表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
84/166

カレンデュラ・オフィシナリス

「エサに食いついたのか?」


 声を出したオリバー・アズエルは、大きな窓の縁に腰掛け、雪を眺める女性に声を掛ける。

 女性は振り返り、赤いスカートを掴み、オリバーを見ると微笑む。

 長い牙が見える妖艶な笑み。

 本当に人間としか思えないな、がオリバーの感想だった。


「食いついたわよ。でも、どうなのかしらね。うまく此処へ来てくれたらいいけど」


 女性は言うと喉を抑える。「これって、中毒なのかしら?」

 彼女が喉を抑えるのは合図。

 

「貴様たちの本能だろ? まぁいいが」オリバーは部屋のクローゼットを開け、怯える少女を引っ張り出す。

 

 まだ十代半ばだろう白人の少女は、恐怖に顔を歪めている。


「あら」と女性は少女に近寄ると、抱きしめる。「大丈夫よ」


 優しい声に、少女は少し落ち着くと、女性の首筋に手を回す。すると、女性はニヤ、と笑い、八重歯を少女の首筋に刺す。

 少女は目から光彩を消し、膝を付き、倒れ、女性の八重歯が外れる。

 吸血が終了し、彼女は自分の口の端に人差し指を当てる。すると、血が付き、それを舐める。


「悪くないわね」


 女性の声を聴き、オリバーは息を吐くと少女を抱き上げる。


「あら? どうするの? まだ若い子よ。ロリコン」

「俺はこんな事に興味はない、彼女は解放する。無差別な誘拐は、貴様の血液を満たす為だけだ」

「人道的ね。反吐が出るわ」

 

 無差別な殺しは好きじゃない、言うとオリバーは部屋を出る為、扉を開ける。「次は、連れてきたヴァルキューレシスターズの片割れから吸血する事だな」


「吸血鬼の姫、クイーンシェリエス」


 シェリエスは、窓辺に戻り微笑む。カールのかかった長い金髪を指先で撫で、赤い瞳でオリバーが出て行った扉を見ると、視線を窓の外、下に向ける。


「血が吸えるなら……やっぱり、人間が一番美味しい」右膝を縁に乗せ、腕を置き、顎を埋める。「高位魔術師朝倉準一の血は、美味しいのかしら」


 少し雪が止み、窓の下にはアルぺリスと同サイズの巨人が姿を現す。膝を着いたそれは機械魔導天使・カレンデュラ

 かなり、顔の形状が違う。


 

 正式名称はカレンデュラ・オフィシナリス



 カレンデュラは、完全に人の顔を模している。アルぺリス等は、デュアルアイや、センサーアイだがかなり違う。

 だからこそ、イレギュラーエンジェル。


「どうかなー。ねぇ、カレンデュラ」





 目を覚ましたジェシカは、辺りを見渡し準一とライラを見ると起き上がろうとするが、肩が痛いのだろう、押さえ、顔を顰める。


「痛いなら。無理しない方がいいわよ」

「この状況下で? 無茶言わないでよ」


 ライラからの言葉にジェシカは睨み付け、準一を見る。「どうして、あなたが?」


「俺は任務だ。彼女の手助け兼」準一はジェシカを見下ろす。「お前たち、ミレイズ姉妹の奪還だ」


 それを聞き、ジェシカは準一に雪を投げる。「ふざけんな!」


「あんたの学校が私たちをここに引き渡した! その所為で!」

「お前の意見なんか聞いてないんだよ。お前たちの引き渡しは、日本政府の監視下で行われなかった。お前たちは、日本国政府の所有物で、それを奪い返すのは当事者の俺の役目だ」

「勝手に!」


 ジェシカは立ち上がり、準一を睨み付ける。「好き勝手言うな」


「怒る前に事情を説明しろ。お前は、あの施設から来たんだろ? 何があった」


 一度ライラを見て、ジェシカは息を吐く。「フランベルジェっていう法具を使用する為に、今お姉ちゃんは幽閉されてるの」


「すぐには使わない……いえ、使えないものね」

「使えない? 血を流すだけでは?」


 準一が聞くと、ライラは首を振る。「それは、あくまで使用する為の下準備。フランベルジェの特徴は、使うまでの準備期間が長い事なの」


「つまりね。フランベルジェは元々、戦闘用ではなく儀式事に、祭壇でまつられるモノ。古来より、祭りには必要なモノがある。分かるでしょ? ミレイズ姉妹、ジェシカ」


 ライラからの問いに、ジェシカは頷く。「生贄」


「その為のお姉ちゃん……お姉ちゃんはどうなるの?」

「さぁ、ただ血を搾られるだけならいいけど」


 含みのある笑みに不快感を覚えたジェシカは目を細める。


「これも過去より通じる例よ。生贄の女性には、触れてはいけない。という祭りと、触れてもいい祭り。もし、触れてよかったらどうなる?」


 姉が、何をされるか。魔法か、拷問か、それとも別の何かか。


「まぁ、そういう事だ。俺達は行って来る」と準一はライラを見る。ライラも頷き「じゃあね」と手を振る。

「ま、待って。行くんでしょ? お願い、私も連れて行って」


 ジェシカの声。

 どうする? とライラは準一を見る。


「連れて行くわけないだろう。魔法武器が無い以上、足手まといになる可能性がある。それに、肩はほぼ骨折だ」


 準一から淡と言われ、ジェシカは睨み付ける。「お姉ちゃんの居場所なんて分かんないでしょう」


「分からなければ分からなくていい。最終目的は、フランベルジェを奪う事で、お前たちの事はあくまで大義名分を得るためのこじ付けに過ぎない。死んでいた時は死んでいた時、死んでなかったら死んでなかった。そういう事だ」


 と、言いたい所だが、と準一は続ける。「助けてやる」


「え?」


 ジェシカは準一を見て目を見開く。さっきと言ってる事がまるで違う。


「だが、これは貸しだ。キッチリ返してもらう」と準一はライラを見る。「何? その変な顔。まさか治癒魔法を使えなんて言うつもり?」


 そのまさかで、準一は「頼む」と一言。「分かったわよ」とため息交じりのライラはジェシカの肩に手を当て、骨折を治す。


「すごい」とジェシカは驚きながら腕を回す。「治ってる」


 それを見て、準一は前を見る。「さ、行こう。あんまり遅くなりたくない」




 ジェシカを同行させて数十分歩いた頃、準一は2人の前に立ち足を止め、ブレードを抜く。「2人」

 ライラは頷き、準一の視線の先を見る。

 すると、雪の中から甲冑7体が出現し、雪上を滑るように準一に迫るが、すれ違い様に2体とも両断される。

 両断された7体は、雪上を転がり動かなくなる。


「白兵で……」 


 ジェシカは驚きながら準一を見る。「これが」


 ―――高位魔術師・朝倉準一


 2人で挑んで、勝てる事なんてある訳なかった。

 この男は、本当に強い。


 ジェシカがそんな事を考える中、準一は顔色一つ変えず剣を収め「急ごう」と言うと歩き出す。





「あら? 準一はいないんですの?」と登校し、教室に入ったレイラ・ヴィクトリアはカノン、結衣に聞く。

「うん。兄貴ね。何か仕事だって」

「私も何も知らされてなくて」


 すると、真尋が顔を覗かせる。「何か……気のせいと思うけど、新しい女の予感?」

 誰も、まさかと言えず顔を見合い、考え込む。


「はい。対策として、あたしが兄貴に婚姻届を出します」


 結衣が言うと、ストップコールが連続。「ちょっと待って!」とカノン。


「私ですわよ!」


 言わずもがな、レイラ。

 ここで言い合いが始まる、とクラスの人間が予想する中、教室の扉が勢いよく開き、皆は一斉に見る。


「お待ちかねだよ」と嬉しそうな校長代理。「こりゃ、勝負するしかないよね!」


 またか、とクラスメート達は思う中「代理。勝負は止めた方が、文化祭の準備ですので、皆が一丸となるのは当たり前」

「あたしたちだけ別行動では、クラスメートに迷惑がかかります」


 カノン、結衣が言うとクラスメートは拍手する。男子は「天使や」と呟いている。


「それもそうね……だったら、夜釣りなんてどう?」

「釣り?」


 と一斉に聞き返す。「そう釣り。知ってるでしょ? フィッシングよ」


「知ってますわよ。ですけど、なんで釣りなんですの? 美しくありませんわ」

「えー?」


 代理は頬を膨らませレイラを見る。「お魚美味しいよ。刺身食べたい」

 勝手に食ってろ、と誰もが思う。


「という事ですから、代理。釣りの話は無しにしましょう」


 真尋が言うと、はーい。と代理は準一の席に座る。


「……代理?」


 さもそこに座るのが当たり前、な感じの代理にカノンは聞く。「何故……そこに?」 


「いや、空いてたもんだから」

「兄貴、欠席ですからね」

「まーた女を連れて戻って来るんでしょうね」


 と代理が言うとクラスメートはため息を吐く。





 施設、と聞いていたものだからもっと四角い建物を想像していたのだが、準一の前に現れたのは城だった。吹雪の中の巨大な城、迫力がある。

 みた所、通常兵器なんかは配備されていない。

 上空を飛んでも、高射砲や迫撃砲。対空ミサイルの心配はないが、その分、魔術で何かしらがあるかもしれない。

 進むと、城門が目に入り、城門は開いている。

 まるで、待っているかのようだ。


「シスターライラ。ジェシカを頼む。そっちはミレイズ姉妹の片割れを、俺はフランベルジェを」

「分かったわ。じゃあ、別行動で行きましょう」


 言うと、シスターライラはジェシカの手を握り、歩き出す。

 ライラ、ジェシカはマリア捜索組。準一はフランベルジェ。この分け方は、比較的に危険な方を準一に回した。


 2人を見送り、準一は長い息を吐き、ふと上を見る。大きな窓の下、庭園だろうか。そこに巨人が膝を着いている。

 その巨人は、翼を持っている。

 機械魔導天使。

 しかし、見た事の無いタイプ。顔がある。完全な顔だ。

 目、鼻、口、人の顔を模している。


 ―――あれが、イレギュラー天使エンジェル


 それが、クイーンシェリエスのカレンデュラ・オフィシナリスを見た、朝倉準一の感想だった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ