消失天使③
「待っていたよ朝倉君」と翌日、御舩家正門前、義影が準一を出迎えた。
「どうも」
一礼すると、準一は案内された。
庭に目をやると、双子の女の子が遊んでいる。
「あの子たちは?」
「僕の娘さ。茉那に茉耶」
昔の校長代理か、と準一は顔を合わせない様に義影に続く。
案内されたのは、義影の書斎だ。
「その椅子、かけてくれ」と義影。準一は椅子に掛ける。
「まず、マルシフ・ノートは消えた。君は何か知っているかい?」
ええ、と準一は義影を見る。「オホーツク海の艦隊停泊地より数キロ地点。反日軍の襲撃です」
「何故、反日軍だと? 所属不明部隊では?」
「俺の居た6年後です。襲撃した部隊は、反日軍となっています」
そうか、と義影は続ける。「他に、何かあったか?」
準一は義影を見る。
この人は、マルシフ・ノートは堕天使しか知らない。アルシエルについて知らないであろうから、話さないでおこう。
「いえ、それだけです」
同じように、そうか、と義影。すると、その直ぐ後、地響きがし2人は部屋を飛び出した。
庭で遊んでいた娘2人は使用人に家に入れられている。
見ると、桜が空に舞っている。
恐らく、人目に付かない様に空間魔法が発動されているのだろう。
「空間魔法は発動されている」と義影。
頷くと、準一は上を見る。
漆黒の天使。アルシエル。
サイドアーマーの魔導砲が向けられ、準一はアルぺリスを召喚させ、盾を形成させ発射された魔導砲を防ぎ、無効化させる。
「やる気か」と準一はアルぺリスに乗り込み、飛翔。ブレードを抜き、加速魔法で肉迫し、一閃をお見舞いしようとするが、アルシエルは居ない。
咄嗟に、盾を後ろに形成させると、正解だった。
アルシエルの右足が盾に命中し、音が響く。
「勘が良いみたいね」
千早だ。準一は向き、ブレードを振るう。
アルシエルはそれを避け、山の斜面へ降り立つ。アルぺリスも続く。
「お前、持って行ったアルシエルは」
「ちゃんと、トラック泊地戦前の自分に渡して来たよ」
「だったら、どうやって時間を移動したんだ」
「堕天使がいるからね」
と言うと、アルシエルは消える。
準一はアルぺリスを空に上げると、自分の居た場所が爆発する。
「何だ、案外戦えるじゃん」とつまらなそうに言うと、アルシエルは出現した魔法陣の中に消える。
その直ぐ後だ。
準一はレーダーに幾つもの機影を捉える。
航空勢力。
明らかに、この京都に来ている。
しかし、京都にそんな事実はない。
なれば、迎え撃たなければならないが、航空戦力だ。
小回りが利いてしまえば面倒臭いので、一網打尽にするしかない。
普段はめったに使わない装備
激風碧弓を左手に。
碧滅魔矢を右手に。
迫る航空勢力に向ける。幸い、まだ距離はかなりある。
しかし、射程内だ。
発射準備は整った。後は、右手の力を緩めるだけ。
そして、緩めると、碧の矢が航空勢力まで亜音速で飛び、勢力中心で光る。
正常に魔法は発動された。
航空機は全て、矢のある中心に引き込まれ、矢は爆発する。
核弾頭以上の破壊力。
一瞬で全ては焼き尽くされ、巨大な煙が辺りに広がり、火球が膨れ上がった。
爆発半径は、数km以上。
息を吐き、準一は庭にアルぺリスを下ろすと、コクピットから降りる。待っていた義影に近寄る。
「想像以上だ。この機体は」
と義影が言うと、京華が近寄る。「この天使は?」
「京華、アルぺリスだよ」
義影が答えると、京華は目を輝かせ、準一をアルぺリスを見比べる。
すると、準一が京華の額に手を当てる。
「何を?」と義影。「京華さんから俺と、アルぺリスの記憶を消します」
そうか。と義影が言うと、魔法を発動させる。
京華の記憶から、自分たちの部分を抜き取る。
「終わりました」準一は手を離す。「これで、京華さんは忘れるはずです」
「すまない。朝倉君。恐らくだが、それは叶わない。記憶操作魔術は、京華には効かないんだ」
え? 準一は聞き返した。
「京華は、一種の事象改変が行われている。記憶に関する部分は、無くならない様になっている。仮に、魔法を使われても、別の方法で頭に残る筈だ」
まさか、と準一は思いだした。
京華は、京都に出向いた際。
若いころ見た夢。と言っていた。
夢、と言う形で彼女の頭にはアルぺリスの情報が残っているのか。
すぐに、京華はその場に倒れる。それを抱き上げ、義影は準一に向く。「朝倉君。6年後、僕はおそらく居住用人工島に居る」
「人工島に?」
「ああ、以前僕の居た家がそこにある。場所は、第3区画」
分かりました。と準一はアルぺリスに乗り込む。
「どうする気だ?」と義影。
「さぁ、どうにかなるでしょう」
と言った直後、準一は目を覚ました。
辺りを見ると、公園のベンチだ。
公園の外にコンビニがあり、中に入り新聞を見る。
先ほどまで居た6年前ではない
先ほどまで居たトコより6年後の9月だ。
時間にして、選抜戦終了より4日後。
一瞬、学校が浮かんだが今は違う。今は、人工島へ向かわなければ。
第3区画。
御舩義影が居るであろうそこへ。
碧武九州校校長代理、御舩茉那は校長室に居た。時計を見ると午前11時。
朝倉準一消失より4日目。未だに何の音沙汰も無し、と資料を畳んだ直後だった。
「この着信……!」
着信音は猫の鳴き声。準一専用。
代理は携帯を勢いよく掴み上げ、画面を見る。
『準一君』
迷わず通話ボタンを押し、平然を装う。「もしもし?」
「もしもし。朝倉です」
4日目にしてやっと。と代理は少し安心した。
「いきなりで申し訳ありません。ですが、戻ってきて最初にあなたに連絡しておこうと」
最初に自分。代理は少し嬉しかったが、そんな色恋沙汰なプライベートな内容ではないだろう、と考え肩を落とす。
「あ、そうそう」思い出した代理はカノンから渡された紙切れを取り、読み上げる。「何かさ、結衣ちゃんがおかしな事言ってたよ?」
「おかしな事?」
「うん」
代理は一呼吸置き「6年前の12月に、今の君とそっくりな容姿の兄に会ったって」と言うと、準一の対応を待つ。
「それは本当ですか?」
準一は、てっきり否定するかシラを切るかと思っていたのだが、どちらでもなかった。
それに驚きながらも「ええ」と代理。
「代理、俺が今から言う事ですが……まぁ、信ぴょう性に欠けるかもしれませんが聞いて下さい」
息を吐くと、準一は口を開く。「俺はどうやら過去に居たようです」
「過去?」
いきなり突拍子も無い話だ。「嘘じゃなくてマジで?」
「大マジです。俺はそこで、6年前の結衣と会いました。ですが、結衣には忘却魔法を掛けたんです」
なればおかしな話だ。準一が嘘を言っていないとして、どうして結衣は記憶を持っているのか。
考え、代理は結論が見つからずため息を吐く。
「碧武の現状、聞きたい?」
神聖なる天使隊襲撃の旨を話しておこうと思ったのだが「いえ、おおまかには把握しています。エルシュタは、アルシエルのコアになっています」
準一は、自分も知りえない情報を持っていた。
現在、堕天使は絶賛捜索中。そして、朝倉準一消失の件は、神聖なる天使隊襲撃時に洩れてしまった。
「準一君。今どこに居るの? 帰って来てくれた方が嬉しいんだけど」
「すいません。急ぎの用事がありまして。現在は新幹線内です」
「どこに行ってるの?」
「あなたのお父様の所です」
代理は驚いた。父親は死んだ、と聞かされていたからだ。「お父様の所に? どこ?」
「言えません」と準一は目を細める。「ですが、これは言っておこうと思います」
何を言うつもりだろう、と代理は思いながら手にコーヒーカップを持つ。
「あなたのお母様は、人が変わったかのようになられましたよね。アルぺリスの力に魅せられて」
ええ、と答えられず、代理は黙った。
「切っ掛けは、6年前の12月です。覚えておられますか? 屋敷に地響きが走って、屋敷内に避難させられませんでした?」
よく覚えている。聞くと、武装集団だったらしい。
だが何故、彼がそれを?
代理は背筋を震わせる。
「その日、屋敷には義影さんの客人が来たはずです。スーツの上に黒いコートの男が」
思い返す。確かに来ていた。顔は見えなかった。
結構若い。
「嘘」
嘘じゃありません。と準一は続ける。「それは俺です。もうお分かりでしょう?」
「あの日、京華さんを魅せたのは、俺の乗るアルぺリスです」
代理はゆっくりとカップを置き、前髪を上げる。
「言ってしまえば、あなたがあんな目に遭ったのは俺が原因です」
「聞きたくなかった……黙っててくれたらよかったのに」
「黙っているのは嫌だったので。代理、俺の事はエルシュタの件が終わってから好きにしてください」
準一は息を吐いた。「俺が原因で、あなたは母親の狂気から身も心も汚された。殺してくださっても構いません」
本気で言っている。と分かった代理は携帯を切ると、机に突っ伏した。
「ほんと……聞きたくなかった」
あの忌まわしい思い出、原因は彼だった。
これでは、彼とどう接すればいいのだろう。
別に、代理の中には怨みなどは無かった。
彼はそんな事を意図的にさせるような人間ではない。
「どうしよ」
くぐもった声を出すと、代理は携帯を強く握った。
居住用人工島は、太平洋に面した場所にあった。
新幹線はその人工島近くまで通っており、そこからは乗り換えだ。
普通電車で人工島に入り、第3区画へ向かう。
しかし第3区画と言っても居住用の人工島だ。かなり家がある。
仕方ない、と掃除をするおばさんに声を掛ける。「すいません。この区画に御舩という人はいますか?」
おばさんは親切に案内してくれた。
御舩、の表札のある家は意外に大きく、一般家庭と言うには豪勢すぎる。
表札横のインターホンを押すと、玄関から御舩義影が飛び出す。
6年も経っている所為か、少し老いている。
「久しぶりだね。朝倉君」
「ええ。俺からすれば数時間ぶりですが」
そうか、と義影は準一をリビングに招き入れた。
「随分待ったよ。君が来るのを」
「申し訳ない」
「いや、いいんだがね」
失礼、と準一は義影に声を掛ける。「あなたは、何故京都に居らず、死んだ。となっているのでしょうか?」
「意味は無いさ。ただ京華の意向に逆らったから消されただけさ」
「意向とは?」
困ったように笑みを浮かべ、義影は準一を見る。「茉那の件さ。一族傘下の家に、不良品、出来損ないとしての慰み物とされた。僕の可愛い娘だよ」
「別にあれは君が悪いんじゃない。あの状況であれは最善の策だった。ただ、京華が魅せられただけさ。その巨大すぎる力にね」
「先ほど、娘さん、茉那さんの方。校長代理には連絡しました。その、過去のそれは俺が原因だと」
意外に律儀だね。と言うと義影はキッチンに入り、コーヒーをカップに注ぐと準一に渡す。「どうも」
「さて、本題に入る前に言っておこう。ここじゃ僕は約に立たない」
「昔の様に情報が入らないと?」
だから、と義影はポケットから紙切れを取り出し見せる。「神凪重工兵器開発部門の信頼のおける人間達だ」
「どの機体、ベクター、機械魔導天使を問わず積める武装を造っている。僕の依頼でね」
「これを?」
「ああ、何が敵で、何が味方か分からないのが今、だと分かっている。だからこそ、君は用心した方がいい」
頷くと、準一は立ち上がると、家を出る。
義影のいう信頼のおける人間とは、機甲艦隊弩級戦艦大和艦長・九条功の息のかかった人間達だった。
向かった場所は八王子工場。案内されたのは最下層区画。
かなり大きな部屋だ。ベクターの性能テストなどを簡易に行える部屋だろう。
「タイミングバッチリで助かりました。丁度、完成したところでしたので」
と20代であろう作業服で茶髪の女性整備員が準一に言う。
すると、男性作業員がブルーシートを剥ぎ取る。
長砲身の武装に、各種装甲。
九条の依頼だそうで、装甲には『03』と『参』と記されてある。
3は、準一にとっては結構縁のある数字だ。
椿姫3番機、エストラル3。
「では、これより武装を取り付けます。出せますか?」
「ええ」
すぐに準一はアルぺリスを召喚。すると「皆さん。急いで取り付けです。やり直しは時間が掛るので」
作業用ベクターが装甲を、アルぺリスの脚部への取り付けを始める。
そして1時間程で作業は終了し、アルぺリスは武装強化された。
脚部装甲。装甲内にはミサイル。長砲身小経口の狙撃支援用リニアレール砲。
腕部追加装甲。腕部内ガトリングガン追加。
そして、左右の肩にはビーム砲。
何れもパージ可能な武装だ。
「これで、装甲取り付け完了です。武装は他に欲しいものはありますか?」
正直、十分すぎる程なので「いえ」と答えアルぺリスを見る。
「そうですか。では、我々はこれで。ご武運を」
どうも、と一礼すると準一はアルぺリス召喚を解除し、部屋を出て工場を後にする。
次は、情報収集だ。
行く場所は決めている。
彼女なら、と思い当たる人物が居た。
黒妖聖教会所属・シスターライラならば。