぺリスの魔導砲からの光線と全く同じそれが飛び出し、雪を溶かし迫る。
準一はアルぺリスを後ろに下げ、魔導砲を撃ち、ロツンディフォリア、魔導砲からの光線がぶつかると、一瞬で辺りに広がり、雪が解け、蒸発時の煙が広がる。
「視界が」正面モニターは煙に覆われ、視界が悪い。ふと、横を見てマリアは「右!」と準一に叫ぶ。
右から迫ったロツンディフォリア、アルぺリスを後ろにさがらせると、カレンデュラの腕を引き、城壁に叩き付ける。
そのまま隙を与えぬように機体を浮かせ、カレンデュラの腹部に膝蹴りを入れ、ブレードを振り下ろすが、受け止められる。
振り下ろしたブレードは、カレンデュラの掌の上。
そのまま腕にだけ加速魔法を掛け、力を入れると、カレンデュラの左腕にブレードの刀身がめり込む。
「掴まえた」
のシェリエスの言葉の後、ブレードは動かなくなる。刀身に、ロツンディフォリアがくっ付き、開いた刃が噛み付いている。
「喰うつもりか」
「ええ。何? 怖くなったかしら?」
「いいや」
準一はアルぺリスのブレードを硬化させ、押し込ませる。ロツンディフォリアの開いた刀身は苦しそうに震えている。
シェリエスは舌打ちし、アルぺリスを押し、ロツンディフォリアで左腕を切り捨て、空に上がろうとするが、アルぺリスに脚を掴まれ引きずり降ろされる。
掴むアルぺリスの手を蹴り、カレンデュラはロツンディフォリアを振り上げる。
来る、と準一はアルぺリスのブレードを振り上げさせ、振り下ろされたロツンディフォリアを受け止めると、衝撃波が走り、下の瓦礫が巻き上がった。
衝撃波は、1つ、別の塔を破壊する。
「反応が早い事」とシェリエス。準一はカレンデュラの顔を睨み、操縦桿を押す。カレンデュラが後ろに跳ねると、準一は追撃しようとするが、カレンデュラの動きは早く、距離を取られる。
見ると、カレンデュラは腕から血が垂れている。しかも、量は尋常ではない。
「チッ、まだ試験も済ませてないから」
ブラッド・ローゼンの血の力。それを取り込んだカレンデュラ・オフィシナリスは、血の力を使う上での回路諸々を試験すらしていない。
その上で起こった不具合に近い血の放出。
能力が適合していないのか、はたまた別の何かか。と準一は推測。
「じゃあ、終わらせなきゃ」とシェリエスの後、カレンデュラがロツンディフォリアを構える。準一は1つを確信し、周りを見る。
この雪の中の城だが、囲うように城壁があり、城壁には数十メートル間隔に塔がある。
その塔は、魔法発動の為の術式。その幾つかを担うもの。
ずっと振り続けている雪は、魔法的な攻撃を持つが、それはその塔の1つが原因だ。
つまり、塔を1つ破壊するごとに魔法が1つ解除される。
現に、吹雪は弱まった。
試すか、とサイドアーマーを塔の1つに向け発射。すると、塔の倒壊と同時にカレンデュラの腕から更に血が噴き出る。
「あら……気付いちゃった?」
「ああ」
シェリエスからの問いに答え、マリアを見る。マリアは何が何か分からない顔をしている。
「どういう事?」
「分からないか?」
ええ。とマリア。「何に気付いたの?」
「この城。まぁ城壁だが、間隔を開けて塔が建っているだろ?」
マリアは頷き、見渡す。「本当」
「あの塔の一つ一つだが、魔法を構成する一つ一つなんだ。つまり」
「魔法は、不完全」
正解だ、と準一は頷き、マリアは魔法に疎いのだな、と理解し前を見る。
勝てる見込みは見つかったが、問題は一つ。魔法の使用が制限された事だ。
―――あの女。噛んだ時に仕込んで来たな
保険を掛けられた、こうなる事を見越して、噛み付く時にそれなりに仕込んできた。
それも、時間差での効果を発揮するモノ。
一応、魔法は使えなくはない。だが、使用には制限が掛っている。一部の部分展開。
アルぺリスの回路を使用しても、それが限界。
「さて、種も分かった所で戦いを再開しましょうか」
ああ、と準一は頷き、アルぺリスを飛ばし残った塔へ攻撃をしようとするが、迫った斬撃にサイドアーマーを弾かれ、体勢を崩し雪上を転がる。だが、残った片方のサイドアーマーを向け、塔に発射。
オレンジの爆発が広がり、熱で雪が解け蒸発時の煙が広がる。
「あら、しぶとい事」
微笑んだシェリエスは操縦桿を捻る。合わせ、カレンデュラのロツンディフォリアの切っ先が向くと、刀身が開き、魔力が集まる。
「これは効く?」
開いた刀身から光る弾が撃ちだされ、アルぺリスに迫る。
盾を、と形成しようとするが、一瞬で消え、弾は腹部に命中。
衝撃で、マリアと準一は上下左右に揺られ、アルぺリスは片膝を付く。
どうやら、衝撃で片膝がおかしくなったようだ。かなりの威力の弾をぶつけられた訳か。
「効いたみたいね」とシェリエス。笑みを浮かべているのが目に見え、準一は息を吐く。
すると、カレンデュラはロツンディフォリアを下に向け、弾を撃ちだす。一気に煙が広がり視界が悪くなる。
何を、と準一が思った直後、マリアの居る方に影が映る。
それに気づいたマリアは驚くが、それより早く、準一はシートから飛び降り、マリアを庇うように覆いかぶさる。
直後、バリン、とモニターが割れロツンディフォリアがコクピットに入り込み、準一の背中にその先端が少しささるが、人間の大きさからすればかなりの傷だ。
貫通はしなかったが、かなり入り込み準一は痛みに堪え、目を瞑りマリアを見ると、案の定驚きの表情。
何の考えなしに庇ってこうなったが、これからどうすれば、と思っていると塔が全て爆発。ロツンディフォリアが抜かれ、準一は後ろを見る。
塔の爆発は恐らく、他2人が原因。
なれば、今しかない。準一はゆっくりとシートに座ると「マリア・ミレイズ……掴まっていろ」とマリアに言う。
従い、マリアはシートの端を掴む。すると、アルぺリスは残ったサイドアーマーを地面に撃ち、爆発を起こさせその中から飛び立ち、森に消える。
「あー……にげちゃった」
追いかける事の出来ないカレンデュラはその場にへたり込み、コクピット内のシェリエスは髪を撫で、息を吐く。「忘れてたわ。もう2人いたのを」
雪を踏む音で目を覚まし、マリアは驚いた。自分はお姫様抱っこ、されている。朝倉準一に。
ああ、さっきの逃げる時の衝撃で、と頭を押さえる。
「あぁ……目を、覚ました」
準一はマリアを見る。
目があったマリアは、準一の目を見る。頭部からは血が流れている。目は右は瞑っている。
「大丈夫、降ろして」
「ああ」
言われるまま、準一はマリアを下ろすと息を吐き、右手で背中を押さえる。
それを見て、マリアは思い出す。
先の戦闘で、自分を庇って背中を。
と思った直後、準一は膝を付き、力なくうつ伏せに倒れる。
抱き起そう、と思ったマリアだが準一は震えながらポケットを漁り、端末を取り出しマリアに渡す。
「これを……このままだ。合流ポイント。お前の妹と協力者がいる」準一はマリアが端末を受け取ったのを感じると、手をつき半身を起こす。「血まみれで悪いが」
上着を脱ぎ、マリアに渡す。「こ、ここは……寒い。かなりな……着て行った方がいい」
マリアが受け取ると、準一は目を閉じる。
「さっさと、合流し……姿を、眩ませろ。それで、解決だ……いや、目障りだ。……行け」
分かった。とマリアの口の動きが見え、準一は意識を失った。
城の敷地から出たジェシカ、ライラのコンビは合流ポイントに向かって歩いている。
「あの牢屋の……どうして死んでたの?」
準一が助ける、と言った少女の居た牢の区画。そこは先ほど2人が向かった時、血に塗れ人は破裂したようにバラバラだった。
「魔法を担っていた術式が壊れた……が有力でしょうね」
え? と首を傾げるが「まぁ、全部は朝倉準一に聞きましょう」とライラ。
ジェシカは頷き、シスターライラの横に並び、雪を踏みしめた。
目を覚まし、朝倉準一は右を見る。自分の腕は、マリア・ミレイズの肩に回っている。
どうやら、助けられたようだ。
「あら、お目覚め?」
「あぁ……何で、置いていかなかった」
虚ろな目のまま準一が言うと、一歩一歩、準一に負担が掛らないようゆっくりと足を踏み出すマリアは顔を向けず口を開く。「死なれちゃ、目障りでしょ」
「噂に聞いた……ミレイズ姉妹の台詞とは思えない」
「ねぇ。どうして、あの一撃から私を庇ったの?」
「勘違いするな……お前を、庇ったわけじゃ」
答えながら、準一は背中を押さえる。
「すまない。喋るな。傷に響くぞ」
「いや、気にするな」
労わってくれたであろうマリアの肩から手を離し、準一は背中から手を離す。「すまない、借りができたな」
「いや」
気にするな。と言おうと思ったマリアだが、気になり聞く。
「もう一度聞く。何故、私を庇った」
「言ってやる。お前を庇った訳じゃ無い。都合の良いように解釈するな」
マリアは準一の右腕を自分の肩にかけ、肩を貸すと睨む。「ふざけるな。あなたは自分で言った。私たちはおまけだと、なのに身体を張る意味は無い」
声が遠くなるのを感じたが、準一ははっきり聞こえた。
「死なれては……目障り―――」
意識を失い、準一は倒れた。
「ちょ、ちょっと」
本当にヤバい。そうマリアが思うと、準一のポケットから護符が落ち、マリアは拾い上げた。
「クオーターの契約?」と聞き返したのはジェシカ。隣のシスターライラは頷く。「そう。まぁ、契約と言っても一種の縛りでね。そのクオーターと契りの口づけをした人間は、一種の婚約に近いモノを無条件で結ばれるの」
「それが?」
「それにはまだあってね。契約時の口づけ。それには傷を癒す力があるの。それによって、契約後、その人間はクオーターに口づけをされる事によって、無条件に傷が治る特典付き。どう?」
どう? と言われても、とジェシカはため息を吐く。「目的の物はゲットできたの?」
返答は、苦笑いでジェシカも苦笑いを向けた。
会話の流れは聞こえ、マリアは準一を見る。傷がかなり深い。血は止まったが、既にかなり流れている。
助けるか、助けないか
多分、助けない方がいい。絶対に。
この男の脅威は身に染みている。助けるメリットは無い。
しかし、この男は何であれ自分の為に身体を張ってくれた。
その借りは返すべきだ。
しかし、契約? 契り? エンゲージ? 口づけ? はっきり言ってバカとしか言えない。そんな単語ばかりが飛び交ったが、準一を助ける手立てがそれしかないのは事実。
「ごめんね。ジェシカ。ここで、借りは精算するから」
呟くと、仰向けに倒れ、動かない準一の顔に自分の顔を近づける。
程なく、ゆっくりと、静かに、雪の中、マリアの唇は朝倉準一の唇に当たった。