碧武選抜戦④
3日目。9時前。既にアリーナには人入り、席は満席だ。準一は一足先に生徒観客席に座る。すると、隣にシスターライラが腰を降ろす。
「何か動きが?」
「だから来たのよ」
ライラが言うと、準一は顔を向け、ライラは不敵に微笑む。「役者は揃ったんじゃないかしら?」
「……千早達か?」
「正解。後は」とライラはVIP席に目を向け、準一もそこを見る。
「あの老人達が幕を上げるだけ。それだけよ。劇場は整っているもの」
赤羽岬玄武や、組織の高官達。選抜戦を退屈そうに見ている。
既に、ここに居る魔術師達は、彼らの掌の上。
「考えると馬鹿らしいな。俺は老人達の掌の上で踊っているだけだ」
「今更でしょう? 国家に仕えている以上、あなたは操り人形よ」ライラは目を細める。
「そんなあなたにもう1つ。ヨアヒムも来ているわよ。見た感じだと、氷月千早一派に加担しているみたいね」
つまり、千早のアルシエル、ヨアヒム、そしてパワードスーツ集団を一手に相手する可能性がある。
舞華、エルディは効果的に使わなければ、面倒臭い。
「聞きたい事がある」
「何かしら?」
「シンガポール、香港。この2つに動きがあったらしい。黒妖聖教会に情報は回っていないか?」
だったら、とライラは準一に顔を近づける。「これはサービス」
艶のある唇が動き、準一は目を細める。
「分かっているでしょうけど、反日軍よ。横浜中華街の工作員がヨアヒムに応援を頼んだそうよ」
「成程」
準一はだからか、と考えつき納得する。
現在、会場沖合には、護衛艦数隻。そして、日本の象徴たる戦艦大和、弩級戦艦大和型戦艦弐番艦、武蔵が横に並んでいる。
「大和型戦艦二隻が停泊している訳だ」
「政府、いえ、赤羽岬玄武達は端から反日軍侵攻を予見していた」
「まぁ、そうだろうな。七夕の堕天使の件。ほぼ失敗に終わったんだ。ここまでに戦力を整える時間は十二分にあった」
「教団は出ない、と?」
「出ないな。確実に」
神聖なる天使隊や、教団の強力な勢力。それらは、ここには出ない。
アルシエル、アルぺリス、そして五傳木千尋のエリオット。そして、反日軍とヨアヒム。
言ってしまえばシスターライラもそうだ。
教団に味方は居ない。
朝倉準一を取り巻く勢力。
氷月千早と反日軍の共闘勢力。
教団が参戦すれば、三つ巴の大混戦になる。
神の力を使用する神聖なる天使隊が出て来ても、朝倉準一とアルぺリスが居る限り、神殺しの前では無力同然。
だからこそ、教団は慎重だ。過去の戦闘履歴、サジタリウス戦、ハンニバル戦で朝倉準一はかつて無い脅威となった。
教団の賛成があり得ない、そう考えたからこそ、日本政府は大和型戦艦二隻を貸し出した。
魔術の無い戦闘であれば、圧倒的火力、突破力、装甲を持つ大和は一種の海上移動要塞となりえる。
「だったら、あなたを取り巻く勢力対、氷月千早一派と反日軍の共闘戦線……でいいのかしら?」
「そうだ。来ない方が良かっただろうに」
「またそれを? しつこくないかしら?」
「まだ二回目だ。教会に居ても良かっただろう」
そうもいかないのよ。とシスターライラが言うと「へぇ、兄貴って年上が好きなんだ」と不機嫌な声が掛り、2人は後ろを見る。
ムスッとした制服姿の朝倉結衣だ。
「あら、可愛い子ね。彼女?」
「妹だよ」
プスッとシスターライラは笑うと「似てないわね」と顔を背ける。
このシスター、と準一が苦笑いを向けると、結衣が「兄貴!」と呼ぶ。
「どうした結衣」
「別に、兄貴、ここに来てから随分あたし達にそっけないなぁって思ったら。もっと別の要件かと思ったら」
結衣はシスターライラを指さす。「この綺麗な人と密会する為だったわけでしょ!」
「あら、将来が楽しみになる程想像力が豊かだわ」とシスターライラ。もう他人事だ。
「答えて兄貴! どうなの!?」
どうもこうも無いんだけど、と思っていると「あら? ライラじゃない?」と別の声。
すぐに分かった。
いつもニコニコ、パニックイベント大好きなゴスロリバカツインテール。
御舩茉那だ。
「あら、茉那じゃない。相変わらずゴスロリなのね? 修道服に変えなさい。似合うわ」
「相変わらず修道服なんだね。別の着てみたら?」
はははー。と2人は笑い合い、結衣は準一に詰め寄る。「兄貴!」
「違うからな」
「ホントに?」
「ホントだって」
「ホントのホントだかんね」
分かった。と準一が言うと「よし」と言い、結衣は準一の横に移動し、抱き着く。
「あ、何か久しぶりな気がする。お前に抱き着かれるの」
「うん、何だかね。あたしも久しぶりな気がする」
落ち着く―。と結衣は準一の胸板に顔を埋める。
すると準一は後ろから襟を引っ張られる。
ちょっと痛いかなー。
と思っていると「また妹にデレデレしていますのね?」と怒気の混じった声が掛る。
デンプレな、取って付けた様なお嬢様口調。
レイラ・ヴィクトリアだ。
「何故、私の夫は妹にデレデレするのでしょうね。妹と結婚できるのは神話の中か、認められた国しかありませんわよ」
「大丈夫、兄貴とあたし、結婚できる国に行くから」
いかねえよ。と準一が言うと「じゃあ、私は失礼するわ。幕が上がった時、また会いに来るわ」とシスターライラが準一に手を振る。
それに準一は手を振り返すと「あらー? 準一、今は私が喋っていますのよ?」と一層不機嫌になり、準一は諦めの顔を浮かべた。
3日目の第一試合は、近畿校生徒対東北北海併合校生徒の対決。
近畿校の勝利。
レベルの高い試合で、選手は銃弾を剣で弾いていた。
準一も試合中、流石、と感嘆の声を漏らした。
もの凄く今更だが、今回の選抜戦は赤羽岬玄武の具申で共闘が無くなった。
つまり、黒い三連星はただの黒い星になり、結衣とカノンの近接射撃のコンビネーションも無くなった。
そして第二試合は、四国校生徒対関東校生徒。
四国校生徒の圧勝だった。
その第二試合の終了のサイレンと共に、午前の部が終了。アリーナは整備が開始され、午後まで暇になる。