食中毒と男装妹
集団食中毒により本日より数日間の活動停止。の張り紙が男子弓道部の弓道場前に貼ってあり、放課後に向かった結衣、準一は絶句した。
割と男子弓道部の活動が形になって来た時だったのにだ。
「兄貴どうしよう」
「あー……一応、病院に行ってみるか」
うん。と結衣は歩き出した準一を追い始めた。
「事の原因は、恐らく保険医の朝倉先生の持って来たプチケーキです」
病室は507号室。部員の半分が同じ部屋だ。入った準一達は奥の青崎の横たわるベットの横に立っていた。
「舞華が来たわけか……青崎君。参考までに聞くけど、覚えている範囲で良い。事情説明を頼みたい」
「ええ」
青崎は震えながら口を開いた。
約2時間前。部活動の準備に来ていた青崎達男子弓道部員は、射場の掃除をしていた。
そんな中、弓道場に入って来たのは朝倉舞華(旧名、牧柴舞華)だ。
バスケットを持った彼女はいつもの赤い着物に白衣。
「おや、弟と妹は来ていないのか?」
聞かれたので青崎は対応した。「ええ。まだ先輩方は」
「そうか、ならいい。これは差し入れだ。食べてくれ」
ここで青崎はミスを犯した。準一達が来るまで待つべきだった。
しかし、舞華は美人だ。
整った顔に、プロポーション。そんな美人からの差し入れだ。
彼らに断るという選択肢はなかった。
―――そして、受け取ってしまった
プチケーキ。
プチケーキなのだが、色はヴァイオレット。
怪しい。明らかにマズイ物体だ。
部員たちは顔を見合わせるが、舞華は作った料理を食べてもらうのが嬉しく、部員達には笑顔が向けられていた。
―――断れない。いや、断ってはいけない。
―――美人からの差し入れだ
紳士の男子弓道部員全員は、表面から昆虫の足みたいなのが動いているプチケーキを一口。
「して、今に至る訳か」
準一からの言葉に、青崎は力なく頷いた。
「口にした瞬間、亡くなった爺さんの顔がチラつきましたよ」
「そこまで……舞華さんの料理怖い」
青崎の言葉に結衣は怖がっていた。
「で、君たちの容態は?」
「少なくとも、試合には間に合いません」
「と、いう訳で会長。もう男子弓道部は廃部の方向で考えましょう」と生徒会室に駆け込んだ準一は揖宿に言う。「事態は最悪の状況に傾いています。雑務の自分には、もう手に負えません。諦めましょう」
それは出来ない。が揖宿の回答だった。「これは生徒会の威信に関わる事案だ。何が何でも解決してもらいたい」
「無茶です。部員が居ないんですから」
「ならば今から作ればいい」と言って揖宿は1枚の紙切れを渡す。「記入は済ませてある」
記入? と受け取った準一は紙面を見る。
「入部届?」
見ると、入部届には「2年3組朝倉結衣」とある。
「会長。結衣は女子弓道部員ですが」
「しかし、彼女が入れば最悪の状況から打開できる。君の妹の弓道での実力は本物だ」
「根本的な問題です。結衣の性別は男ではありません」
呆れ口調の準一。揖宿は「ふっ」と笑い立ち上がると男子の制服を取り出す。
「奇妙な事に、我々の周りでは女装は多発しているが、男装は無い」
嫌な汗が準一の額を濡らす。
「ここいらで、新たなる風を呼ぶ必要があるとは思わないか?」
「全く思いません。会長、無謀です。止めましょう」
言うが、揖宿は笑みを崩さない。「もう、決定事項だ」
「会長命令だ。君は男子弓道部マネージャーとして。そして、君の妹、朝倉結衣は男装し、仮の男子弓道部員となり試合に出場だ」