ヘルブレイカー
肩に装備された長砲身の300mmの威力は絶大だった。横須賀米軍基地沖合の使い捨てられた人工島。現在は演習場として機能しているそこに300mmの砲弾が着弾し、大きな爆発が起こった。
制圧用ベクター、ヘルブレイカーの砲撃は、集まった関係者たちを驚かせた。
その低い歓声の中、準一は天井がオープンに開いた観客席の長椅子に掛けた。準一が腰かけると、隣に座っていた制服姿のカノンは短く息を吐いた。
「事情聴取はどうでした。兄さん」
「割とすぐに終わったよ。聞き出したい情報はあまりないようだったしな。ただの注意だけだ」
教師に怒られる悪ガキですね。とカノンが言うと準一は苦笑いし、先に見えるヘルブレイカーを見た。「カノン、今は砲撃戦だ。近接戦はまだだよな」
準一がヘルブレイカーの模擬戦、特に近接格闘戦を観たがっていたのを知っていたカノン。「はい。この次ですよ」
「そうか。間に合ってよかった」
「本当に楽しみだったんですね」カノンは準一を見る。「兄さんが気になっているという事は、そんなに良い機体なんですか?」
準一はカノンに顔を向ける。「こればっかりは見て見ないと何も言えないが。ヘルブレイカーは平面が多い。武装が多数積める上に、ある程度の高速移動ができるからな」
「使い勝手がよさそうですね」
「ああ」
カノンはヘルブレイカーを見る。
椿姫や篤姫、フォカロルの様にスラッとしたフォルムではなく、四角が目立ついかにも兵器といった見た目。
「兄さん乗りたいんですか?」とカノンが聞くと準一は「冗談」と背もたれに背を預ける。
「乗りたくないんですね」
準一は頷く。「動きは速いが、細かい動作が苦手な機体だ。見るだけで十分だ」
へぇ、とカノンが声を漏らすとアナウンスが流れ、ヘルブレイカーは近接武器を構える。
柄は短いが、刀身の長い斧の様な武器。
見ると、体当たり用の武装らしい。
ヘルブレイカーがそれを構えると、ターゲットとなるベクター型の的が姿を現し、ヘルブレイカーは滑るように突っ込み、武器を前に構え突き刺す。
そのまま取り囲む様に的が出現するが、最小の動きでそれらを切り裂く。
想像以上の近接能力だが、ヘルブレイカーの目的はあくまで制圧。
主に射撃、砲撃だ。
近接は取って付けた様なものだ。
準一は辺りを見る。偉そうなスーツの人間達が何人かひそひそと話しあっている。
聞き耳を立てると、どこぞの国のお偉方。ヘルブレイカーを売ってほしい、と交渉しているらしい。
ヘルブレイカーは、新型ベクターでありながらイメージフィートバックシステムを必要としない機体だ。
つまりは適性に関係なく搭乗できる。
操縦方法は手動。
初期のベクターも手動だったが、操縦系統の複雑さからイメージフィートバックが誕生した。
ヘルブレイカーの場合は、あらかじめ組まれた汎用OSを使用する。
しかし、汎用OSはかなりの制限が掛る為、地形変化の際にはOSを交換しなければならない、という欠点はあるが、操縦者を選ばない、という点では優秀だ。
汎用ベクターには出来ない操縦方法だ。
「それに、俺の得意は人型だ」
「椿姫とかですか?」
準一は頷くとカノンを見る。「一応はここで終いだが」
プログラム上では、ヘルブレイカーのお披露目は終了だ。
「大人しく帰るか?」
「んーいやです」
あらま、と準一は息を吐き、何をしたいかを聞く。
「兄さん。折角なんですからデートしましょう」
「はいはい大人しく帰ろうねー」
いけずー。とカノンは準一の胸板をポカポカと叩いた。
学校へ帰ると、待っていたのは校長代理のニヤニヤした顔だった。
カノンは何をいうつもりなのだろう、と呆れ気味の息を吐くと準一も同じような感じだ。
「この碧武校に1日体験入学できる抽選会があってね」
いえ、何も聞いてないですから喋らないで下さい。と準一、カノンは声には出さず思う。
「まぁ、中学校から直接高等部へ来たいって言う子達がね。つまり、明日は休日ですが体験入学です」
「急じゃないですか?」と準一。
代理は「ふふん」と胸を張る。「君達2人には言い損ねてね」
何でピンポイントに自分たちなんだろう。
「もうお分かりだと思うよ。名誉な事だね! 君達2人は新入生の案内役だ!」
準一、カノンの動きは早かった。「カノン! 右をやれ!」「はい! 左は任せます!」
何の合図だろう? と思う代理はポカンとしたが、次の瞬間には右頬をカノンに、左頬を準一に抓られた。