体験入学生来校
体験入学の日になり、碧武九州校の入り口である横断橋の上には、綾乃の搭乗する訓練機の姿があった。
訓練機は手に大きな旗を持っている。
旗には『いらっしゃい』と力強く筆書きされている。
その横断橋の前に数台のマイクロバスが停まり、様々な制服の生徒が降り立つ。
「へぇ。すげえ」「おっきい」「かっこいい」
と声は様々。本物のベクターの迫力は大きいだろう。
彼らは外の学校から後頭部への進学を希望する者だ。見てきたベクターは精々土木作業の小型機。
訓練機は、いっても雷程度の性能は持っている戦闘用だ。大きさにして14m。
『体験入学の生徒の皆さん。いらっしゃーい』
訓練機の肩に立つ校長代理が右手を広げる。左手にはメガホン。
体験入学の生徒はポカンとしている。
その中の1人が代理を指さす。
「何だ? あの馬鹿そうなガキ」
一応、ウチの校長代理だよ。と綾乃はコクピット内でため息を吐いた。
『おらー! 聞こえるんだかんねー!』
代理の抗議に体験入学の生徒は総スルーし、綾乃の乗る訓練機の誘導に従い、予め渡されていたIDを警備に見せ、完璧に碧武九州校敷地に入るがまだ横断橋。
迎えに来たのは朝倉準一の運転する大型護送車。
全員が乗れる大きさで、全員を収容すると、バスガイド姿のカノンは、短いスカートの裾を押さえ、赤面しながら「あ、案内役です」と右手を上げる。
「可愛い」と女子から人気で、男子が取り付く間もなくカノンは女子に取り囲まれる。
男子勢は、カノンを観たかったが女子に阻まれ悔しそうにする人間もちらほら。
そんな間に護送車は発進し、後ろから訓練機が続く。
学校エリアから見て居る生徒は「シュールだ」と口を揃えた。
護送車はまず、学校敷地内の船舶停泊地に向かう。停泊地には戦艦大和。
代理からの「ちょっと体験入学の生徒をクルーズさせたい」との言葉に九条はフレンドリーに請け負った。
体験入学の生徒は口々にすげえ。と意見を漏らしているが、1人。乗り気ではない女子中学生が護送車の運転席から降りた朝倉準一を睨んでいた。
準一はその嫌な視線に気づき、その女子を見て、何かしらの違和感を覚えるが答えが見つからず、スルーし、女子に囲まれる義妹に目をやる。
「バスガイドさんの恰好も似合うもんだ」
カノンに対しての言葉はそれで、集音スピーカーで聞いていた綾乃は「バカ」と呆れ気味に息を吐いた。
戦艦大和でのクルージングは好評に終わり、男子生徒は名残惜しそうだった。クルージング中は、女子はカノンと女子隊員のおかげで真面目だったが、男子はずっと船員に「砲弾撃てないの!」等と聞いていた。
ちなみに準一や綾乃、代理は乗船せず案内する体育館でのオリエンテーションの準備。
生徒会、マッスル同好会が主軸となり、手伝いに来てくれた生徒達とでの共同作業なのだが、結衣はムスッとしていた。
「どうした結衣?」
「元気ないね?」
「ほんと」
シャーリー、菜月、アンナが順に聞くと結衣はモニター調整をする準一を見る。「義妹にうつつを抜かしています」
「ああ、どうでもいいや」と3人は結衣の襟を掴み、引き摺り作業に戻らせた。
「最近結衣はつれないからね」
「今日は久しぶりに4人でパーティーだ」
「寝かさない」
先ほどの順で言うと結衣は「はなせー」ともがくが虚しく舞台裏に連れ去られた。
体育館でのオリエンテーションは、学校の創設目的や設備。カリキュラム等の堅苦しい説明だったが当然、代理のゴスロリ講義も行われ、それなりの盛り上がりでオリエンテーションは終了した。
依然として、体験入学女子生徒はカノンに懐いている。
ちなみに現在、体験入学の生徒に、碧武九州校中等部の人間も幾つか合流している。
「まずは体験授業です。座学ですけど、学ぶのは基礎的なベクターの知識です」
カノンが言うと外からの中学生、中等部生は「はーい」と声を揃えた。
向かう一行の後ろでは、学ランの朝倉準一と、メガネで長髪ぱっつんの女子生徒が仲良さ気にお喋りしていた。
メガネ長髪ぱっつんの名前は西紀麻梨乃。綾乃の妹だ。
「では、やはりヘルブレイカーよりも椿姫の様な機体が?」
「ああ。ベクターと言う多種多様な状況変化に耐えうる兵器であるならな」
麻梨乃は準一を見て「おおー!」と笑顔になるとはしゃぎ、セーラー服のネクタイが揺れる。「お姉ちゃんから聞いた通りです。すごいですね」
「いや、お前こそ凄いよ。一般の学校に通う人間の知識とは思えない。乗らないと分からないであろう箇所まで」
「いえ。好きなんですよ。ベクターって凄いじゃないですか」
確かに凄い。陸戦兵器が主であったが、ユニットの登場より空戦兵器として活躍が始まり、現在の戦争はベクターが主軸となっている。
各国のベクター開発国は新型に力を注いでいる。
「なんかガ○ダムみたいで!」
いやー。宇宙進出はもうちょいかな。今はまだ試験段階だから。
成層圏すれすれではいけるみたいだよ。
「次は可変機ですね! マ○ロスみたいな」
可変機はもう幾つかの国が開発に掛ってるが、一番進んでいるのは日本の本郷重工だ。
「でも先輩。手動って凄いですね。あんな複雑な演算。起動の度頭で処理してるんですか?」
「いや」
準一は懐から小型の端末を見せる。「これだ」
「それは?」
「椿姫系列の機なら、簡単に起動させられるOSが入っている。が、状況データは手打ちだがな」
聞けばずるいな。と思うが、状況データには結構な項目がある。
端末を使ったとしても、学生の業ではない。
「すごい……あ、ってことは理数系の科目は成績が優秀なんですか?」
麻梨乃が言うと準一は苦笑い。
何の苦笑いだろう、と麻梨乃が思うと準一は口を開いた。
「それ以上はいけない」
あ、察し。
麻梨乃は「無粋でした」と前を見る。
すると一行は大きめの教室に付き、班ごとに分かれる。
「先輩」と麻梨乃は準一の前に立ち顔を見た。「私は入学するつもりです。入学できた場合は、ベクターについて詳しく講師をしてください」
碧武での初めての友人である綾乃の妹からの頼みだ、準一は「出来る範囲でな」と答えた。
満足げに笑い、麻梨乃は教室へ入る。その直後、綾乃が困ったと言いたげな顔で出て来る。
「綾乃? 元気ないな」
「いや……ね。うちの妹。可愛いか可愛くないか。どっち?」
いきなりの質問だが、麻梨乃は姉、綾乃と似てかなり整ったルックスだ。
「素直に可愛いな」
「でしょ? なのにあの趣味だよ?」
「え? 駄目なの?」
「だめじゃないけど……姉としては心配で」
「心配?」
「うん。前に麻梨乃は私の前で同級生に告白されてね、すぐに断ったの。『私はあなたのような凡人に興味はない。私と対等になりたいなら日本国が正式採用したベクターの効果的運用方法を提示しろ』って」
準一は絶句した。随分フレンドリーな子だな、と思っていたのだが違うようだ。
「準一と喋ってるときのあの子。本当に楽しそうだったからなぁ。多分、準一さ、懐かれたよ」
「何だろう。嬉しい筈なのにあまり嬉しくない。綾乃、救済案が欲しい」
無理だね。とキッパリ言い放つと綾乃は準一から顔を逸らす。
「……何で顔をそらした」
「いや、ごめん。私、家に帰った時、麻梨乃の前で朝倉準一っていうメチャ強でベクターに詳しいメカオタク一歩手前がいるって」
準一はまたもや絶句した。
「言っちゃった」と言い残すと綾乃は廊下を走り去った。
残された準一はただ虚空に手を伸ばし「何て事を」と擦れた声を出す。
すると、準一の背中が乱暴に掴まれる。
振り向くと、ツインドリルとボブヘア。
「あらまぁ。我が夫ながらお手が早い事」
「本当にね。兄貴さ、見境なさずぎ」
どうやら、実妹と元英国皇女は仲が良いらしい。
後ろでは「最高の画だぜ」とカルメンがカメラを構え、角からは生徒会メンバーが顔を出し、校長代理はお腹を押さえて笑い転げている。
―――あぁ、あのバカが2人を連れて来たんだな
理解したが遅く、準一は美少女2人に廊下で説教とチョップを受けた。