男子弓道部
大体弓道部の練習には、矢が地面に当たる音。的に当たる気持ちのいい音が付き物なのだが、碧武九州校学校エリア体育館裏の男子弓道部弓道場からは、男の叫び声が響いていた。
何か力んでいるかのようなそんな声。
そんなに弓が重いのだろうか?
準一、結衣は弓道場近くまで来る。
その外では男子1名が大型トラックを押していた。
「あ、お二人が生徒会からの?」
袴姿の1人が準一、結衣に気づき近づく。「初めまして。男子弓道部部長。1年。青崎譲次です」
「1年? 2年生や3年生はいないのか?」
「ええ。男子弓道部はもう3年生が引退したので、1年生しかいないんです」
へぇ、と準一はバスを押す1人を指さす。「あれは?」
「ああ、見ての通りですよ」
「見ての通り?」と結衣。
「ええ。筋トレです」
―――ん?
「筋トレ? あれが?」ポカンとしながら結衣が聞くと青崎は頷く。
「必要なのは基礎的な筋力です」
「青崎君。聞かせてもらうが、弓を引いた事は?」
え? と顔を向け「無いですよ」と青崎。
「ゴム弓は?」
「まだ早いです」
準一は結衣を見る。「どうする、話に聞いていた以上に厄介だぞ」
「取りあえず筋トレしてるなら弓引いてもらおうよ」
弓道場に入ると、青崎は準一に袴を渡した。男子の更衣室で手早く着替え、待っていた結衣に近寄る。
「あ、動かないで兄貴」
結衣は帯の辺りを少し動かし「よし。オッケー」
どうやら結び目が少しずれていたらしい。
「じゃあ皆。弓の準備だ」
すると部員たちはボウガンを取り出した。
「おい」
「何です?」
立ち上がった準一に向き青崎は笑顔を見せる。「弓道ですよ?」
準一は端の方に立て掛けてある弓を指さす。「あれ使えよ」
「分かりました」と青崎たちは弓を取り出し、弦を掛け、準備を完了する。
まずは矢を装填せず練習。空引き。
問題なく引けている。次は矢を装填し、入れるだけ入り的に向き、撃つ。
一斉に打てるのは5人まで、撃つ場所、的が5個だからだ。
そして5人が一斉に打つ。矢が飛ぶ音が聞こえると、次の瞬間には矢は準一と結衣の間に刺さっていた。
―――ん?
次に足元、後ろの壁。頭を掠める。
「あ、申し訳ない」
青崎が後頭部に掛けを着けた手を当て謝る。「ちょっと矢が跳ね返って」
「いや、もうこれ跳ね返るのレベルじゃないよ」結衣が青ざめ首を振る。余程怖かったのだろう。「トラウマになりそう」ボソッと呟く。
「しかしマズイな。これじゃ大会に出ても死者が出るだけだぞ」
準一が言うと青崎は「そんな!」と声を上げる。「僕たちの何が間違っていたんでしょうか!」
「バス引っ張るくだりから間違ってたよ」
驚愕の表情の青島は項垂れる。「どうすれば」
「いや、ふつーに弓道すればいいんじゃ」と苦笑いの結衣。
―――先が思いやられる
準一は目を閉じ、ため息を吐く。
「お、カノンちゃーん」と生徒会室から出たカノンに代理は声を掛けた。
「あ、代理。どうしたんですか? 兄さんなら弓道場に」
「ううん」
代理はカノンに近づき資料を渡す。「随分面白いものが見つかってね」
渡された資料を見て、カノンは一瞬驚く。「これって」
「確認するけど。君が準一君に助けられた日の資料。で間違いない?」
「間違いないですが……抹消された上に極秘作戦の資料ですよ」
どこから? とカノンが聞く。
「ツテを辿ってね」と代理はペロと舌を出す。
カノンは再び資料に視線を落とす。
資料はある作戦のモノ。
表立っての言い分は中東での機械魔導天使試験運用、となっている。
しかし実情は違った。
第二次日露戦争終結後、活発になった反日軍傘下の中東軍事的組織、その末端の中規模都市を壊滅させた作戦。
時期にして、朝倉準一が魔術師となり、機械魔導天使を手にしてすぐ。露軍残党狩りの直後だ。
準一は幾つかの組織からヘットハンティングを受けていた。この作戦は、その準一の為の戦闘能力を確かめる1つだ。
「大した作戦よねー。機械魔導天使に魔術武装以外を積んでの初めての作戦。それも」代理は資料から目線を上げたカノンを見る。「軍人も民間人も関係なしの掃討作戦」
知っています。とカノン。「私は丁度この作戦区域の都市の外れの教会にいましたから」
「ねぇ、結衣ちゃんにも見せた方がいいかな?」
―――いや、マズイでしょう
見せるメリットも無い。
結衣のように繊細ならどうなる事やら。
「盲目的に兄に好意を持っているからさ、ここいらで、現実を見せるべきじゃない?」
現実とは、兄がどういう人間か。兄がどういった作戦を行ってきたか。兄が何をしてきたか。
日本政府管轄下である高位魔術師・朝倉準一の妹である朝倉結衣も他人事ではない。
「知っておいた方が対応し易いでしょ? 結衣ちゃんは準一君の妹だよ。狙われる可能性は十分にあるからね」
「だとして」
カノンは息を吐く。「見せたとして、結衣の反応が心配ですよ。繊細ですから」
「だよねー。君や準一君みたいに図太くないもんねぇ」代理はカノンから資料を取ると踵を返す。「まぁ、機会があったら見せておくよ。じゃあねカノンちゃん」
手を振り、カノンは窓の外を見る。
聞こえるのは吹奏楽部の練習演奏。
「私も兄さんと一緒がよかったな」