部活ですってよ
取り繕った部活話
俺は弓道部でしたよ
帰ってから3日目。碧武九州校は文化祭に向けて動き始めていた。
職員会議、生徒会義。生徒投票。クラスでの決め事。全ては順調だったのだが、1つ生徒会には問題があった。
予算だ。
少しばかり足りない。その事を生徒会会計のメンバーは上へ具申。
『ならば、余剰費用を削れ』
短い返答だった。
予算費用。碧武で一番金を食っているのは勿論ベクターだ。
弾薬兵装購入費。メンテナンス費用。維持費。ケージ、格納庫などの総合費用。
流石にここからは削れない。
頭を悩ませる生徒会長揖宿は、1つの資料を手に取る。
前に教師から来た部活、サークル活動に関する資料だ。
成績のよろしくない部活への対処。
つまりは成績の上がっていない部活は潰してしまえだ。
一応、揖宿はその部活を幾つかピックアップし、その中で最も劣っている部を見つける。
『男子弓道部』
取りあえず揖宿はその旨を部長に伝えた。当然、拒否された。
揖宿としても、部活を簡単に潰したくはない。今までそんな事例が無いのだから。
自分の代でそれが起こると汚点になりかねない。
教師陣も同じ意見で、救済案が出た。男子弓道部に1つでも成績が残せれば、予算はどうにかしよう。
だったらやるしかない。
生徒会室で揖宿は副会長、子野日雄吾に向く。「副会長。奴を呼んでくれ」
奴? 誰だよ。皆が思ったが「ま、まさか」と四之宮が気付く。
「四之宮の言う通りだ。彼だ」
揖宿はドヤ顔になる。
「朝倉準一をだ」
「申し訳ありません会長。幾ら何でも無茶苦茶です。これは俺の雑務としての仕事の範疇を遥かに超えています」
入室し、説明された朝倉準一は言うと、向かいに座る揖宿洋介を見る。
「朝倉君」言うと揖宿は1枚の資料を準一に渡す。「正規の手段で手に入れた君の履歴書だ。君は、前の高校で弓道部に入っていたそうじゃないか」
―――よくも見つけたもんだ
準一が思うと揖宿は口を開く。「情報のリークがあったんだよ」
「どこからです?」
揖宿は端っこで写真を見てニヤニヤしているカノンを指さす。「彼女だよ」
「何したんです?」
「君とカノンちゃんのツーショット隠し撮り写真を渡したのさ」
出所はカルメン・ディニンズだろう。あの盗撮魔め。
「まぁ、そういう事だ。是非、引き受けてもらいたい。いや、君はもう引き受けるしかないんだ」
「引き受けるしかない、とは?」
「君の当校での行動は、常軌を逸している」
―――今更じゃね?
「そろそろ、こっちとしても厳しいんだ。君が生徒会である以上ね」
「あ、じゃあ辞めます」
「却下」
一発で却下され、準一は息を吐く。
「校内での不純な異性交遊。それも複数人で、米海軍のお偉いさんの娘。元イギリスの皇女。異常だよ」
「あの、言いますけど誤解ですからね?」
「誤解って事はないだろう?」
揖宿は準一を指さす。「君はベタな学園ラノベの主人公ですか?」
「何馬鹿な事言ってるんですか。で、俺は何をすれば?」
決まっている。と揖宿は立ち上がり、腰に手を当て窓を見る。「男子弓道部を、1週間後の地区大会より1つ上の県大会に駒を進めてもらいたい」
恐らく、今までの作戦上一番難しいだろう。
だが了承した以上は成功させなければ、準一は立ち上がり扉に向く。
「あ、そうだ朝倉君。助っ人を頼んでおいたよ。直に志摩甲斐のコーディネートが終了する」
「え? 助っ人? 志摩甲斐先輩のコーディネート?」
そうだ。揖宿は後ろの準一を見ると笑みを浮かべ、携帯を開く。「妹に恵まれたな」
「君は、メイド服に萌えるそうだね」
「兄貴兄貴。見てー。メイド服」と放課後の校舎の外。メイド服姿の結衣はスカートを翻した。
「似合ってる似合ってる。可愛い可愛い」
ムスッとし、結衣は準一に詰め寄る。「何で棒読みなの?」
「似合ってるってのと可愛いのは本心だ」言うと準一は結衣から視線を外す。「結衣、お前女子弓道部だったよな」
頷き、結衣は準一の横に並ぶ。「皆勤賞だよ」
「嘘吐け」と準一。明らかに部活なんて設定飛んでただろう。
「男子弓道部はそんなに弱いのか?」
「弱いって言うか……」
歩きながら結衣は悩む。言葉が見つからないのだ。
「活動が迷走してる……?」
「疑問形?」
「うぅ、あたしもよく分かんないもん」
「一応は同じ弓道部だろ? 一緒に練習はしないのか?」
「男女で場所も違うし、殆ど交流は無いかな」
へぇ、と準一は結衣を見る。「お前、一立ちで何射撃つんだ?」
準一の入っていた弓道部では一立ちで四射。まぁ、撃つ矢が四本。
「四射だよ」
「当たりは?」
「四射四中」
全部当たりか。「凄いなお前」
褒められ「えへへ」と結衣は喜んでいる。
「あ、そういや兄貴も弓道部に入ってたんだよね。当たりは?」
「ゴム弓での筋トレが終わってからだろ、そうだな。あまり撃ってないが」
準一は顔を逸らす。「四射二中」
「半分?」
「ああ」
「県大会は?」
「部員が出たな。俺は出る直前までが限界だ」
そっか。と結衣は話題を変える。「兄貴さ、あたしの記憶の話の当事者でしょ?」
6年前の12月の事だろう。
「そうだが。お前に聞きたい事があったんだ。他に、何か思い出してないか?」
「他にって?」
「俺以外にもお前に忘却魔法を掛けた人間が居ないとも限らないだろ?」
ああ、と結衣は兄の立場を理解する。
敵にも味方にも名前の知れる、化け物、と呼称される程の強さの魔術師。
「ううん。6年前しか思い出してないよ。あの日って、兄貴喧嘩しに行ってたんだよね」
結衣は準一を見る。「あたしの為に」
「ああ」
「考えたら、兄貴って結構喧嘩っ早かったよね」
確かにそうだ。準一は、結衣の事となると全力だった。ましてや結衣に危害を加える相手が居れば見境なく喧嘩を吹っ掛けていた。
だからこそ、生傷の絶えない少年だった。
「でも、全部あたしが原因だったよね」
「否定できないな」
準一が言うと結衣は微笑む。「ありがとうね。兄貴」
「え?」
「碧武に来てからも、その前も、兄貴はあたしの為に頑張ってくれてさ」
ふと結衣を見ると目が合う。「あたし、これでも感謝してるんだよ」
「ありがとうよ」
「へへー。良い妹で良かったね」
準一は結衣のデコに人差し指を当てる。「結構厄介事を持ってくるけどな」
「ええ? そう?」
「自覚ないのかよ」
「あたしは兄貴に与える癒ししか考えてないから。迷惑だった?」
割と真顔で言う結衣に準一は大きく息を吐く。「俺も楽しんでるからいいよ。お前たちが訳の分からんイベントを引き起こすから、退屈しないよ」
「ここであたしと兄貴がキスしたら更にイベントが起こるよ?」
「却下だ。ったく。行くぞ」
「あ、ちょ」結衣は足早になった準一を追いかける。「待ってよ兄貴ー」
そのまま何の遠慮も無く準一の手を握る。「恋人繋ぎだよ。兄貴」
「誰が恋人だよ」
「あたしと兄貴」
「兄妹だろ」
「やだなー。あたしは兄貴の婚約者だよ」
俺の妹は賑やかだなー。と準一は苦笑いし手を解こうとするがガッチリ握られる。
結衣は満面の笑みで準一に抱き着き、準一は諦める。
―――朝倉結衣非公式ファンクラブの人間に刺されない様にしよう
心に堅く近い、男子弓道部の練習する弓道場に向かった。