無邪気な好意
決闘翌日には準一のコネ噂は薄れていた。
この日、準一と結衣は別々に登校していた。準一が教室に入ると噂の謝罪と決闘での凄さを目の当たりにした事を含んだ視線に晒される。
「あ、準一おはよー」
菜月が準一に挨拶をする。
「おはよ」
準一はそう言う。そして机に座りいじけた結衣を見つける。
アンナが『お姫様はご機嫌斜め』とマジックで紙に書き準一に見せる。
やっぱりか。準一は昨日の夜の事を思い出す。
日も暮れ、暗くなり夕食を済ませた準一の元に校長代理が来た。
「代理、聞きたい事が。コネの話がありますよね。どこから漏れたんです?」
聞かれ「ああ、あれねあたしが流したの」ときっぱり代理は言い放つ。
「理由は?」
「そうね・・・転校生の転入新生活を盛り上げる義務があったからかな?」
あんたのその義務のおかげで、俺は面倒くさい事になってんだよ。バカ。
準一は「模擬戦、予想はしていましたが、本当に実弾を積むとは思ってませんでしたよ」と代理に嫌味気味に言う。
「ユニット爆破は予想してた?」
「いえ。格納庫で怪しい動きをする整備員は見ましたが」
「あたしの手引き」校長代理は「にひひー」と幼く笑う。
「だと思いました」
「流石」
代理は言うと準一のベットの腰掛ける。
「これでも悪いとは思ってるんだよ」
実弾を使った事、ユニット爆破の事だろう。
「あなたは俺に魔法を使わせたかったんですか?」
「まぁね。それに、絶望的状況での君の戦闘力を見たかったってのもあるかな」
だろうな。準一は届いた作戦概要資料を見せる。受け取り資料に目を通しながら「君の意見が聞きたいな」と代理は聞く。
準一は「あなたは別に九条さんから聞いてますよね」と確認する。「まあね」と代理。
一呼吸開け「これには敵の詳しい編成なんかは書いてません。ですが、ゼルフレストの兵器の幾つかが出てくるでしょう」準一は言いきる。
「反日、ゼルフレストは協力的関係になってるだろうしね」
と代理。
「反日軍もベクターを投入するでしょうし」
準一が言うと代理はベットから立ち上がり窓に寄り景色を眺める。
「大和が出るって事は敵基地の完全壊滅が狙いだよね。準一君、出撃は?」
「近日中です。それと、基地は制圧が目的みたいです」準一が言うと代理は身体を準一に向け「最下層格納庫、空けてあるから。明日の放課後、生徒会の前に来て。そこにアルぺリスを格納して」と指示する。
意図は分かっている。アルぺリスに装備されているブレード、射撃兵装だけでは敵の部隊を乗り切れない。ベクター用の装備をアルぺリスに装備させるのだろう。
「分かりました・・・ってかあなたこんな事を言いに来たんじゃないでしょう」
こんな話はいつでも出来る。わざわざ来たって事は割と急を要する事、なのだろう。
「いやぁ・・流石。鋭いね」代理は続け「実は今君が住んでる女子寮、結衣ちゃんの部屋の事なんだけど」と代理は本題を切り出す。
「それが?」
「あたしが自分でやっておきながらアレだけど、流石に若い男女が同室ってのはね」
「そうですね」
他の生徒へしめしが付かないだろう。
「別のとこ用意するよ」
準一的には願ってもない事だった。女子の視線に晒されるのはとても辛い。女子の空間も然り。
「そりゃ願ってもないですが・・・」
心配事はあった。超が付くブラコンの結衣の事だ。急に自分が居なくなってはどうなる事やら。
「まぁ、結衣ちゃんよね」代理も同じことを心配していた。
「俺の移動ですけど・・急にじゃないですか?」
「いやぁ最初はデタラメ言ってたけど上にその事話したら『却下』って言われて」
「そうですか・・じゃ結衣には電話しておきますね」
そういうと代理は「ごめんね」と一言謝り病室を去る。
準一は携帯を取り出し結衣に電話をする。
1コール以内に結衣は出た。
『あ、兄貴? その今日はごめんね。その急に帰っちゃって』
結衣は謝罪の言葉を述べる。
「いいよ。シャーリー達の悪ふざけだし。それよか結衣、大事な話がある」
『だ・・大事な? あたしに? 今?』
「ああ、聞いてくれるか?」
『う、うん!!』
その声は嬉しそうで勘違いをしているようだった。
「俺、別のとこに住む事になったから。急な事で悪いな」準一が言うと結衣は『そう』と一言。あからさまに落ち込んでいるのが分かる。
『荷物纏めとくね』
結衣はそう言葉を残すと電話を切った。
ここまで思い出し、参った。と思う。準一は、結衣に対し何か話すべきか、と思いながらも何も思いつかないので席に着く。
結衣は目線だけで準一を追い、席に座ったのを見ると目を瞑りため息を吐く。
そして何事も無いように1時間目が始まりあっという間に昼になる。
結衣は、チャイムが鳴り、号令が教室に響いた後、準一に声を掛けようと席を立つ。同時、教室の戸が勢いよく開く。
開いたのは重箱の弁当を持った本郷義明だった。
義明は結衣に一度会釈をすると「朝倉、一緒に昼ご飯を食べよう」と重箱を準一の胸に押し付ける。
引っ越しの事なんかで昼ご飯を忘れてきた準一的には素直に嬉しかった。
「悪いな本郷。助かるよ」準一は席から立ち上がると「どこで食べる?」と聞く。本郷は「そうだな」と考え「屋上なんかはどうだ?」と閃く。
準一は了承し本郷と共に教室を出る。
話しかけられなかった結衣はただ立ちつくし、教室を出る準一の背中を見つめるだけだった。
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屋上に着いた二人は、手近なベンチに腰掛ける。本郷は弁当を開き「どうよ」とドヤ顔で聞く。
弁当はとても豪勢だった。
「お前が作ったのか?」
準一は気になっていた事を聞く。
「まぁな」
と本郷。
毒でも盛ったんじゃないだろうな?
「毒なんか入ってねぇよ」
本郷は準一の表情から読み取り言う。
「だよな」準一は箸を受け取る。「いただきます」と言い卵焼きを口に含む。
その味は予想外だった。
「う、うまい」感想をストレートに言うと本郷は「作り甲斐があるな」と喜ぶ。
そんな時準一達の近くの校舎へ入る扉が開く。
「屋上は空いてるな」
とまず入った揖宿。
「良かったですね」
と次に四之宮。
そして四之宮の次に入った雪野小路が「お、雑務になった朝倉君」と準一を指さす。
後を追うように、他の生徒会メンバーがぞろぞろと屋上に入り準一達に近寄る。
「あの人たちは?」
本郷は準一に耳打ちする。
「生徒会」
知らないのかよ。準一は思いながら言う。
「朝倉さんは一緒じゃないのね」
志摩甲斐が準一に聞く。
「今日は不機嫌でしたよ」準一が淡泊に言うと「引っ越しが原因ね」クスッと笑い志摩甲斐は言う。
「そういや本郷君。君、朝倉君に付いたんだって?」揖宿が聞くと「ええ舎弟です」と本郷は答える。
準一的にその舎弟に対し古臭さしか感じない。準一が碧武に来る前に通っていた田舎高校でもそんな制度は無かったからだ。
「それにしても準一はマニアックな所を突くよね。妹の次はカッコいい顔の後輩・・」そう言った綾乃に「アホな冗談言うなよ」
と一言。
「でも付き合ってるんでしょ?」と雪野小路。準一は「はい?」と聞き返す。
「いやだって、弁当広げて二人っきりでって完璧じゃん?」再び言った雪野小路に「俺はノーマルです」と弁解する。
揖宿が「本郷君、どうなんだ?」と聞くと「人には言えない関係ですね」と本郷。
乗るな馬鹿。と準一は思いながらため息を吐く。ふと揖宿と目が合う。
その目はどこまで話した? と言う目だった。準一は「俺の事だけです」と言う。
「そうか」揖宿は言うと「さ、我々も昼ご飯を食べよう」と生徒会メンバーに言う。
子野日が「シートを広げます」と言いシートを準一達のベンチの目の前の地べたに広げる。そこにメンバーが座る。
「あ、本郷君の弁当美味しそう」
四之宮が言う。
「よし奪い取ろう」
綾乃は言うと箸でおかずをいくつか奪う。
にぎやかな昼が始まった。
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昼が終わり、準一は教室に戻る。午後の授業がすぐに始まった。
結衣はずっと準一に目線を送る。授業なんかは全く耳に入らない。準一が碧武に来てからは一緒に居たが、今日は一言も喋れていない。
「はぁ」結衣はため息を吐く。隣の席のシャーリーが「どうしたの?」と心配し聞く。
「・・何でもないよ」
結衣は出来る限り笑顔で答える。
シャーリーも引っ越しの事を聞いていたので「引っ越しの事でしょ?」と結衣に言うと「うっ」とあからさまな反応を返される。
やっぱりか。シャーリーは思い「準一と離れるのそんなに嫌だったんだ」と聞く。結衣は少し顔を曇らせ「別にそんなんじゃないし」と意地を張る。
あんなにデレたさまを見せられては意地を張っても意味は無い。シャーリーは「意地張っちゃ損するよ」と一言。
結衣は「だって」と何か言いたげに準一に向く。
「放課後、生徒会に行く前に話しかけたら?」
「う、うん」
「頑張ってね」
シャーリーは言うと教師の授業に耳を傾ける。
結衣も準一から目を離し「がんばろう」と心の中で呟く。
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放課後、全ての授業が終わり朝倉準一は参っていた。自分が居た高校よりも圧倒的に偏差値の高いこの碧武。準一の勉強に特化していない脳みそではとても辛い。
そんな机でため息を吐く準一に綾乃が近寄り「お疲れ様」と声を掛ける。
「あんがとよ」
準一は言うと立ち上がる。
「格納庫に行くんでしょ? あたしも行くね」
綾乃はどこからか聞きつけたようだ。
「まぁ、良いけどさ」
準一は言うと綾乃と教室を出る。
結衣は準一に話しかけた綾乃に嫉妬する。だが、話しかけようと教室を出た準一に駆け寄り「兄貴」と声を掛ける。
「結衣、どうした?」
準一は普通に聞く。
「い、いや・・あの今から暇?」
結衣は少しモジモジしながら聞く。
「いや暇じゃないな」
準一はたんと告げる。
「生徒会?」
聞いた結衣は残念そうに聞く。
「い、いや・・」
機械魔導天使、だって言えない。いくら結衣が事情知っているとは言え必要以上の事をばらす訳にはいかない。
しかし、それを考えながらの準一の対応はとてもよそよそしくなっていた。
よそよそしさは結衣からすればとても嫌な事だった。
「わ、悪い結衣。時間があんまないから」
そう準一は言うと綾乃と共に歩き出す。
綾乃は「ごめんね」と申し訳なさそうに結衣に向き言う。
置いて行かれた結衣は目を虚ろにさせる。準一の対応。そよそよしさ。まるで他人の様な、昔に戻ったような。
結衣はおぼつかない足で教室に戻る。
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最下層の格納庫は、非常事態が一定以上になると使用されるシェルター区画の隣の区画にある。
格納庫では生徒会会長、選抜整備員、城島、校長代理が準一を待っていた。
「じゃ、早速だけど出してくれる?」
着いてすぐの準一に代理が言う。
「わかりました」
準一が言うと格納庫内の全員がベクター格納用ケージに向く。
準一はケージの目の前まで歩き立ち止まる。準一は頭の中で「アルぺリス」と名を呼ぶ。
その瞬間、ケージの床に碧の光を纏った紋章が浮かぶ。その中からゆっくりとアルぺリスと呼ばれた20m級の機動兵器が姿を現す。
銀と黒の装甲。下になるほどごつくなる脚。サイドアーマーは、武器が収納されている為、外部ユニットと同等の大きさ。胴体部は現存するベクターとは規格違いの形。中型のショルダーアーマー。通常サイズのベクターと同等の腕部。顔には口、牙を模している。目はデュアルアイ。頭部には3本の角。
全員が見ている中、アルぺリス背部から鈍い音が響く。何かがケージに引っかかったのだ。
やっぱりか。準一が「はぁ」と息を吐く。城島は準一に寄り「何の音だ?」と聞く。準一は「翼です」と一言。
直後、アルぺリスは体勢を崩し前に倒れる。
居た人間は隅に避難し無事だ。
城島はうつぶせに倒れたアルぺリスの背中を見て驚く。
「マジかよ」
見た一言めがそれだった。準一は翼と答えた。その言葉から居た全員(準一を除く)はウィングを模したスラスター位にしか思っていなかった。
だが、アルぺリスの背中には翼そのものがあった。天使を思わせる純白の翼。
「いろんな機械魔導天使を見てきたけど・・このタイプは初めてね」
代理も近づき言う。
「自分はこうして目に入れるのは初めてです」
揖宿は考え込む様に言う。
「あたしは機械魔導天使って全部こんな風に翼があるって思ってました」
綾乃のその言葉に「あたしもそう思ってたわ」と代理。
他の準一を除く人間もそう思っていたようで驚いていた。
代理はこれがイレギュラー天使かと納得する。
「とりあえずケージに収めるなら翼は邪魔になるな」城島が言うと「乗り込みさえ出来れば翼は消せますよ」準一は言う。すぐに搬入作業用の小型ベクターがアルぺリスを仰向けにさせる。
「頼む」
と城島。準一は頷きアルぺリスコクピットに入り、シートに座る。
久しぶりに乗ったメルキセデクを起動させる。メルキセデクはゆっくりと起き上がりケージに向く。
すると、背中の翼が細かな羽になり辺りに散る。そして翼は消え、アルぺリスはケージに納まる。
「幻想的」
綾乃は翼の消えるさまに感動する。
「よし、さっさと武器の調整を始めよう」
城島が言うと整備員が慌てだす。作業用小型ベクターがアルぺリス用に改造した武装を大量に運び込む。
準一はコクピットから出て、ケーブルを伝い下に降りる。
「そういや朝倉君。今日は会合会の日だ」
降りた準一に揖宿が言う。
「ああ、そういや言ってましたね
」準一は思いだす。
「ま、取りあえずは生徒会だね」
2人に綾乃が言うと頷き返される。
「じゃ、みんなが待ってる。生徒会室へゴーだね」
代理の言葉の後、3人は格納庫を出て生徒会室へ向かう。
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3人の消えた格納庫で作業は始まった。
「やはり・・防衛省が関わってるだけあってアルぺリスは幾つかの改修が行われてるな」
アルぺリスのデュアルアイを見ながら城島は言う。
「あたしはこの分野は良くわかんないけど・・どの程度の改修がされてるの?」代理のそれに「本来、機械魔導天使にはない、アルぺリスのデュアルアイとリンクした照準システム。取り付けられた武装を、強制的に使用できる火器管制システムです」と城島は答える。
「武装の積載量は?」
と代理。
「ベクターとは比べ物にならないパワーですから・・かなり積載できるでしょう。ベクターには為し得ない戦術が可能です。このアルぺリスなら」
「成程・・準一君はとんでもない化け物を隠し持っていたわけね」
代理は言うと格納庫から出る。
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「そりゃーもう凄かったですよ! アルぺリス!」
生徒会室で綾乃は興奮し、声を張り上げる。
「私も見たかったな」
志摩甲斐は席で言う。
「そんなに凄かったんですか?」
子野日は揖宿に聞く。
「ああ、兵器とは思えない神々しさ・・まさに天使、といった見た目だった」
揖宿は子野日に向き言う。
「あたしも見たかったな」
四之宮は茶菓子をむさぼりながら言う。
その四之宮の口の周りをハンカチで拭きながら雪野小路は「戦う姿も見てみたいよね」と準一に向く。
雪野小路の言葉に「近いうちに見れるかもしれませんよ」と準一。
「へぇ・・意味深」
綾乃が反応する。
「言えないのか?」子野日のそれに「一応言えません」と準一。
「やっぱりか」
子野日は机に肘をつく。
「そういえば君の舎弟は?」
思い出した様に四之宮が聞く。
「昼からあってませんね。生徒会ってのは言ってるんで」
「ああ、なるほど」
四之宮は納得する。
「そう言えば朝倉君。今日の会合会の事は聞いてる?」と志摩甲斐。準一が「ええ」と返すと「初めての顔も多いだろう」子野日が入る。
ここに居る人間だけじゃないのは知っている。生徒会以外にもシャーリーの様な人間がいるだろう。
「ま、今日は君の顔合わせがメインだし。特別何かあるわけじゃないから楽にしてて大丈夫だよ」
雪野小路の言葉に準一は胸を撫で下ろす。
てっきり、会合会で何かあるのかと心配していた。
ほっとした準一に「そういう事だ。ところで朝倉君、早速雑務の仕事だ」と揖宿が声を掛ける。
とうとう来たか。準一は何をさせられるのか心配になる。
「この生徒要望の資料を職員室へ持って行ってくれ」
「分かりました」準一は了解する。「あたしも一緒に行こうか?」綾乃が聞くが「いいよ。あんがとな」と準一は言い残すと生徒会室を後にする。
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取り敢えずは職員室へ向かう準一。碧武の校舎の広さに改めて驚く。そして同時に嫌気がさす。
職員室があるのは別の棟の一階。放課後とあって校内は静かだった。生徒は全員帰宅している。ただ、準一が廊下を歩く音だけが虚しく響いていた。
誰も居ない教室を見て自分のクラスには誰かいるだろうか、等と思いはじめる。
そして2年の教室が並ぶ廊下に着き2年3組へ向かう。
「あ」
教室を見て準一は声を出した。
教室には机に突っ伏し眠っている結衣が居た。もう、夕日が差し込み時間も遅い。起こして帰らせようと準一は結衣に寄る。
来てよかった。さっさと帰そうと準一は思う。
「結衣」
準一が声を掛けると結衣はゆっくりと顔を起こす。その寝ぼけた顔を準一に向け「・・兄貴?」と声を出す。
「ったく。ほれ」
準一は結衣にデコピンをする。
結衣は我に返り「いたっ」と声を上げる。
「起きたか?」
「あ、兄貴」結衣は頬を染め目の前の事を夢じゃないかと疑い「夢でしょ?」と聞いてしまう。
準一は呆れ「夢じゃねえよ」と少し微笑み返す。
「何でいるの?」
「そりゃこっちの台詞。もう帰宅時刻は過ぎてるぞ」
準一のそれに教室に掛けられた時計を見る。
「あ・・寝てたんだ」結衣が言うと「早く帰った方がいいぞ」と準一は教室を去ろうとする。
その準一の背中に「ま、待って」と結衣は引き留める。
準一は振り向き「どうした?」と聞く。結衣は言葉を探していた。
よそよそしい態度。仲良くなれたと思った。前の様に甘えられると思った。
「き、嫌いに・・嫌いにならないで」
やっとの事で絞り出した言葉だったが主語が無い。準一は何のことか分からなかった。
「結衣?」
「あ、兄貴あたしの事・・」
「あのな・・何の事かわかんないんだけど? 嫌い?」
「だ、だって・・・兄貴、生徒会に行く前に話しかけたらなんか・・よそよそしかったもん!」
そりゃ機械魔導天使が関わってたし。お前であっても必要以上に話す必要がなかったからだ。
などと言うわけにはいかない。
「よそよししかったのは・・ちょっと色々あったんだ」準一が誤魔化す言葉を言うと「ほんと?」と結衣が聞き返す。
「ほんと」
「嫌いになってないの?」
その言葉に即答は出来なかった。実際問題、結衣がブラコンだったとしてベタベタしていても準一からすれば結衣は嫌悪を煽る存在であるのは確かだった。
小学生のころ、何をするにも比べられ劣等感しかなかった。勉強もスポーツも結衣はなんでも好成績を残している。それらは最終的に準一に褒めて欲しい事からの頑張りである事は承知していた。
だが、その無邪気さはとても残酷で、結衣が頑張れば頑張るほど、人の目は準一に対し冷徹なまでに冷たくなっていった。
「あれが妹より劣っている兄」
「能無し」
「クズ」
「落ちこぼれ」
これらの言葉は、小学生時代、準一が大人たちから言われてきた言葉だ。親はフォローしてくれていた。だが、準一は言葉の意味を小学生ながら理解していた。そして、準一は結衣を避け始めた。
この時、本格的に準一は結衣に対し嫌悪の感情を持つ。結衣は、避けられ始めた理由が分からず、準一が避け始めた事を理不尽な事だと考え、準一に対し強くあたるようになった。
強くあたる結衣の気持ちが分からないわけでは無かった。
何もなしに無視されれば誰だってムカつく。
結衣が碧武に入学してからは、風当たりが弱くなり準一はほっとした。だが、入学通知が来て嫌悪の感情が再び湧き上がった。
着いた当初、準一はとても強く当たっていたが今はどうだ。
結衣から向けられるストレートな感情が原因で、2人は仲の良いようになっている。
準一は、思い出し、考えさせられぬるくなった自分の存在を認識する。
「あ、兄貴?」
黙った準一に結衣が声を掛ける。
準一は暖かかった目の色を変え「嫌いになってないよ」と作れるだけの笑顔で言う。
だが、その言葉とは裏腹に目の色はいつかの濁った黒で、気付いた結衣はこう思った。
怖い。
ただそれだけの感情が結衣の中を駆け巡った。結衣は硬直する。
硬直した結衣に「じゃ、俺は仕事があるから」と告げると廊下を歩き出す。
嫌いになってないよ。そう言ったのは嘘ではない。
「お前が嫌いなんじゃない」
準一は小さく声をだす。
「嫌なんだよ」
準一は歩を確実に職員室へと近づける。
職員室へ着いた準一は書類を誰に渡すのか分からないので担任に渡す。一応仕事は終了した。
さて、生徒会室へ戻ろう。準一は生徒会室へ向かおうとする。すると四之宮、雪野小路が職員室前までやって来る。
雪野小路は「はい」と準一のカバンを手渡す。
「あ、すいません。もしかして終わりですか?」
「まあね。それにしても遅かったね。トイレ?」四之宮の言葉にデリカシーが無い。と思いながら「そんなところです」と嘘を吐く。
「そっか・・長い間大変だったね」再びの四之宮の言葉をスルーし「そういや会合会ってのは何時からどこで行われるんですか?」
雪野小路に聞く。
「今日は学生寮エリアの生徒会館」
生徒会館の位置は知っている。地図は覚えているので迷うことは無い。
「分かりました」
「じゃ、また夜にね」
そう言うと雪野小路は四之宮と共に手を振り走っていく。
準一は手を振り見送ると昇降口まで歩き出す。
昇降口を出るころには夕焼け空は夜になり始めていた。
準一は学校の坂を下り始める。すぐに下った先の駅に着く。駅はまだ照明が点いていない時間なので薄暗い。
準一はホームに入る。誰もいない。思いながらベンチに腰掛ける。
走って帰った四之宮達は前の列車で帰ったのだろう。等と準一は考えながら空を見る。
するとポケットの携帯が鳴る。着信音だ。相手は九条。今は誰も居ない。準一はすぐに出る。
「もしもし」
『よう。朝倉君』
「どうも。変わらず元気そうですね」
『まぁな。それより、概要資料は読んだかい?』
「ええ」
『だったら話は早い。作戦開始の日が決まった』
「いつです?」
『日本海の反日軍に動きがあったらだとさ。一応、反日軍大部隊が集結しつつある。ま、明後日あたりに大和に来てくれ』
その九条の言葉の後、準一は大きなため息を吐く。
『ため息吐きたくなるよなぁ』
九条も同じ心境の様だった。
作戦開始は未定。
「一応、準備しときます」
『頼むな』
「はいはい。じゃ、明後日ですね。大和楽しみにしてますよ」
『じゃあな』
九条は言うと通話を切る。
通話終了を確認すると準一はすぐに別の番号にかける。
1コール以内で相手はでた。
「もしもし、カノン?」
『兄さん? 久しぶりです』
カノンと呼ばれた少女は電話越しにわかる位に声を弾ませていた。
「俺が家から消えてまだ1週間と経ってないぞ」
『1日居ないだけで私はどうにかなりそうなんです。兄さん、今日の電話の要件は何です?』
「いや、お前明日転入してくるんだよな?」
『はい。明日から私も碧武です。なんですか、兄さん私に会いたいんですか?』
「ったく・・また明日なカノン」
通話終了。
準一は携帯をポケットに直しベンチから立ち上がる。
「あ、兄貴」
声を聴き、準一はすぐに自分に掛けられた声だと気付く。
「結衣」
居たのか、準一は結衣に向く。
「あ、あの・・あのね」
結衣が何か言おうとするが「お前、いつから聞いてた」と準一は結衣を睨む。
結衣は、準一の表情に恐怖し身を震わせる。
「いつから聞いてた」
「さ、最初から」
結衣が正直に答えると準一はため息を吐き「そうか」と小さく言う。
「・・・で、俺に話しかけて何の用だ?」
「い、一緒に・・帰りたいなって」
「悪いが忙しい。予定が詰まってるんだ」
準一がここまで言うと駅に列車が入る。準一は無言で乗車、離れた席に結衣が座り、列車は発車。学生寮エリアへ向かう。
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結衣は、学生寮エリア、帰り道のベンチに座っていた。
疲れ切っていた。
考え事がまとまらないのだ。
聞いた準一の電話、その中で気になる単語。明後日、大和、そしてカノン。
カノン、明らかに人間に対して言っていた。名前だ。誰? 女だ。誰?
「兄・・貴」
そう言った結衣は目を瞑り寝てしまう。
眠った結衣を確認すると、生徒ではない年配の男が姿を現す。
恰好はスーツ、一見すれば教師に見えなくもない。今の時間、外に生徒も少ないので目立たない。
男はポケットから携帯を取り出すと日本語ではない言語でこう言った。
『か、確保した』
言葉の後、男は携帯を切るとポケットにしまう。そのまま、結衣に近寄り催眠スプレーを一振りする。
本格的に結衣は眠り、男は結衣を抱きかかえ歩き出す。
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会館では、生徒会メンバーがすでにスタンバイしていた。準一も来ており、あとは他の魔術師を待つだけだった。
「先輩、生徒会以外に魔術師って何人くらいいるんですか?」
準一は、真横に居た志摩甲斐に聞く。
志摩甲斐は何人か数える。
「4人くらいじゃないかしら」
志摩甲斐が言うと準一は礼を言う。
その直ぐ後、入口の扉が開き、4人の男女が入ってくる。
その4人はいずれも日本人ではない。
順に紹介しようと言う揖宿の言葉の後、入って来た4人は一列になる。
エディ・マーキス3年 アメリカ人 男子
テトラ・レイグレー2年 ドイツ人 女子
ロン・キャベル2年 イギリス人 男子
真尋・リーベンス2年 日本人とアメリカ人のハーフ 女子
4人は好意的に自己紹介をする。
順の紹介を受け、準一は彼らに自己紹介をする。
「2年、朝倉準一です」
取り繕った笑顔で自己紹介をする。。
直後、準一の携帯の着信音が鳴り響いた。