表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
71/166

試合だとさ

「紙面上、お前は朝倉結衣ではなく朝倉準一となっている」


 淡々とした口調。だが、顔は苦笑いの準一は、メイク室で結衣に伝えた。

 肩を落とす結衣は、ただ息を吐いていた。


「悪い。これは断れなかった俺のミスだ」

「ううん。いいよ。でも……」


 椅子から立ち上がり、結衣は自分の恰好を見る。

 髪型は少しいじり、少し毛先を立たせているがあまり普段と変わりはない。

 だが、制服は学ラン。

 結衣は胸が小さくは無い為、志摩甲斐の持っていたバストサイズダウン装置を使用し、胸を頑張って小さくした。

 別に小さくなったわけでは無い。ただ、押さえつけているだけだ。


「あたしは妹なのに」


 はぁ、と結衣は肩をさらに落とす。それを見て、準一は息を吐くと結衣の頭に手を置く。


「終われば何も無しだ。それまで頑張れるか?」

「うん。兄貴、一緒に居てくんなきゃヤだよ?」


 分かってる。と準一が言うとニコニコした代理がメイク室に登場する。


 ―――何だ、そのニコニコは


「男装と聞いて飛んできました」


 碧武九州校に於けるイベント等、謂わば諸悪の根源は結衣の男装をイベント事として捉えているらしい。


「しかしねぇ……男子にしては可愛過ぎじゃない?」


 代理の意見は最もだった。服装を変えても結衣の顔は普通の状態で女の子。かなり可愛い。

 これを男子と言い張るには無理がある。


「……よし、男の娘で通そうか準一君」

「全く同じ意見です」


 準一と代理が目を見合わせると結衣はキョトンとしている。


「男の子?」

「違うよ結衣ちゃん。男の娘、と書いて男の娘」


 何ですかそれ? と結衣が聞くと代理は耳打ち。

 一瞬で結衣は顔を赤面させ、魚みたいに口をパクパクさせる。

 一体、何を耳打ちしたのだろう。


「兄貴」

「ん?」

「男の娘って……ホモですか?」

 

 準一は頭が痛くなった。意外にも純粋な妹は、どんどん毒されていっている。

 

「IPS細胞……つまり、可能性の獣か」


 何やらブツブツと言う代理の頬を準一は抓っておいた。





 試合当日。


 凄い偶然、と準一は声を掛けられた。場所は弓道の大会会場。福岡市内でもかなり田舎の方。少し下がれば大分県に入るであろうソコは、周りに田んぼしかない。

 声を掛けられた準一は振り向き、相手を見ると通っていた高校の制服姿の女子だ。

 制服はブレザー。灰色の上にチェックのスカート。


「いや、久しぶりだね朝倉」

「ああ、2月以来か」


 準一が言うと女子は「そのくらい」と答える。

 彼女は、準一の所属していた弓道部の部長だ。


「皆は? 来ているのか?」

「当たり前でしょ」

 

 女子は射場であいさつする生徒の一団を指さす。

 準一からすれば見覚えのある生徒ばかりだ。 


「にしても、朝倉。あんた碧武に居るんでしょ? ベクター乗れるの?」

「まぁな。興味あるのか?」

「全く。にしてもまぁ、あんたの頭であの偏差値の高い学校に入れたよね」


 政府召喚だから偏差値って関係ないんだよね。実質任務中だし。と心中で言いながら射場の結衣を見る。


「碧武の弓道部って、女子しかいないんだと思ってた。まぁ、こんな辺境の地に来るのも意外だけど」

「普段は違うの?」

「うん。普段の弓道大会は福岡市内だから」


 へぇ、と準一は辺りを見渡す。

 辺境の地、はあながち間違いではない。


「でもさ、この試合は学校の教師が強要する大会じゃないしね。あくまで腕試し程度だから、一般の方も多数参加してるの」

「だからこんな場所で?」

「そう。初めてでしょ? ここ」

「ここまで来る用事が無いからな」


 準一の居た高校からは、私鉄電車で数駅の場所だが準一の交通手段は自転車だった。

 居た高校では、バイクも車も禁止だったからだ。

 自転車で来れば、この場所までは十キロ以上はある。


「ねぇ、気になってたんだけどさ。この碧武生の名前」


 突っ込まれたか。と準一は女子から目を逸らす。


「朝倉準一ってなってるんだけど」

「同姓同名だ」

「いやいや、あの碧武の子。明らかに女の子だし、それに」


 女子は準一の顔を覗き込む。「あんたの妹でしょ?」

 

「い、いえ。違いますよ」


 準一は否定する。嫌な汗が出ているのが分かる。

 何か打開策を求めるが、元同級生だけあってそれなりに自分に対しての知識がある。

 誤魔化しは効かない、しかし、本当の事を話しても良いものか。


「カノンはどうしたのよ。学校じゃ一緒だったでしょ?」


 女子の言う通り、前居た高校にはカノンも途中から通っており、準一とカノンは常に一緒に行動していた。


「カノンは学校だ。ってかもういいだろ? さっさと戻ったらどうなんだ?」

「いいじゃん。折角でしょうが」

「はいはい戻る戻る」


 息を吐き、準一は女子生徒を押し、会場内に入った。





「はぁ?」と校長室で校長代理は声を漏らした。持っている携帯の向こうには、前の米軍の高官。

「いやね。其方の学校が有しているベクター。朝倉準一専用の椿姫カスタム、是非とも米軍に譲っていただきたいんですがね」


 無理に決まっている。と伝えると「望む額をお支払いします」


「金の額じゃない。どうせ、そっちの狙いは新型ユニットでしょ? それに、まだここ以外に出回っていない椿姫内部の新型内装フレーム」

「ええ、その通り。其方には貸しがある筈です。先の空の城での戦いでね」

「あら? あれは其方が勝手に申し出たモノでしょう? それに、堕天使とアルシエルを掠め取ろうとした」

 

 向こうから高官の舌打ちが聞こえ、代理は目を細める。「こっちに直接椿姫をねだって来るって事はさ、米国アメリカじゃ、新型機が完成したわけだよね。後は、保険にフレームと新型ユニット」


「お耳の早い事で。どこからそれを?」

「どこにでもスパイは居るよ」

「参ったなぁ。そうであってもこっちにはフレーム、ユニット2つの細かな部分も情報が入らなかった」

「そりゃご愁傷様」


 代理が言うと高官は一度咳払いをする。「日本語は難しいな。では」

 




 昼が過ぎ、試合は後半戦を越え、上位大会への出場権を賭けた高得点者たちの戦いに入っていた。

 一般や、各学校の生徒達が負けぬように集中し、射場は緊迫した空気が支配しているが、観客席では見物に来た人間達がヒソヒソ喋っていた。

 そんな観客席に居た準一は、前に立っていた女子生徒のヒソヒソ話が聞こえた。


「ねぇ。あの朝倉準一って子。超可愛いよね」

「うん。後で話しかけてみない?」


 聞こえない方が良かったかも、と準一が息を吐くと3番的のど真ん中に黒い矢が命中し、紙の破れるスパンという叩いたような高い音が響いた。

 見たであろう観客は「おぉ」と静かに声を漏らす。

 準一は声にも表情にも出さないが、素直に凄いと思った。


「あんたの妹凄いね。これさ、また皆中来るんじゃない?」


 話しかけてきた女子生徒の言う皆中とは、弓道における4射4中。つまりはパーフェクト。

 現在、結衣は午前午後とで2回立ち、2回とも皆中だ。

 今は3立ち目の2本目。

 ここまで外れ無しだ。


「来るだろうな。あいつは緊張に強いから」


 言った準一は思い出す。

 結衣は、試合と言う試合では成績を残して来た。

 自分とは違い、大抵の事は直ぐこなせる。

 緊張はするが、どうにも耐性があるらしい。


 そんな間に再び結衣の番。次も皆中かと思い安心しきった直後、結衣はガタガタと震え始めた。


「あ、震え始めた。アンタの妹震え始めたよ」


 どうしたのだろうか、と準一は前に出て結衣の顔を見る。

 目が点になっている。


 ―――緊張? いや、別の何かだ


 これより2射。結衣は的から外したものの、何とかギリギリで上位大会への出場権を手に入れた。 




「いや、途中で自分が男子になっているというのを思い出してね。自分の男子っぷりが完璧かどうか……」


 試合終了後、弓を直し、矢を矢筒に入れた結衣に言われ、準一は息を吐いた。

 その隣では「緊張に強いんじゃ?」と言いたげな女子生徒。


「それで目が点に?」

「うん」


 はぁ、と準一が息を吐くと結衣の周りにはかなりの数の女子が集結し、やたらと個人情報を聞かれていた。

 それに答える事は出来ず、結衣はただオドオドしていた。

 結衣には、凄くは無いが、ちょっとの人見知りがある。


「可愛い妹だな」

「ああ、俺と似なくて良かったよ」


 



「と言う訳で男子弓道部の上位大会出場権は剥奪された」


 試合翌日、生徒会室での揖宿の言葉に準一は口を開けたまま止まった。


「大丈夫かい?」

「え、ああ。大丈夫ですが、一体全体何が?」


 一度息を吐いた揖宿は準一に小さな紙切れを渡す。

 紙切れには小さく一言。


『替え玉ですか?』

 

 見ると準一はため息を吐いた。「ばれたんですね?」

 揖宿は否定しない。


「どうにも大会運営にどこからか碧武男子弓道部員及び君達の情報が洩れ、尚且つ審査員の中に君の事を知っている人間が居てね」


 準一は手前の机にあった大会資料を取り、一枚めくり審査員の名前を見て苦笑いする。「この審査員の1人ですが、俺の居た高校での弓道部顧問です」

 目立つ生徒だったんだろうな。と揖宿は笑みを向ける。


「しかしこれで君たちの活動は無駄になったわけだが」

「少なくとも、結衣に責任はありません」

「承知している。全責任は情報をリークした人間に取ってもらおう」


 情報をリークした人間? と準一が聞くと生徒会室の扉が勢いよく開いた。


「聞いたよー! 準一君が女装にハマったって!」


 校長代理だ。見るからにバカな情報に乗せられてきたのだろうな。

 と準一が思うと生徒会メンバーが生徒会室の扉を閉める。


「あれ?」と代理。志摩甲斐、子野日がカーテンを全て閉める。


 すると揖宿は立ち上がる。「代理、情報提供者が居たんです。どうも、あなたは男子弓道部の情報、朝倉兄妹の情報を向こうにリークしたそうですね」


「げ」


 代理は心当たりがあるらしく後ずさり、だが四之宮、雪野小路、綾乃に止められる。


「さて、どういった経緯で?」と揖宿の詰問が始まると代理は身振り手振りで否定を始める。

「ち、違うの。誤解なの。あたしね大会運営にウチの生徒がお邪魔しますって送ったつもりが」


 と用意の良い代理は送った資料をポケットから取り出し開いて見せる。

 結衣の写真、準一の写真。そして両名の名前。

 その下に男子弓道部の情報。


「この通りですわ」代理は「やれやれ」と付け加え、生徒会女子からの処刑を執行された。

 

 処刑内容は志摩甲斐悠里からの夜通しメイクアンド代理オンリーのファッションショー。

 ファッションショーは意外に人が集まり、男子から大好評で終了し、いつものお返しができた、と揖宿は満足げだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ